表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
184/334

旅路は快適、だから安穏

 ムラタは馬に乗れない。

 

 乗ろうともしない。

 自分には不要なものだと考えているのか、はたまた単純に馬が怖いのか。

 壊れスキルにかかれば、勝手に騎乗スキルが生えてくる可能性にも気付いてはいるのだろう。


 ――あるいはバイクでもでっち上げるつもりでもあるのか。


 だが、せいぜいで頑張ってもスクーター(ラッタッタ)が精一杯だろう。

 何しろ大型どころか中型免許すら持っていなかったわけで、でっち上げたところで、エンジンを回すことも出来ないに違いない。


「ムラタ殿。やはりこの馬車で随分楽になりました。ありがとうございます」


 王宮詰めの馬丁頭であるところのフレッドが傍らに座るムラタに話しかける。


 快晴の空の下、なにやら無闇に爽やかだった。

 その灰色の瞳が嬉しそうに細められている。


 藁色の髪をまとめ、身だしなみにもしっかり気を遣っているが、いささか突き出た腹が少しばかり残念だと言うべきか。

 だがそれは年相応の中年太りではあるので、仕方のない面もある。


 真面目に勤め上げてきたからこそ、身に脂肪を纏う余裕が出来たとも言えるだろう。


「お気になさらず。元は自分のためですから」


 そんなフレッドにムラタが素っ気なく答える。

 ラクザ行で幾分慣れたとは言え、馬車の改造も済ませた今、話題も尽きてしまい人見知りが発動してしまっているようだ。


 今はマウリッツ子爵領へと向かう、その道程。

 馬車の客車の中には、当たり前にマドーラ、それにキルシュだ。

 キルシュ(彼女)同行させている時点で、この行幸が長期に及ぶことを表していた。


 侍女としては失格の3人娘も同行しているが、同乗しているのはメイルだけだ。

 咄嗟の身のこなしについては、やはり彼女が一番優れている。

 ムラタの指示で1人大きく座席を独占しているのも、緊急時に備えてのことだ。


 もっとも、マドーラとキルシュが並んで座っているからといっても狭いと言うことは無い。

 体格的には、ごくごく当たり前の配分であるのだろう。


 後続する馬車には、アニカとクラリッサも乗っているが、ムラタ仕様ではない。

 冒険者として当たり前に乗馬出来る2人であるから、何やら理不尽さを感じている可能性もある。


 馬車の周りには当然のことながら近衛騎士が取り巻いていた。

 騎士達も一列に並ぶ必要は無い。


 3列で進んで行き、馬車の脇にもしっかりと寄り添う形だ。

 それでいて、街道を占拠しているわけでは無い。


 子爵領向かうために使用されるのは、ポンアック街道だ。

 いわゆる大動脈と言われるような大きな街道でその歴史は古い。


 それだけにメンテナンスは欠かせないが、その辺りは碑道卿たるカルパニア伯の担当である。


 果たして、その辺りに気を配ることが、カルパニア伯に出来るのか、という問題はあるだろうが、間違いなく“観察”はしているだろう。

 あとは誰かが注意を喚起してやれば良い。


 このやり方では、カルパニア伯は延々と国中を巡り続けることになってしまうが、ムラタがそこから先を考えるのは止めておいた。

 正確に言うと、決断することを止めた、ということになるだろう。


 そして今、カルパニア伯にはノウミーへ向かって貰っている。

 名目はバイナム杉についての視察だ。


 今回もまた王宮からの指示による旅となったが、当人は喜んで出立した。

 単純に旅が好きなのだろう。

 

 カルパニア伯につける護衛に関しては冒険者ギルドを通してある。

 こんな風に、適度に仕事を申しつけるのもムラタの戦略の一環だ。

 ギルド幹部にしても、何とも王宮との距離感を図りかねている。


 特に今回の仕事は「ガーディアンズ」の口添えもあった。

 そのために冒険者ギルド(ギルド)の混乱はさらに深まったわけだが、この辺りは偶然の産物だろう。

 ムラタにプランがあったとは言え、双子の師匠が風呂に入れ込むという事態は流石に想定していない。

 だが、こういう事態になって、ムラタにも思うことがある。


「――フレッドさん。こういう旅路に、いきなり盗賊が襲いかかって『やい、金を出せ』みたいな展開は珍しいんでしょうか?」

「はい? いやいや。流石に騎士の方が護衛している我々に……」


「あ、すいません。こういう環境では無く。例えば一般の方が旅馬車で街道を進んでいたとします。そういう時って、盗賊が襲いかかったりは……」

「ここ最近は耳にしませんな」


「……ということは、戦があったりとか……」

「そうなりますが、自分たちだけで旅をしている者たちが襲われることはまずありません」


 フレッドの言葉に、ムラタは少し考え込んだ。

 説明を続けようかフレッドは悩んだが、結局は黙っておくことに決めた。

 こんな風に馬車に改良できるような賢人には、わざわざ説明することもないだろうと、考えたのだ。

 

 馬車の揺れを抑える改良と、今の質問に対する解答が、同ベクトルに並ぶはずは無いのだが、フレッドはそれで納得してしまった。

 実際、ムラタからはそれ以上の質問は出てこなかったのだから。


 その代わりに、


「……“異世界症候群”みたいなものに、罹っていたということだな」


 と、自嘲めいた呟きが漏れてくる。

 だが、その表情が再び変わった。


「失念してました。モンスターなどはどうでしょう。知能が低いモンスターならば、後先考えず襲いかかってくることもあるのでは?」

「そういう理由であれば、むしろ人間の方が可能性はありますな」


「では、モンスターは……」

「いえ、モンスターだから特別ということは無いです。ただ、街道は“人間が頻繁に現れる場所”と思い込んでるようで、まず現れません。臆病者でもありますからな」


 そう言ってのけるフレッドも中々、肝が据わっているのだろう。

 ムラタも、それ以上は質問を重ねる事はしなかった。


 このまま、時折当たり障りの無い会話が、ポツリポツリと繰り返される流れになるかと思われたその時、馬車に馬体を寄せてくる騎士があった。


 行軍の間、完全武装フルプレートのはずも無く、それに加えて団長ルシャートの方針もある。

 つまりヘルメットを被ってはいないので、騎士といっても誰かはすぐわかる。


 ハミルトンだ。


「どうしたムラタ? これから先の予定を変更するのか?」

「いえ全く。単に俺の好奇心でフレッドさんに質問してただけなので」


 どこか不安そうなハミルトンだったがムラタの反応はすげない。

 基本的にハミルトンは、これから先の“動き”については納得していない部分が多いのだろう。


 その点に関しては、散々説明してきたはずだが、どうにも反応が鈍い。


 ただ、それが我が身可愛さでこだわっているわけでは無いようなので、ムラタも対応に苦慮して、最終的には基本的にスルー、ということになったようだ。


 そもそも、ハミルトンの持つ技能があれば、盗賊だろうがモンスターであろうが、大して問題では無い。

 それに、今は部下も同行している。

 つまりハミルトンが不安に思っているのは、やはりこれからの計画そのものになる。


「……繰り返しになりますが“これ”が一番簡単なんですよ? だからこそ当たり前に被害も少ないわけで。いや、被害は無いんじゃ無いかな?」


「私としては無理に別行動する必要は無いと――これも繰り返しか」

「そうですね。そうなるとやはり、同じ言葉の繰り返しです――俺に勝てる脅威が存在しますか?」


 何とも傲岸不遜を極めた言葉に聞こえるが、その脅威を想像すら出来ないのも、また事実。

 実際、ムラタ1人であれば、好きにしろ、で済む話なのであることもまた事実なのだ。


 問題は、次期国王マドーラがそれに同行するという点だ。

 この部分に関しては、ルシャートも強硬に反対したのだが、マドーラ自身がムラタの案を支持してしまった。


 その理由として、マドーラにムラタに対する圧倒的な信頼がある事は確かであろう。

 そして問題の早期解決という建前も見事に備わっている。


 あまり城から離れたがっていないように思える部分もあるが、これも当たり前ではあるし……


 さらにムラタの案が戦術的に圧倒的に正しい、という部分をルシャート自身が根っ子のところで認めてしまっている部分も問題だ。


 単純に駒を配置し、それを思うがままに動かせる盤上の遊戯であれば、ルシャートはムラタと全く同じ案を採用したであろう。


 だが、それはあまりにも人の心を無視しすぎている。

 ムラタの案に賛成と主張するのは、人としてどうかしているとしか思えないのだ。

 むしろ反対することが、人として健全である事を証明するようなもの。


 だがムラタは――それにマドーラも――譲るつもりは無いらしく、今の状態に至ってしまっている。

 こうなっては、もはや止めようも無いのだが……


「フレッドさんからも、不満の声が聞こえませんが」

「フレッドはダメだ。こやつはどこか壊れている」


 しつこい反対派の意見に、ムラタも懐柔しようと考えたらしい。

 その嚆矢として、落ち着き払ったフレッドの反応を挙げてみせるが、今度はハミルトンが素っ気なく返した。

 そういう人物であるらしい。


 当人は、リンカル侯爵家を憚って発言を控えているが、何やら嬉しそうに笑みを浮かべているあたり、やはり尋常では無い。


 ムラタはその反応を見て、僅かに首を傾けた。

 そして、こう切り出した。


「……ではサービスです。一つ確認したいことがありまして」

「何だ?」


 ハミルトンが即座に応じた。


 ムラタの質問が救いになるとは思えないが、少なくとも“納得”を得ることが出来るのではないかと期待したらしい。

 ムラタは、そんなハミルトンの様子を見て笑みを浮かべ、こう告げた。


「――“陪臣”という概念はありますか?」  


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ