一致団結にはほど遠い
「ちょっと落ち着けムラタ。そのタスウハ……とは一体何だ?」
ムラタが調子に乗り始めたところで、ハミルトンがそれを押しとどめた。
それに、ほっ、と息をついたのはアーチボルトである。
だが、果たしてこれがムラタの牽制になるかは微妙なところだろう。
「ああ、なるほど。そこからになりますか。では詳しく行きましょう。多数派工作とは単純に“味方を多く作る”企みのことです。俺がいた世界では、これはそのまま“力”になる可能性があるんですが、この国ではピンとこないでしょう」
そして、ムラタの長広舌に対して全く牽制になっていないことが判明した。
この長広舌を、本気で止めようと思うならマドーラの出馬が必要になるだろうが、彼女はムラタの話に興味津々の様子だ。
その背後に控える2人――アニカとクラリッサの表情は硬いが。
「この国では、強者の、簡単に言ってしまえば貴族の行いに逆らうことが禁忌となっている部分がかなりあるようです。私にはあって当然と思われる“もの”がありませんしね。ただ、そういう前提で社会が成り立っているようですから、これに手を入れることはもちろんしません。ですが多数派工作はやはり行うべきと考えます――段取りが違ってしまったことでもありますし」
ますます酷くなる。
もはやこの場に居る者の表情は、マドーラを除いて諦観の彼方だ。
ただ、ムラタが完全に暴走したわけでないことは窺える。
「段取りって……ええっと、前の子爵でいいのよね」
「面倒だから、フェル爺さんとでもしておくか――よろしいですよね? マウリッツ子爵」
アニカの確認に、ムラタはしっかりと返答する。
やはり暴走しているわけでは無いらしい。
そして“段取り”については、前マウリッツ子爵フェルディナンドのことで間違いは無く、それに対して全く敬意を払うつもりが無い事も伝わってきた。
その点では、全く同意見のアーチボルトはそれに頷く。
「では改めて。段取りが違ってしまったので、別の方法でフェル爺さんの心を折らねばならなくなりました」
さっそく“フェル爺さん”呼びを役に立てている。
そして、周囲も「これは便利」と気付いてしまった。
子爵位は継承されたのだから、どちらにしろ区別は必要なのだ。
「では、フェル爺さんを支えているのは何か? そう考えると、これはもう余人からの支持、こうなるかと思われます」
「それは同意だが……」
ムラタの話が本道に戻ったことを見計らうように、ハミルトンが口を挟んだ。
「それは、こちらの正しさを証明すると言うことかな? それがタスウハ某だと?」
「正しさなんか全く必要無いですよ」
ハミルトンの問いかけに、ムラタが即座にそれを否定した。
それに目を見開くアーチボルト。
彼にしてみれば、父は現実を見ず、全く自分の理想の正しさの中だけで“間違った”生活を送っていたと思っている。
だからこそ、父を否定したムラタ達には“正しさ”があると考えたのも無理の無いところだ。
だが、ムラタにとって正しさとは、そういった事で相対的に動くようなものでは無い。
そのため、あの様な発言になる。
さらにムラタの口上はさらに続いた。
「そもそも、フェル爺さんを支持していた連中にしても自分に正しさがあるとは思ってないでしょう。ただ単にフェル爺さんの言葉に従っていたら、居心地が良くなって、何やらおこぼれを貰って得をする。だけどそれを堂々と言うのも恥ずかしいので、全部ひっくるめて“正しい”と主張していただけです――突き詰めると声が大きいだけ」
身も蓋もないが――思わずアーチボルトは胸の内で頷いていた。
だが父の“それ”は、そういうものでは無いような気もしている。
「ならばこちらはさらに大きな――」
「いいえ。大きな声では無く、多くの声。それで対抗するんですね」
ハミルトンの言葉を遮って、マドーラが声を発した。
「続けて」
ムラタが、先を促す。
「フェルディナンドを応援していた者たちは普段から声が大きいのでしょう。これに、いちいち関わっていては手間が掛かります。それよりも味方を多く作って、その者たちをひとりぼっちにした方が、手間が掛かりませんし効果的です」
マドーラが淡々と続けた。
それにハミルトンは軽く頷く。
だがその横のクインツ、それに言うまでもない事だがアーチボルト主従達も驚きのあまり、再び固まってしまっていた。
爵位を継承することによって、アーチボルトはマドーラの直臣になるわけだが、自分の君主に対する認識を改めざるを得なかった。
決してお飾りでは無い。
幼い見かけ――いや実際に幼いのであろうが、紡ぎ出された言葉からは老練ささえ感じられる。
マドーラが、そのような境地に至ったことが恐ろしくもあり……頼もしくもある。
「具体的に、そこまでの流れはわかるか? そのために為すべき事は?」
その上、側にいる大人がこの有様だ。
到底、アーチボルトが敵うはずも無い。
「為すべき事を為せば、自然にそういう流れになると思います。まずは賠償金について知らしめます」
「うん」
マドーラがいつもの「ムラタさんに任せます」と、やらないのは、いかなる心境であるのか。
ともかく、マドーラは正解を出し続けた。
「間違いなく、王家に対する不満が出てくるでしょう。ですが、賠償金を支払う準備をこちらで整えることが出来れば……」
そこで、マドーラの言葉が止まる。
それは発言を躊躇ったわけでは無く――
「……殿下。恐らく怒りの向かう先、と仰りたいのでは?」
「その場合は“矛先”ですな」
侍女2人から、適切なフォロー。
マドーラはそれに頷いて、先を続けた。
「……矛先は別なものに向くでしょう。この場合は、ムラタさんの言う“大きな声”の持ち主」
「そうだな。一度発生した怒りは、そうそう収まるものではない。結果としては生贄を探し始めるし、この場合、標的になるのはそいつらだろう」
なにしろ子爵領が賠償しなければならなくなったのは、その“大きな声”の持ち主が、フェルディナンドに従い続けたからだ。
この因果関係は、はっきりしている。
そして連中には、それを覆すだけの力は無く、方策も無い。
結局、周囲で囁かれ続ける“小さな声”が、連中を孤立させることになるだろう。
そうなれば、必然的にフェルディナンドを支持する余裕も立場も失くし、連鎖反応的にフェルディナンドも孤立する。
この時こそ、徹底的にフェル爺さんを追い詰める好機となるわけだ。
「――王宮としてはこういう流れを予定しています。マウリッツ子爵に何かご意見はおありですか?」
「それは……」
そこまでアーチボルトが口にした段階で口を閉ざしてしまう。
あまりに上手く事が運ぶものだから、賠償は無くなる可能性も期待してしまっていた。
だが、そうは行かない――当たり前の話だ。
その上で、充分に配慮して貰っていることも理解できる。
なにしろこの会議が開かれた一番の目的は、子爵領の責任の取り方、では無いのだから。
「……本当に、海の怪物の対処に手を貸していただけるのですか?」
アーチボルトが、恐る恐る確認する。
そう。
元々、近衛騎士団を引き連れてマドーラがやって来たのは、フェルディナンドに最後通牒を叩きつけるためでは無かった。
それについては、ムラタ1人がいれば十分である事も、骨身に染みて理解出来ている。
だから王宮側の本気も十分に理解できるのだが……
「子爵がそれで構わないと言うことであれば、ハミルトンさんと謀って、以降の方針を決めていきたいと思いますが」
「は、はい。それでお願いします」
なにしろ領内の戦力ということになれば、甚だ心許ない。
騎士団の手を借りられるなら、と今度はアーチボルトが迷うこと無く頷いた。
ムラタは、それに対して頷きながら、こう付け足した。
「では駐留費は、そちら持ちで。あと……」
「は、はい」
「海での産物を王都に。もちろん回復してからで構いません。優先的に、いくらか安く届けて下されば有り難い。王都は王都で色々大変何ですよ。ご協力いただきたい」
「わ、わかりました。回復してからで良いんですよね?」
「もちろんです。無い袖……ああ、これはダメだろうな。無理に借金させてまで、すぐさま要求したりはしませんよ。こういう事は形を整えるのが大事ですから。騎士団の面々にも手当を出さなければなりませんからね。まったくのただ働きとなれば、士気の問題もありますから」
「は、はい。良く理解しました。そのように取りはからいます」
ムラタの長広舌から逃れるように、アーチボルトが了承する。
その瞬間――
ムラタは笑みを貼り付けたまま。
いよいよ出番かと、表情を引き締めるクインツ。
うんうんと頷くハミルトン。
そして瞬きを繰り返すマドーラ。
その内の1回に間に、マドーラはハミルトンの表情を観察。
――味方ばかり、という現実など、マドーラには馴染まない。
そしてそれはムラタも同じだ。




