アジトは鉄筋コンクリート
ティビーランにある城。城砦。砦。
とにかくそのような建造物について、我々はこう語らねばならなくなった。
――そんなものがあったね。
と。
新しく爵位を継いだマウリッツ子爵は、かつての城跡を簡単にムラタへと譲渡してしまった。
それというのも何しろ城“跡”であるから、使用していなかったこと。
それに加えて、ムラタは危険な人物であるという事実を肌で感じてしまった事もあるだろう。
何しろ、どうすればムラタに対抗できるのか。
その糸口すら、さっぱり見当がつかない。
その他、もろもろの事情が絡んで、こういう事態になったのだが……
ティビーランは元々半島の北側に位置している。
そして面している北側の海は、高確率で荒れてることが多い。特に冬期は絶望的だ。
元々はティビーランが戦のために建設されたのが丸わかりで、確かに防衛には向いているが、地政学的にこの場所から発展を試みるのは、かなり無理がある。
実際、交易としての港は南岸にいくつか備えられているのに、北岸には1カ所だけだ。
つまりは城も、そういうアーキテクチャを反映した形で建設されている。
人が通うのには手間が掛かる高台。
それも海沿いの岸壁。
これで、背景に暗雲渦を巻き、稲光が周囲を彩れば、立派な“魔王の城”の完成だ。
……城としての形を留めていれば、ということになるが。
さて、このような敷地に手を加えるのが壊れスキルの持ち主ムラタである。
どう考えてもろくな事にならない。
「借りたのは良いけど、城なんかわかりませんから」
と、ムラタが予防線を張る中で、城跡は発光しながら姿を変えた。
――鉄筋コンクリート4階建てのビルヂングに。
この場に、ムラタと同じ“異邦人”がいれば、
「なんでやねん!」
と、全力ツッコミが入るところであるが、残念ながらここにはいない。
側にはマドーラ達は無論のこと、トランヌでの睨み合いから解放された、近衛騎士の斥候もいたわけだが、全員言葉も無い。
ついでに口を閉めるという機能も喪失してしまったらしい。
ただただ、呆然と壊れスキルの仕事を眺めることしか出来なかった。
ツッコミ不在の恐怖、がここに完成してしまった。
実はツッコミによって救われるのは、周囲の人間では無く、ボケた側なのである。
ムラタのように、ボケたつもりが無い場合は特に。
だが、こういう現象が起きてしまった以上、利用するしかないであろう。
フレッドの忠告もあって、当たり前に敷地に設置されていた広い駐車場は、厩舎へと姿を変える。
その他、諸々も姿を変え、マウリッツ領での当面の駐留所はでっち上げられた。
実は屋上にはペントハウスが設置され、マドーラ達の居住空間も確保。
騎士達も、冷暖房完備で、給湯室までついてくるこの雑居ビルに対して、文句が出てくるはずも無い。
基本的には、従軍中であるという意識があるからだ。
この辺り、ルシャートの薫陶の賜という感じもするが、事実として部屋は余っている。
ムラタがあっという間に寝台をでっち上げたのもそれが理由だろう。
それでも食料は必要だし、別にこのビルで籠城するつもりも無い。
修理中の子爵邸との連絡を欠かせるつもりも無く、トランヌで少しの休憩の後、ハミルトン達が到着した頃には、なんとか雑居ビルは、前線基地としての体裁を整えることが出来ていた。
「なんとまぁ……」
と、それでも声を発することが出来た分、ハミルトンは健闘した方であろう。
そこで今日、雑居ビルの3階の会議室で、情報のすり合わせ、及び、会議が開かれることとなったわけである。
□
出席者は、マドーラ、ムラタは当然として、アニカとクラリッサ。
それにハミルトン、クインツ。
さらにはアーチボルトと、その従者という面子。
めいめいが、好きな格好をしている辺りが宮中とは違うところであろう。
マドーラがいつものジーンズ姿だし、ハミルトン達も平服だ。
アニカ達も、侍女服姿では無いし、アーチボルトも儀式用のものでは無い。いわゆる作業服に近い出で立ちだ。
いつもと変わらないのは、ムラタぐらいのものだが、元々“異世界風”である。
「……これ俺の仕事ですかね?」
「だろうな。少なくとも殿下におまかせするものではないのだし」
「では――これより会議を始めたいと思います」
そんな中、仕方なしにムラタが宣言した。
宮廷であれば侍従の仕事ではあるのだが、この場では確かにムラタが適役であろう。
だが、この辺りの距離感に馴染みが無いアーチボルトなどは目を白黒させている。
真っ先にムラタの力に触れてしまったために、暴君的な存在だと考えてしまっていたのだ。
領民皆殺し、の発言も伝えられている――そして現在はそれがハッタリでは無いことも理解させられているという状態。
それが当のムラタは何やら腰が低いし、侯爵家の次男坊だとしてもハミルトンの振る舞いも、なんとも不用心な気がしてならないのだ。
「ああ、子爵殿下。ムラタのことはそれほど警戒せずとも大丈夫ですよ。少なくともこの会議で暴れ出すことはありませんから」
アーチボルトの反応に、流石にハミルトンが同情の目を向けた。
そしてそのまま、ムラタに言葉を投げる。
「――そもそも最初の話とは違うようだが? あれほど極端な方法を使うとわかっていたら、反対もしなかっただろう」
「それについては、申し訳ありません。ですが“結果良ければ全て良し”……この言葉伝わりますか?」
「伝わっている。なんとも無責任な言葉であるということも、しっかりとね」
「ですが、ここは前向きに行きましょう。取りあえず、やるべき事はまだあるわけですし」
重ねられるムラタの言葉に、ハミルトンの矛先がアーチボルトに向けられた。
「――となれば、最大の変更点が一番の問題だ。殿下、お父上はいかが為されておられる?」
「は、はい。今も伏せったままです」
前子爵フェルディナンドは、ベッドから動くことが出来ないままだ。
ただ、命に別状は全く無い。
何より神聖術があるのだ。
つまり動けない原因は、ひたすらに心の問題である。
ムラタの当初の計画では、マドーラとフェルディナンドを直接対面させ、爵位返上に向けてフェルディナンドを丸め込む予定であったのだ。
子爵邸に殴り込む予定はどこにも無かったのである。
だからこそ、ハミルトン達は危険だと主張したのだが、ムラタが最初から殴り込むのであれば、これほど簡単な話は無い。
問題はフェルディナンドの心が全く折れないままという危険があるわけだが、これもまた現状では上手い具合に心が折れてくれたらしい。
「……ですが、随分回復したようで。今は屋敷の修理のために大人しくしているようですが……」
「やはりそうなりますか」
ハミルトンが、どこか他人事のように応じた。
フェルディナンドはムラタという“現実”を受け止めきれずに、耳を塞いで、全てを拒否した人物なのだ。
ムラタに踏みつぶされたことさえも、自分の都合の良いように解釈してしまう。
一種の狂人、と見做してまず間違いないだろう。
「どうするムラタ? その方針自体で、大分変わってくる」
「はい。マドーラとも検討したんですが、前子爵については改めて対処します。それも含めて子爵領全体についての問題ですね」
そのムラタの発言を受けて、マドーラが頷いた。
思わずアーチボルトの身体の線が固くなる。その背後に立っていた侍従もピンと背筋を伸ばした。
「子爵領に対して王家への賠償を命じます。これほど不遜な態度をとられたのでは、もはや庇うことも出来ません。それは承知して下さい」
「はい」
すでに覚悟は決めていたのだろう。
今までよりも、はっきりと言葉を発することが出来ていた。
「具体的な金額ついては、後ほど王宮から専門家が派遣されることとなるでしょう。我々がここまで赴いたのは取り立てが目的ではありませんから」
「それは……助かるのですが――するとやはり?」
「海に出るという怪物退治。これが肝心なところです」
今度は恐る恐る切り出されたアーチボルトの発言に、ムラタが悠々と応じた。
「全部ぶっちゃけてしまいますとね。この怪物退治で入手できるであろう、素材、あるいは珍奇なものなどを賠償に費やせば良いという目算も入っています。最初は賠償を命じられて不満に思う領民もあるでしょうが、これによってかなり懐柔できると考えています」
「は、はぁ……」
「最初に脅して、そこからの懐柔――古典的ですが、中々効きます。本当なら最後にもう一度脅かすべきなんですが、それは割愛。あとで行っても良いですし。で、実はこれ領民に対する多数派工作になってるんです」
いよいよ、ムラタのエンジンが全開になってきた。
果たしてムラタの本領はこんな口車なのか……
……あの壊れスキルなのか。




