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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
196/334

『ノウミーの方へ』

今回特殊ですから、ざっくりとあらすじを。

ムラタが叫ぶまでに書かれている内容は、


「田舎育ちの者が、その生活の貴重さに都会に出たときに初めて気付いてしまう。そのためヒョンな事から主人に対して邪な想いを抱いてしまい、主人もそれに応えてしまう」


みたいな感じです。あ、衆道的な感じで。

飛ばしても、これで内容自体はわかると思いますので。


『ノウミーの方へ


 ………如何お過ごしでしょうか? 僕たちは未だに王都から離れられそうもありません。今、王都では懐かしいバイナム杉の香りが僕を故郷へと誘います。陛下不在の王都にあってフイラシュ子爵夫人の覚えめでたくこの香りが楽しめるのが、どれ程に僕の心を安らげるものになるのか。きっとおわかりいただけないのでしょうね。あとから思い返せばこのバイナム杉の香りが今少し早く王都に届いていれば……と悔やんでしまうこともあります。ですが僕は思うのです。心の片隅では届かなかったからこそ今があるのだとも思ってしまうのです。あの時、我々は追い詰められていました。思い返しても身体全体に小鬼ゴブリンの滴らすような粘液質でいやな臭いのする涎を浴びたような、そんな心が溺れてしまうような汗が噴き出してしまいます。だからこそ。だからこそなのでしょう。

 皆さんは炭焼き小屋の事はご存じでしょう。こういう時に使われる木材はバイナム杉ではありません。もっと固い、そして冬の厳しい気候に晒された薪をこれでもかと言う程、竈の奥に詰め込んでいくのです。隙間の無いようにみっしりと。それはまるで厳しい規律の中で営まれる貴族の方々の生活のようではありませんか。そのように厳しい環境であるからこそ炭も人も磨かれるに違いありません。だからこそ完成の暁に我々はそこに完成された美を見出すことが出来るのです。僕はそんな風に炭が出来上がってゆくのが堪らなく好きなのです。……いえ告白します。ここでお為ごかしを並べてみても仕方ありません。僕が本当に好きなのは炭の響きです。甲高く透明感のある心を貫くような鋭さを。それは季節柄降り積もった雪の上を滑るような厳しさを。あの音に魅了されない人間などいないのではないか? そんな風に僕は思うのです。炭焼きの手伝いに駆り出された私が、それでも辛い作業に耐えられたのも、きっとあの響きに出会えることが楽しみで仕方なかったからなのでしょう。僕は幼いながらもあの音に欲情していたのかも知れません。

 ――ええ、そうです。僕があの音に求めていたのは敬意や憧れのような美しい感情では無いのです。

 炭が最も美しい音を奏でるのはどんな時かお解りでしょうか? これにはついて僕ははっきりと言い切ることが出来ます。あれ以上に妙なる調べを僕は聞いたことがありません。あの一瞬の、決して予想できない、だからこそ唐突に耳朶を打つあの調べ。そうです。積み上がった炭が崩れるその瞬間こそが最も……ああいやもっと好きな音があります。崩れるときの音である事は間違いありません。ですがその時、熱に浴びされついには形を保つことが難しくなった炭。そんな弱い炭が崩れる時に砕かれ、まき散らされ負けていく一瞬。その時に僕は何とも言えない背徳的な心地に淫するのです。

 片方で炭の奏でる音の高貴さを讃えながら、僕の胸の奥底で炭が崩れてゆく様を最も美しいと感じてしまう自己矛盾。そして炭と僕との関係を何様のつもりか高いところから睥睨し、嘲笑し、冷笑を繰り返すもう一人の僕。この三つが綯い交ぜになって僕の首筋を撫でるような感覚。それは誰も入ってこないことを厳重に確認した自室で、裸になって雪狼の毛皮を纏うような弄ぶような秘められた遊戯にも似ています。実物であれば僕は入念にその毛皮を梳り、撫で、ある時は涎を擦り付ける事でしょう。しかし心の内に感じる炭の音を中心とした僕自身の秘められた関係は、誰にも見られる事がないことは確実な上にどんな時でも、暁の光の中でも、午後の微睡んだ光の中でも、優しく語りかける月光の下でも、僕は自ら生み出した闇の中に浸り堕ちてゆくことが出来るのです。それはまた周囲の対比を新たに生み出し無限の快楽と欲望を僕に提供してくれていたのです。

 しかし僕はこの時一体何に喜びを感じていたのかまったくの無自覚でありました。だからノウミーを離れ王都に赴くこととに何ら抵抗を感じなかったのです。あの快楽から引き離されることを軽々に扱ってしまっていたのです。何と愚かなことをしてしまったのか。それは長く続く王都赴任の間に、僕の胸の内で縞梟の羽根のように、積み重なっていったのです。積み重なった縞梟の羽根のように斑に、秩序無く僕の心は千々に乱れて行ったのも仕方の無いことではないでしょうか?


 そんな荒んだ日々に変化が訪れたのは突然の事でした。あるいはそれは積み重なった炭が崩れ落ちる様子に似ていたのかも知れません。誰にも予想できないという点で全くそれは似ていたのですから。あの時、僕は捨て鉢になっていました。何もかもが上手く行かない。それなのに何もかもが僕のせいだと言わんばかりの周囲の目つき。それは錯誤であったかも知れませんが、僕の心は正に壊死寸前だったのです。だからこそ自らの命を省みることが出来ませんでした。人間であればどんな時でも最後には命を大切にするものでしょう。いやそんな危険に陥る前に、避けてしまうのが当然であるべきなのです。しかしながら、この時僕は完全に人間であるべきことを見失っていました。普通なら決して選ばない、いえ緊急時でも考えることさえ不敬であるその行動を、衝動に任せて解き放ってしまったのです。

 決して言い返してはならない尊き御方を怒鳴りつけてしまったのです。

 ああ、その時の僕の愚かさは全く留まることを知りませんでした。怒鳴りつけた瞬間には僕の頭の片隅には当たり前に後悔、いやそれどころか自らの命を惜しむ心根が確かに見えていたのです。それなのに、その時の僕は全くそれを無視して、尊き御方をさらに怒鳴りつけたのです。いいえそれだけではありません。時には睥睨し、嘲笑し、冷笑を繰り返しました。そうです。炭に対して奇矯な想いを抱く自分を笑う僕自身が、あの時、あの場所にいたのです。それも胸の内だけはありません。現実に僕の身体を乗っ取るようにして、あのもう一人の僕が姿を現したのです。

 その時、僕たちが居たのは王都で尊き方が入手されたさる豪商のお屋敷です。僕のそんな言葉が行動が外に漏れることは無いでしょう。つまりはあの屋敷は拡大された僕の心の内であり――ああ、そうです!

 その心に内におられる尊きお方は、まるで僕自身が勝手に思い浮かべる時のように、その御髭を振るわせながら僕に媚びた眼差しを向けてきたのです。決して許されるはずの無い僕の振る舞いに対して尊き御方は、叱るでも詰るのでも無く、ましてやお手討ちに為さることも無く、ただただその瞳で僕に縋って来られたのでした。それはまるで弱い炭が爆ぜるように。あの高貴な音を奏ながら、それでいて砕ける瞬間に最も美しくなるあの炭のように。僕は畏れ多きことながら、この尊き御方を手の中に収めてみたい。そのまま砕いてしまいたいという淫靡な欲望に抗うことが出来なくなったのです。

 思うにその時、尊き御方も同じ想いを抱えておられたのでしょう。何故ならこの屋敷は元々、用心深い商人の屋敷です。尊き御方が手を伸ばして魔導具を働かせれば御手を煩わせること無く僕はあっという間に組み伏せられたことでしょう。それなのに尊き御方の人差し指は全く蝸牛のようにのろまで、汗に濡れてぬめぬめとした光沢を放つ所までそっくりなその指は、全く魔導具を弄ろうともせず、どうしたわけか僕へと向けられてきたのでした。僕を折檻するつもりであるなら理解できます。なのに尊き御方の手は手の平を上に向け、まるで僕に何かを強請るように、それでいて救いを求めるように、それなのに何も言わず蝸牛が角を揺さぶるように、指先の動きだけで僕を惑わすのです。

 ですが僕はその動きに惑わされることはありませんでした。その時の僕は全く覚悟が決まっており尊き御方の指先を無視して手首を握りしめると、一気に自分の懐に抱え込んでしまったのですから。いえ、それどころか尊き御方の腰を抱きしめるとそのまま床に――


                      □


「うわっはい!」


 咥えたタバコを飲み込みそうになるほどに大口を開けて、ムラタは奇声を上げた。

 座っていた椅子からも、今にも転げ落ちそうだ。


 そして呻くように呟く。


「カタツムリが……カタツムリが……」

「ああ、それは何ともおかしな書き方だったね。それだけに印象に残るわけだが。特に濡れ場での――」


 解説しようとしていたノラを、ムラタは右腕をあげて制止した。

 他の解釈を許さぬ、明確さで。

 ノラは、少し目を細めてこう告げる。


「ああ、先の展開をバラしてしまったかな?」

「その心がけには頭が下がります」


 ムラタは制止のポーズを崩さぬまま、続けて厳然とした声を発した。


「――ですが、もう勘弁して下さい!」

ついでにあとがきも。

このあとしばらくは愚痴大会になりますよ~

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