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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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旅順の轍は踏まないように

 「一角海象ホーン・ワールス」を仕留めるための作戦。


 その1。

 まずはおびき出す。


 好物などでおびき出す、などとピンポイントで仕掛ける事は出来なかったし、する必要も無かった。

 「一角海象ホーン・ワールス」は基本的に何でも喰らう。


 となれば、簡単に引き寄せる事が出来る()()をおびき出す方が簡単だ。


 ――と言う事で、海に血を撒いた。


 家畜の血なら何でも良く、その肉はそのまま餌になる。

 これによって、入り組んだ断崖の奥に餌食となる鮫ごと「一角海象ホーン・ワールス」を誘い込む。


 これにうってつけの地点ポイントを選定するため、十分な時間を費やした。

 単純に大きさだけでは無く、その周囲の地形、さらには罠を仕掛ける準備のしやすさ、などが選考基準になる。


 カルパニア伯からは、3つの地点ポイントを提示されたが、やはりこう言う事は実地検証を行わなければ、十全とは言えない。

 

 失敗した場合の予備も必要であるし、何よりこの調査によって近衛騎士たちと、子爵領の騎士達、さらには地元の領民達の間に交流が為された事が大きいだろう。


 別に、偶然そうなったわけでは無い。

 これもまたルシャートの指示であり、計略の一環だ。


 何もかもを近衛騎士団に任せてしまうと、地元の騎士、それに領民達に達成感が生じにくい。

 これは将来的にはマイナスだ、とルシャートは判断した。


 その先に、近衛騎士団による陪臣の形になる地元騎士を掌握と言う目論見がある事も大きいだろう。


 本来は命令系統が異なるはずの両者が、自然な形で同一の命令系統に組み込まれる。

 それも近衛騎士を上位に置いた形でだ。


 例えるなら、近衛騎士を士官。

 地元騎士を下士官。


 そういう形で整理してしまうのだ。

 そしてその先は……と、ここまでの目論見があるかは不明のままだ。


 何しろムラタとルシャートは相変わらず腹芸の真っ最中であり、うかつに発言できない状況でもある。


 そんな上役達の思惑はともかく、表面的には近衛騎士と地元騎士との間に目立った軋轢も発生せず、無事に計画は進められた。


 近衛騎士達がルシャートに散々言い含められたせいか、上からではなく、どうにかすると下手に出てしまいそうな態度であった事も大きいだろう。

 それでいて、その実力は厳しい訓練で確かなものなのだ。


 これでは、反抗のしようが無い。


 それに何より「一角海象ホーン・ワールス」の脅威が、彼らに共通の目標を与えた、という当たり前の条件もある。

 それが入念な計画を前にして士気が上がらないはずもない。


 無論、今は騎士達も騎乗してはいない。

 断崖の上でしっかりと身を伏せ「一角海象ホーン・ワールス」が、罠を張った地点ポイントに飛び込んでくるのを、ジッと待っていた。


 まだ。

 まだまだだ。


 上手く「一角海象ホーン・ワールス」が飛び込んできたとしても、まだ飛び出すわけには行かない。

 彼らの出番は、謂わば3番目なのであるから。


 その一方で「一角海象ホーン・ワールス」は、目論見通りに地点ポイントへと突き進んでいた。

 地元の漁民達にもしっかりと協力させ、しっかりと情報収集に努めた結果である。


 この季節の海流の向きも考え抜いた上で選び出した地点ポイントだ。

 一度、このり組んだ地点ポイントはいり込んでは、海流の流れで自由に身を動かす事もままならないであろう。


 それが、この「一角海象ホーン・ワールス」の巨体にどこまで有効に働くかは、予断を許さないところではあるが、今の時点では「一角海象ホーン・ワールス」も無理に抵抗したりはしないだろう。

 

 血の香りに誘われた鮫を追って、そのまま高波を纏いつつ突っ込んでくる。

 そのまま、入り江の奥深くにいざなう事が出来れば……


 ゴクリ。


 誰かの喉が鳴った。


 伏せている状態では、もう眼下の海で何が起こっているのかはわからない。

 だが指揮を執るハミルトンの緊張した面持ち。

 響き渡る海獣の咆吼。


 何もかもが、順調に計画が推移している事を示していた。


 だからこそ緊張する。

 いよいよ出番が近いと。

 身体に現れる反応は震えか――はたまた武者震いか。


 実際に、あの海獣に攻撃を加えるまでには、まだまだ突破しなければならない段階プロセスがあるというのに。


 ハミルトンが、副官のマクガフィンに手を振った。

 「一角海象ホーン・ワールス」が、予定されたラインを突破したのだ。

 これによって――


 その2。

 退路を断つ。


 と、次の計画に進む事が決定した。

 ここからは、


「出来れば1回で決めたい」


 と、アニカが呟いてしまうような作戦が展開される事になる。

 簡単に言えば、わかりやすい損失が発生するのだ。


 「一角海象ホーン・ワールス」を追いかけるように姿を現す2隻の船。


 そこそこの大きさではあるが、1番に目を引くのはその喫水線の高さであろう。

 どれ程の積み荷を抱えているのか、随分と深い。


 通常の航行ではあり得ない深さだ。

 2隻の船は櫓を操り、帆に魔法で風を当て強引に進んでゆく。


 その一方で「一角海象ホーン・ワールス」は背後の船に気付く事も無くただただ突き進んでいた。

 そろそろ海流がその身を縛る事も無くなってきていたが、今、動きを制限しているのはその巨体。


 巨体であるが故に、その身に働く慣性も尋常なものでは無い。

 方向転換しようにも、そう簡単には行かないであろう。


 今は、逃げる鮫を追いかけるのに夢中であるが、そろそろ周囲の状況に気付く頃だ。

 この入り江が選ばれたのは、陸に近付いていくと突然にその幅が狭まる事も理由の1つだ。

 そのために、ますます血の臭いも充満するわけだが、いずれはこの状況にも気付くだろう。

 

 ここまで誘い込んだ「一角海象ホーン・ワールス」を逃がす手は無い。

 だからこその計略。

 だからこその2隻の船。


 その船の後ろには無人の小舟が牽引されている事から、その計画も推して知るべし。

 

 そう。


 この計画の全容は、2隻の船を自沈させそれによって入り江を封鎖させる事。

 そのための細工は隆々だ。


 「一角海象ホーン・ワールス」はすでに巨体の半分程が水面から姿を現している。

 哺乳類であるので、それによって極端に弱る様な事は無いだろうが、如何せんこの入り江は「一角海象ホーン・ワールス」には狭すぎた。


 ようやく「一角海象ホーン・ワールス」も己が随分と“ままならない”状況に陥っている事に気付いたらしい。


 今までとは違う鳴き声を上げると、首を巡らせる。

 そのタイミングで、突っ込んでくる2隻の船。


 元々、喫水線の深い2隻だ。

 このままでは間違いなく座礁する――狙い通りに。

 

 櫓を漕いでいた者たちが曳航していた小舟に、乗り移る。

 そして、進んでゆく自分たちがここまで運んできた2隻の船を見送った。


 そのまま船は座礁し「一角海象ホーン・ワールス」の退路を塞ぐ。

 だが、それだけでは十分とは言えない。

 「一角海象ホーン・ワールス」の巨体を持ってすれば、これぐらいの障害、ものともしないだろう。


 その巨体で以て、船を押しつぶし海原へと戻るに違いない。

 そんな未来が易々と想像できる、その時――


「ファイヤボール!」

「ファイヤ!」

「ファイヤランス!!」


 ハミルトンの指示で、一斉に火の呪文が唱えられた。

 目標は当然2隻の船。

 帆には、度数の高い蒸留酒が含ませてある。


 ゴッ!!!


 元々、魔法が外れるはずも無い。


 呪文を受け一斉に帆が発火する。


 火は一瞬にして帆を包み込み、黒煙と炎とで周囲を彩った。


 いくら巨体とは言え、根本的には野生動物である事に違いは無い。それに加えて、燃えさかる業火だ。これでは“火”を御し得た人間でさえ、逃げの一手を選ぶに違いない。


 「一角海象ホーン・ワールス」も足ひれを必死に動かして、さらに入り江の奥へと逃げていった。その巨体に押しつぶされる形になった2匹の鮫が悲惨な事になったが、それに同情している暇は無い。


 これにて、退路を塞ぐ、と同時に「一角海象ホーン・ワールス」をさらに奥にひきづり込む作戦も完了だ。


 だがここで手を緩めれば、元の木阿弥。


 炎はやがて収まるし、そこに自棄になった「一角海象ホーン・ワールス」が突撃をかませば、この包囲はあっという間に破られてしまうだろう。


 だからこそ、人間の知恵がさらに海獣を包囲する。


 断崖の上に伏せて待機していた騎士達が立ち並んだ。


 その光景は、ある意味象徴的であった。


 ムラタの元いた世界でも、人間は古くから地形を利用し、安全にそして効率的に獲物を狩っていた。

 結果的に、それが大量殺戮と呼ばれるようなものであったとしても。


 それは間違いなく種族としての発展なのだ。


 そしてここに今、歪な形で発展させられた“人間”が同じ道を歩もうとしていた。


 無論、安易な道では無い。

 そして獲物は、巨大とは言え、ただの一頭。


 まだまだ、と言わざるを得ないが、これは発展へと続く確実な萌芽であるのだろう。


 ハミルトンの指示で、その背後に部下達が並んだ。

 そうとなれば、何をするつもりなのかはわかりきっている。


 あの特殊なスキルを使用する前に、計画ではまだやるべき事があったが、もうほとんど“詰み”だ。


 その様子を見ながら、魔法の準備をするアニカがぽつりと呟いた。


「……もう、ロード・ハミルトンに任せても良いと思うんだけど……」


 そういうわけにもいかない。


 アニカが危惧するのは――そう報償。


 効果的に“人”を成長させるシステムではあるが……


 ……それこそが“人類”の発展を妨げるの発展を妨げる呪いであるかもしれない。


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