表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
193/334

海に1人で

>BOCCHI


 ♪オリオンをなぞる~


 と、ご機嫌で口ずさんでいたが、これから先の計画を確認していたらすぐに気付いた。

 オリオンじゃ無い!

 ヘラクレスだよ!

 根本的に間違っていたよ!


 ここは夜の海。周囲に灯りも無く、波静かであるだけに海面も油を流したように見える。

 何か巨大な生物の表皮がそこにあるようだ。


 今までの記憶に従うなら、こんな闇の中では俺の視界は非常に狭いはずなんだがなぁ。

 スターライトスコープでも仕込んでいるようだが、残念、俺は生身で裸眼だ。

 それだけに機械越しの映像では無く、ダイレクトに周囲の状況を把握できる。


 よし人影は無いな。

 ここから先は出来れば人目に触れたくは無い。

 見られたら見られたで、悪夢の一種として忘れてくれると思うが。


 俺は海に突き出た岩場の一角に居を定めていた。磯釣りなんかするのに、こういう場所を使うんじゃ無かろうか。

 砂場では、足下が定まらないので砂浜は流石に選んでいない。


 ♪ハッカタバコふかして、ブルージー~


 どうも「男達のメロディー」以降、何かと口ずさむ事が多くなってしまった。

 その歌詞に合わせるように、ハッカタバコでは無くセブンスター(セッタ)を咥える。

 これから、ちょいと一仕事になるからな。

 

 望むべくは、あのエンディングの藤竜也さんの動きの機敏さ。

 しかし憧れるのは草刈正雄さんの、ルージーな在り方。

 あの横浜が、また良い雰囲気なんだよなぁ~


「あ」


 そこでようやくのことで気付いた。

 あのエンディングでかかる効果音(SE)が海を連想させて、無自覚のうちに、この曲を口ずさませていたのかも知れない。

 向こうは何とも眩しい風景だったが。


 俺は一見、ワイヤーにも見える黒いロープを引っ張りだした。

 聞いて驚いてくれても構わないが、実はこれカーボンナノチューブ。


 その先に結わえているのは、あのでっかなセイウチの肉。ちょっと脂とかも混ぜてみた。

 大体、10kgほど。

 ……もう少し大きい方が良かったかも知れない。


 これは餌だ。


 ただ、針は無い。

 その代わり、大きな石というか岩を縛り付けている。

 これは重りだな。

 理屈だけで言えば、これで準備は整ったはずだ。


 普通なら、こんなもの動くはずは無いんだが――持ち上がるんですねぇ。

 ……おのれ、壊れスキル。

 せいぜい利用してやる。


 俺は、肉塊と岩塊を頭上でグルグル回して、そのまま夜の海に放り込んだ。

 飛んだ飛んだで……100mぐらいは行ったのかなぁ?

 距離が出ると、取りあえず3桁にしてしまう風潮。


 とにかく、ここまで計画は順調。

 端から見てると、釣りをしているように見えるだろう。

 ……端から見られては困るんだが。


 さて、今度は――


 ♪人は誰でも~未知の世界に憧れ~


 っと来たもんだ、畜生め。


 釣りに相応しい楽曲であるはずだが、この歌詞には頷けない。

 未知は御免被りたい。

 出来るだけ知ってるものに囲まれて、安穏に暮らしたい。

 冒険なんてもっての外。


 頼むから、壊れスキルがどう働くのかわからない海中に吶喊、みたいな事にはならないで欲しい。

 この釣り作戦が成功したら、そんな無謀な未知の世界に突っ込む何て危険な事はしないで済む。

 

 ……未知の世界にしないためには、海を割る。


 モーセか!


 ……と、ツッコむものがいない異世界よ。


 ま、すぐに結論を出す事も無いだろう。

 しばらくはこのままの状態で待機だ。

 幸い、セブンスター(セッタ)が燃え尽きるまではまだまだ時間がある。


 こんなことをしているのは、例のセイウチが原因だ。

 正確に言うと、その身体に傷痕が見られたのが始まり。

 もっとも、俺の見立てなんかせいぜい違和感レベル。

 

 そこで冒険者稼業の3人に声を掛けて、再度確認して貰った。

 で、どうやらそれは当たりだったようで、俺はすぐさま箝口令を出した。


 ――海に、あのセイウチに傷をつける、同格の怪物がいる。


 何てことが、知れ渡るのは非常によろしくない。

 それにあの宴会がなぁ。

 ちょっと盛り上がりすぎたな、アレは。


 セイウチ退治で盛り上がるのは非常に結構な事だが、これをもう一回となると、かなり面倒だ。

 盛り上がっただけに、ギャップでさらなる倦怠感が予想される。

 しかも、その相手の退治方法が思いつかない。


 人間のやる事であるから、最終的には退治は可能だとは思う。

 しかし、そのための準備を何もしてきていない以上、作戦が長期に渡る事も間違いない。


 となるとマドーラは帰城するしかなくなり――端から見ると、負けて逃げ帰るように見えてしまう。


 あるいは、そんな風に喧伝されてしまうか、だ。

 つまり、時間を掛けるのは政治的にあまりよろしくない。


 ……と言うわけで、壊れスキルによる力技で片付ける事にしたわけだ。

 試してみたい事もあったしな。


 と言うわけで、釣り……のようなものに勤しんでいるわけだが、どのぐらい追いかけるべき何だろう?

 曰く、釣りというのは短気であった方が向いているらしい。

 そこから考えると……俺は気が長いのかな?


 確かに、このままボーーーーっとしてるのも悪くないように――あれ? これってアタリって奴かな?


 俺は思いきって、カーボンナノチューブを引っ張ってみる。

 

 グンッ!!


 あ、これ本気で当たりを引いたかも知れない。

 あの仕掛けをこれだけ引っ張れるだけで、もう充分に異常の域だ。

 

 俺は、フッ、とセブンスター(セッタ)を吐き捨てる。

 あとで必ず拾い上げるからな。


 手が塞がるなんて、わかりきっていた事なのに、これは不覚。

 ……しかし、せっかくの待ち時間にセブンスター(セッタ)が無いなんて、考えられない。


 では、本格的に引っ張りますかね。

 

 かと言って、あらん限りの力で引っ張ったら、多分もげる。

 

 “止まったものは止まり続け、動いているものは動き続けようとする”


 と言うのが、慣性の法則。

 いかな異世界でも、やはりこういう物理的な法則は採用されているらしいから、ここは慎重に、ゆっくりと力を込めていこう。


 急に引っ張ったら、かかる瞬間的にかかる力が尋常なもので無くなるからな。

 ゆっくりと“動き続ける”状態に移行させなければ。


 幸い、俺の壊れスキルは平気で、この手応えに対抗できるらしい。

 ……やっぱり変だよ、俺のスキル。


 そんなこんなで、ゆっくりと引っ張り続けた結果、ついに目標の姿が海面に姿を現した。


 とは言っても、やっぱり異常なスキルで夜目が聞くようになっていなければ、見分けはつかなかっただろう。

 何しろ目標の体色は、暗緑色とも言うべきシックな装い。


 つまり釣るべき相手は蟹だ。

 それも、あのセイウチと肩を並べる程の。


 で、そのハサミには俺が投げ込んだ餌がしっかりと挟み込まれている。

 ザリガニ釣りと同じ要領だな。


 では“水”という最大の障害物から解放されつつある蟹を、さらに自由にして差し上げましょう。

 さらに慎重にカーボンナノチューブをたぐり寄せ……


 ドッセーーーーーイ!!


 一気に引っこ抜いてやった。

 これで、ハサミが抜けても問題ない。


 引っ張り上げた蟹の身体は、やはり物理法則のままに放物線を描き、その予測落下地点は俺と同じ岩場の上だ。

 もう、逃がすものかよ。


 ガンッッ!!


 とばかりに、岩と甲羅がぶつかる音が周囲に響くが、それもわかりきっていた事。

 これで誰かが不審に思って様子を見に来ても、問題ない。


 ……俺の考えが図に当たっているなら。


 当たり前に絶命せず、足をジタバタさせる巨大な蟹。

 ハサミも無事。


 何とも丈夫な事だね。


 やはり、まともにやってたらかなり面倒な怪物だった事は間違いない。


 俺は懐から、銃を取り出した。


 もちろんビームライフルでは無い。

 焼き蟹などと、死体が残っては色々面倒なんだよ。

 ビームによる発光もいただけない。


 となると、壊れスキルによってでっち上げるべきは、あの兵器しかあり得ないだろう。

 記憶の限りでは、ある時期からSFでもとんとみなくなった、あの武器。

 作品によっては、残虐すぎてご禁制になってしまっていた、あの銃を――


 ――俺は蟹に撃ち込んだ。


 予想されたように、響くのは僅かな音だけ。

 ただ結果だけが――蟹の身体の一部が消失すると言う結果だけが、その場に出現した。


 ……やっぱり、あるんだこの兵器。


 かなりぶっつけ本番だったから、壊れスキルがどう対処するのか、ちょっとした実験でもあったからな。


 理屈を言えば、多分出来るとは思っていた。

 ただ、さすがにこれは作ってないんじゃ無いかという、期待に似た感情があったのだが……


 俺は、蟹の足に銃口を向けて丁寧にその身体を“消して”いく。


 ♪心を忘れた~ 科学には~


 思わず口ずさんでいたのは、こんな歌だった。

 僅かに聞こえてくる潮騒を伴奏として。


 俺はただ淡々と、蟹の身体を消失させてゆく。

 かなり面倒だなこれ。

 だがまぁ……


 そして音も痕跡も無く命は消え、俺は海岸をあとにした。


 ……あ、吸い殻はちゃんと拾いましたよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ