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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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これは知人の話なんですが……

「これは俺の知人の話なんですが……」


(本人の話だな)


 ムラタの切り出しに対して、ノラは胸中で、そのように了承する。

 この辺り、異世界であろうと変わらない。


 そしてムラタの弱点らしいものが掴めるかもしれないとなると、その話を遮る理由も無い。


「ある人物と関わりを持つ機会があったそうで。いえ直接面識があるわけでは無いんですが」

「手紙か何かで?」

「ま、この辺は説明がかなりややこしいので、適度に流して下さい」

「仕方ないね。了解だ」


 ムラタは頷き、話を先に進める。


「その人物の発言に関して、知人は間違えていると思った部分があって尋ねてみたんだそうです。結果としてその指摘は間違いで、その人物は正しかった」


 指示代名詞ばかりでややこしいが、つまり知人は間違いを指摘したつもりが赤っ恥を掻いた、と。

 ノラは頭の中で整理する。


「で、知人は謝罪する。その人物はそれを受け入れ、その態度を賞賛する」

「……丸く収まったように思うが」

「その通り。だが知人は調子に乗ってしまった」


 あるいはこれは本当に知人の話なのか。

 それとも告白なのか。


 ノラの胸の内で天秤が揺れる。


「――その人物は、ある物語を公開していた。そして積極的に読まれること、それに併せて感想も募集していたわけですね」


「僕も会誌については情報を集めたわけだが――それは自然な流れでは?」

「そんなに警戒しなくても大丈夫です。この話は最後まで、派手なことにはなりませんから」


 ――それじゃ何のためにこの話を?


 と、当然の疑問が湧いてくるわけだが、ノラはその言葉を飲み込んだ。

 確実にムラタは調子をおかしくしている。


 話の目的としては……


(ジュンブンガクというものの危険性を説明するんだったかな?)


 ノラは再確認しておいた。


「で、知人は先ほどのやり取りで気をよくしたのか、その作品を読んだわけです」

「それは“ジュンブンガク”なのかい?」

「論理的に考えるとそうなりますね。ただ知人は、どうも勝手がよくわからなかったのか、その物語を先ほど説明したような“謎解き”作品を読む感覚で読んでしまった」


 ノラは小首を傾げる。


「……問題は発生しないと思うが」

「ここで感想を送ることが出来、それ対してリプ――返事を簡単に送ることができることで話がややこしくなりまして」

「ははぁ」


 ムラタが肩をすくめる。


「その前に、どういう物語の感想だったのかを説明しなければいけませんね――その物語の中心にはある女性がいるわけです。それが……学び舎――これで大丈夫ですか?」

「集まって、何かしら研究している場所、ではいけないのかな?」


「ま、恐らくそれで問題は無いでしょう。そして、その学び舎で物語の中心にある女性は……どう説明したものかな?」

「何か問題が?」

「いや、思い当たる言葉が多すぎて……つまりは色を知っている、ぐらいの意味合いというべきか」


「ああ、なるほど。研究すべき場所でお盛んだったわけだ」

「実に良い言葉の選択です。そういう場所でありますから処女性もある程度権威があり――」

「いや、貴族のみならず良家の子女はこっちでもそうだよ」


「では、この辺りは特に詳しい説明は必要無いですね。ですから、この女性はその権威を失ってしまっている状態なわけです。学び舎においても、そういう状態であると所が肝要なわけで」

「ふむふむ」


 ノラが純粋に興味を惹かれたのか、熱心に頷きを返した。

 多分に芝居がかってはいるが、これは一種の“職業病”だろう。


「……で話が進んでですね。というか、この物語はそこから過去を振り返るという感じの展開になりまして、その女性とどのように接していたか? という感じになるわけです」

「つまり、女性がどのように被害に遭ったか? という感じなのかな」


「そうではなくて……どちらかというと、その強かな女性に如何にいいようにあしらわれたか? みたいな感じなんですが」

「何とも複雑だ」


「で――その女性の被害を受けた相手の中に、その学び舎で指導的な立場におられる方がいまして」

「ははぁ」

「これが女性の手練手管にやられてしまいまして」

「なるほど普通の女性では無いらしい」


「ええ。確かに普通では無いんでしょう――自分の処女性を交渉材料に乗せるのですから」

「ん?」


 ノラの眉根が寄せられる。

 だが、それもすぐに開かれた。


「ああ、過去の話だったか」

「そうですそうです。確かに、これならおかしくはないんですが、その教師――指導的な立場の方……」


「導師でいいのでは?」


「では、そうしましょうか。その導師ですがそもそも、その女性の評判がよろしくないことを知っていた。これだと……」

「……話の具合がおかしくなるね?」


「はい。知人もそう思って感想でそれを告げたわけですね。知人としては説明を欲していただけで、別に全部否定するつもりは無かったと思われます。実際、その人物の紡ぐ物語は評判も良く、この程度の不具合は何か仕掛けがあるのだろうと考えたようです。逆に、その辺りを作り手に尋ねるのは知人の甘え、とも言えます」

「ああ……確かにね」


「が、この感想への返事が来ない」


 流石に喉が渇いてきたノラが、このタイミングで喉を湿らせた。

 ムラタも、一向に味わっていなかったタバコを携帯灰皿に放り込む。


「……以前のやり取りには、すぐ返事があったのだろう?」


「あっちは方式が違いますし、この感想に対して遅くなったのも知人の感想についてだけでは無いです。ただ、かなり待ったのは事実です。そういう日付が残る方式でしたので、それは確認できました。まぁ、その時……」

「その時?」


「若干ですが、返事が微妙に遅れたのは間違いないようで」

「何だか怖い仕掛けだね」


 第三者が端から見てそういった事が、わかるというのは確かに怖くも感じるだろう。


「で、それからどうしたのかな? 返事の内容は?」

「無事に返事は来ました。内容は『最後まで読んで下さい』と」

「もっともな主張なんだろうね。それで最後まで進んだのかな?」

「はい……ですが――」


「先ほどの不具合は解消されていなかった?」

「そこが難しい話でしてね」


 ムラタは辛抱できなくなったのか、新たなタバコを1本取り出した。

 そのまま、火を点ける。


「――単純に説明するなら、その物語において導師が出てくることは二度とありませんでした」

「ということは?」


「ええ。知人が不具合と感じていた部分が説明されることはなかったのです」

「それは、知人も怒ったんじゃ無いか?」


「そうですね。怒りはしたんでしょうが、最終的に納得はしたみたいですよ。『――ああ、これは純文学だった』とね」


 今度こそノラの眉根が寄せらっれっぱなしになった。


「……話の意味がわからくなったよ」

「ですから“謎解き”物語とは根本が違うんですよ。その瞬間、美しさや、そういった感情に訴えることこそが“純文学“においては重要なのです。技巧を懲らした文章で読む者を満足させる。そういう風に作られているのが“純文学”……なんでしょう。多分。きっと」


「つまり、その物語は美しかったと」

「俺は読んでませんけど、そうなんでしょう」


(まだ知人の話と言い張るのか)


 と、ノラは胸の内で苦笑を浮かべるが、しかつめらしく頷いておくことにした。

 それにこの話はこれで終わりのはずだ。

 つまり“ジュンブンガク”とムラタは相容れない、と。


 それが結論のはず。

 だが――


「それでですね」


 ムラタの話はまだ続くようだ。

 流石にげんなりしてきたノラであるが、幸か不幸か、時間はたっぷり用意してしまっている。


「知人も、それ以上接触するのは控えていたようなんですね。もちろん、文句をつけることも無く、ただただ別の場所で生きている人間。それで済むはずだったんですが――」

「済むだろう普通」


「それが、そうも行かないのが“こっちの世界”のままならぬところでして、最初に知人とその人物が絡んだ方のやり取り」

「たしか返事が早い方だね」


「そうです。こっちでは物語だけで無く、色んな物事についての感想を周知に知らしめることが出るんです。知人はそこで妙な意地を張ったのか、その人物の感想に目を通すことが出来る状態にしていた」 

 

 流石にノラがこめかみを押さえた。

 それも無理は無い。


 “異世界”の、それも中世風であれば、理解は難しいだろう。

 かと言って、ムラタがそれを説明するとなると、話がややこしくなりすぎる。


 ――何事かについての感想を見る機会があった。


 肝心なのはその部分だ。


「……で、ある時呟かれた感想で、その人物はある作品について苦言を呈したわけです。タイトルが確か『豚の切り身の重さが100』とかそんな感じの作品で」

「それは物語のタイトル……なんだよね?」


 念のためにノラが確認すると、ムラタは力強く頷いた。


「もう確認出来ませんが、そういう感じのタイトルだったことは間違いないかと。だだこれねぇ……確かに“純文学”っぽくはあるタイトルなんですよ。それで、その人物は注目したわけですがすぐに投げ出してしまった」

「読んだ結果、面白く無かったとか?」


「恐らく読んではいない様です。が、その人物はすぐさま、その作品を否定しました」

「何故?」


 当然、そういう疑問に帰結する。

 ムラタは紫煙を口に含み、たっぷりと間を持たせてこう告げた。


「それはですね。その物語が――“ライトノベル”だったからです」

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