停滞からの爆走
マウリッツ子爵領の主要都市、いわば子爵領の首都にあたる街はティビーランという。
半島においても、かなり海寄りで正直交通の便はあまり良くない。
運河が張り巡らせれており、街自体は充分に発展しているが、やはり立地的な問題でどこか鄙びた印象を与えてしまう。
この場所に歴代領主が屋敷を構えたのは、言うまでも無く防衛の為だろう。
事実この街には、城……のようなものも建造されている。
使われなくなったので、今は廃墟のような風情ではあるが。
やはりこれを軍事施設に住むというのは中々に厳しい。
ムラタ達一行はポンアック街道を辿り、当然のことながらこのティビーランを目指していることになる。
マウリッツ子爵が、このティビーランにいるのは間違いないのだから。
だが、その前に一行の前に立ちふさがるものがあった。
こちらも街だ。
名をトランヌと言う。
丁度半島の付け根に位置しており、その地理的条件により当たり前にティビーランよりも発展していた。
それもそのはずで、半島から輸出される産物を集結地点であり、また他領からの物資は必ずこの街を経過する事になる。
間違いなく、トランヌはマウリッツ子爵領の“城門”であるのだ。
だからこそ街を囲む城壁も高く、街の中には軍事施設としてしっかりと機能している城郭が鎮座している。
どちらが“首都”であるのかわからなくなりそうな有様だが、何事も人間の都合の良いように発展するとは限らない。
実際、今までティビーランで何ら問題は無かったのだ。
「……とは言え」
何とも複雑な表情を浮かべるのはハミルトンである。
その視界に収められているのは、トランヌの全景。
いささか見上げるような形になっているのは、この辺りが見渡す限りの平野である事を意味していた。
流石にトランヌの発展を促すだけの条件は揃っている。
この街を、今から攻略せよ、となればそれらの条件は如何様に変化するのか?
この平野で繰り広げられる戦闘。
その中心に据えられる、トランヌの城壁。
攻めやすくはあるのだろう。
大軍で一気に取り囲んでしまえば、さほどの難事とも思えない。
だがトランヌは半島からの補給を受けられる可能性もある。そして言うまでもない事だが、半島は海にも繋がっている。
これは中々の難物だ。
海路についても手を打たなければ、無駄に長引いてしまう可能性もある。
やはり、戦略的にも大軍で一気呵成に片をつけるのが大正解……と言うような、当たり前の結論にたどり着いてしまったハミルトン。
だが、何の不自由も無く戦略を練ることが出来るのなら、これほど幸せなことも無い。
……というか戦略という概念すら消失してしまうだろう。
基本的には、限りある戦力をどのように配分するかが肝要なのだから。
そして今、ハミルトンの麾下にあるのは24騎の騎士達。
そして馬車が1つ。
これだけである。
もはや、戦略も何も無い。
これだけでトランヌ攻略など、想像するだけで罪だ。
「ロード・ハミルトン。無事配置完了いたしました」
そう声を掛けてくるのは、マクガフィンだ。
騎士団内の再編成の際、正式にハミルトンの副官としてのポジションに収まっている。
そのハミルトンも、今は名目上もキチンとした副団長だ。
もう1人の副官、クインツは配置された騎士達を見張るかのように巡回を繰り返していた。
騎士達の気を引き締めるという心づもりがあるのだろう。
そしてこれは、ハミルトンの指示でもある。
「では、打ち合わせ通りに。あれに本気になっても仕方が無い。向こうから突っかかってくるなら仕方は無いが……」
「その時はその時でしょう」
2人が話し合っているのは、トランヌの東側に――つまりハミルトン達と対峙する形で――布陣する一団についてである。
見た目で確認出来るのは、4騎の騎士。
それに徒でそれに従う100人程の人影。
だが彼らを軍勢と呼ぶことは躊躇われる。
まず馬上の騎士達からして、いかにも年齢を重ねすぎな有様が見て取れるからだ。
ハミルトン達も、重い鎧を装備していないわけだが、それはあくまで選択肢の中で軽装を選んだだけのこと。
向こうの騎士のように体力的な問題で、軽装を選んだわけでは無い。
何故か集まっている、徒の者たちはさらに酷い。
武装云々の前に、まず身体を真っ直ぐに保つことすら難しい者たちが多く見られる。
――“より多くの戦力を”
などと戦略の基本として述べられるわけだが、戦力として考えるなら、相手のそれは零に等しい。
ハミルトンのスキルを持ってすれば、恐らく彼1人で、この集団を蹴散らすことも可能だろう。
だが、ここで“それ”をすることは止められているし、ハミルトン自身も“それ”を望んではいない。
こんな、何ら建設的では無い“弱い者イジメ”を。
となれば、睨み合いこそが唯一採りうる戦術。
この、果てしなく茶番な状況に希望を見出すのであれば、こちらはまったくの無策では無いと言うことだろう。
上手く行けば、一両日中にはこの状況に変化かが訪れる――はずだ、
無論、敵も何かしらの策を講じてくる可能性もある。
ムラタからも散々その点には注意を払うように言われたハミルトンであったが、実際にこの状況になってみると、
(どうにも、あの男一流の用心深さが事を大袈裟にしてしまっているだけでは無いか?)
という疑念からは逃れることも出来ない。
だが別に、その策を見破れとも、踏みつぶせとも言われていない。
そのような兆候が見られたら、さっさと撤退するようにとの指示も出ている。
元より、見破るのも、踏みつぶすのもムラタ1人がいれば事が済む事は間違いないのだ。
その気があるのなら、ムラタ自身が事にあたるだろう。
「――マクガフィン。あの連中を蹴散らしたあとに、トランヌの城壁に挑みたいか?」
「それは……」
突然発せられたハミルトンの問いに、マクガフィンが少し言い淀んだ。
しかし次の瞬間には表情を改めて、こう返す。
「挑みたくはありません」
「それは、無茶だからでは無いな?」
「左様です。簡単に言ってしまえば、面倒だからです」
平民出身のマクガフィンからは砕けた、それでいて的確な答えが返ってきた。
そしてそれはハミルトンもまったくの同意見。
もうどうやっても、睨み合う以外の選択肢を選べそうもない。
あの男の手の内から逃れたくて、色々抵抗を試みたが、やはり無駄な努力であったようだ。
「ではせめて、臨戦状態でどれ程緊張を持続できるかの実験をするか」
「訓練……では無く、ですか?」
「私は団長では無いから、皆に優しくありたいと思っている。あくまで実験だ……それに長時間臨戦態勢を維持させるのは指揮官としては無能と呼ばれているような気もするしな」
ついでに、ルシャートの運営に嫌味を添えることも忘れない。
それを聞いて、マクガフィンの表情が微妙に変化する。
「……何だ?」
「実験の前に、向こうが倒れるのではないかと――そう思ったものですから」
それを聞いてハミルトンはようやく笑みを見せた。
「確かにな。だがそれでこそ緊張感を維持するに的確な訓練相手とも言える」
「はっ!」
部下の返答を受け止めながらハミルトンは思う。
――これで、殿下に何かあったらタダでは済まないぞムラタ。
□
そのムラタは、予定よりもずっと早く行動に移っていた。
カルパニア伯様々である。
ティビーランの東部には荒涼とした山地が存在し、騎馬であっても無理があり、ましてや馬車などとてもとてもと思われていた。
隘路でさえ存在しないと。
そんな“常識”の中、ムラタの壊れスキルがあったとは言え、見事に通行可能な筋道をカルパニア伯は発見してしまったのである。
それも地図上の等高線を見ただけで。
世界が世界なら、ラリーストとして頭角を現したに違いない。
……ラリーの運転に耐えられたら、ではあるが。
そういった筋道が形成されたのは、ここが以前は河川であった可能性が考えられる。
それが何らかの異変で水は涸れ、結果としてその跡が残される事となった。
もちろん、そういった跡地が綺麗な平面ではあるはずも無く、並の馬車であれば、やはり難路は難路であったのだろう。
しかし今――
ムラタは、随分と機嫌が良かった。
口ずさむのは、SHOGUNで「男達のメロディー」
完全に酔っ払っている。
もちろん酒では無く、この歌に。
その脳裏に再生されているのは、あのイカしたOPか、ソーラーカーか。
ムラタは周りの人間が這いつくばるマウリッツ子爵の屋敷の中を悠々と、そしてど真ん中を進んでいった。
遮るものは何も無い。
今はただ、目的の場所にたどり着くだけ。
ムラタは、その勢いのまま両開きの扉を押し開けて、こう尋ねる。
「♪運が悪けりゃ死ぬだけさ~――マウリッツ子爵。息はおありですか?」
どうやらムラタ。
無茶をしたらしい。




