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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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誰も正体は掴めぬまま

「皆さんにはお気を悪く為さらぬよう、お願いしたいのですが――」


 笑みを浮かべたままのムラタが、低姿勢で語り始める。


「ギンガレー領を贔屓してしまうことにご容赦いただきたい」

「贔屓? どういう意味じゃ?」


 メオイネ公が聞き咎めた。

 贔屓宣言されたギンガレー伯は未だ戸惑ったままで、ムラタに問いただすことすら出来ない。


「これは俺の元の世界、というよりは元の国、の好みになるんですが風呂というと、木材で作ることが最高の贅沢という感覚があるんですよ」

「は、はぁ。それはわかった。で、それで贔屓というのは?」


 いきなり話が飛んだように感じるメオイネ公であったが、流石にムラタとの付き合いも慣れて来たらしい。

 論旨を見失わないように、しっかりと握りしめている。


「ギンガレー領には名産の木材があるそうで。これで風呂を作りたいわけです」

「……しかし、作るのは浴場なのであろう?」


 メオイネ公がここで訝しく感じているポイントは、その規模の違いだ。

 風呂と浴場では、文字通り桁が違う――ように公には感じられたのだ。


 そして、その認識は圧倒的に正しい。


 メオイネ公は今この場で初めて「浴場」というものを知ったはずだが、何とも聡い。


「そうだな。こういう場合、普通ならば石材を用いるべきだろう」


 「浴場」についての知識が、脳に引っかかっていたらしいリンカル侯がメオイネ公に賛同した。


「ああいや。そういう普通の浴場は作りますよ。ですから、これも付加価値ですね。木材で作る浴場。これは高級感があります」


 まずムラタはそう反論した。


「かと言って、小さいものを作ろうという気は無いんですよ。ギンガレー伯――」

「は、はい」

「そちらの木材について……俺から説明差し上げた方がよろしいですか?」


「い、いや、大丈夫です。いきなりのことで戸惑ってしまいましたが、ようやくムラタ殿の意図がわかりました。バイナム杉をご所望ですな」


 ムラタは我が意を得たり、とばかりに満足そうに頷いた。

 そして、ギンガレー伯によるバイナム杉の解説――というかプレゼンが始まった。


 曰く――


 その堅牢さは比類無く、それでいて真っ直ぐに成長していくので建材としても使いやすい。

 そして、特筆すべきはその香気。

 何とも高貴であり、一度それを堪能してしまうと、他のものとは代えがたい魅力を感じてしまう。


「その香気がですね……どうやら俺が知る“風呂”に近いものがあるようでして。湯で温められると、浴場がこの香りに満たされるわけです」

「ああ……それは魅力的だ」


 差し込まれたムラタの言葉に対して、それを厭うこと無く、逆に自らのプレゼンの強化に繋げるギンガレー伯。


 その点では確かに有能なのだろう。

 出席者も、どこか陶然とした表情を浮かべている。


「また、建材としても優秀だという説明があったばかり。これを有効に活用すれば、それなりの大きさの浴場を建設することも可能かと。何なら湯船だけをバイナム杉で拵えてもいいわけで」

「な、なるほど。それで贔屓というのは?」


「この浴場を建設するとなれば、当然のことながらギンガレー領に協力して貰うことになります。そうすると、これまた当然にお金が動くわけでして」


 どうやら、ムラタは強引に徴発しようという心づもりでは無いらしい。


「それによって、ギンガレー領が潤うことになります。一応、先ほど話させていただたように、理由はあるんですが、何分、我ながら説得力に乏しい」

「い、いや、それほど卑下せずとも……」


 バイナム杉を使うという計画は、メオイネ公にもそれほど無茶なものだとは思えなくなってきた。

 そもそもが浴場建設が無茶な計画である。

 それを受け入れるという前提があるのなら、バイナム杉での計画は随分とマシだ。


「ちなみに、ずっとこのバイナム杉を使う浴場を常設する考えも無いんですよね。この辺り、各領の特色を生かした物を順番に生かした物にしたいと」

「何もかもを風呂にか?」

「いやいや別に風呂じゃ無くても良いんですよ。王都で特産物を紹介できる。これが大きい」


 そのムラタの発言に、メオイネ公は呆気にとられた。

 その隙を突くのがリンカル侯だ。


「な、ならば、風呂などと……」

「ですから、浴場建設は良いことだ、と民に錯覚させる方法の一環に、紛れ込ませてるだけなんですよ。肝心なのは、民に健康と衛生を。そして、その目的は……」

「より多く税を集めるため……どうにもお主の説明を聞き続けると、何が目的なのか見失ってしまう」


 リンカル侯の愚痴の様な言葉に、自然と頷いてゆく出席者達。

 だが、ムラタはそれを見て眉を潜めた。


「どうにも皆さん、善人が過ぎますよ。これも俺の世界の話ですがね……」


 そこからまた、ムラタの長広舌が始まった。

 つまりは国を運営するためには善人では問題がある。

 

 “ドロドロの汗にまみれ、手垢をなすり付けるようにして維持するのが平和”


 という言葉も紹介された。


 そもそも、上から命令するという方法は非常時のために温存しておくもので、普段使わなくて済むなら、頭を使って、民をおだてておいた方が色々融通が利く。

 権威の低下という問題もあるが、その辺りは匙加減だ。


 とにかく、為政についてもっと知恵を使ってはどうか? ――と提案されてしまった。


 この言葉には宮廷闘争に明け暮れた貴族達を揶揄する意味合いもあったのだろう。

 それに加えて、マドーラへの教育だ。


 相変わらず、1つのことを1つの目的だけでは行わない男である。


 そして、そんな性分を証明するかのようにムラタの言葉が、スライドした。


「……というわけで、浴場にはさらなる錯覚をさせます――ギンガレー伯」

「は? いえ、バイナム杉については……」

「いや、そちらでは無く。ギンガレー伯、面倒をみておられる商会がありますよね」


 そのムラタの呼びかけに、ギンガレー伯は棒でも飲み込んだような表情になった。

 だが、すぐにその表情を変える。


 考えてみれば――というか、考えるまでもなく、商会と自分との間にやましいことは何も無い事に気付いたからだ。


 それが結果論であったとしても、結果としてムラタの情報は集めることが出来ないまま。

 すると残るのは、貴族として商人を庇護するという当たり前の構図が残るだけだ。


 何も畏まる必要は無い。


「さ、左様ですな。レイオン商会と言いましてですな。中々、意欲的な商売を……」

「そこです」


 ムラタがギンガレー伯の発言を遮った。


「その商売方法について、調べてみたんですが、これは利用しない手は無いな、と考えまして」

「利用……ですか?」


「はい。民を錯覚させるのに、実に都合の良い商売をしている。一度、きっちりと話し合ってみたいので、ご紹介お願いします」

「は、はぁ、それぐらいなら……」


 それで、この話はおしまい。

 そうなるはずであったのに、ムラタは先を続けた。


「――では先に言っておきましょう。この浴場を中心とした計画については、ギンガレー伯。貴方におまかせしたい」

「何ですと?」


 ムラタに仕事を振られると即座にギンガレー伯が反応した。

 やはり追い込まれているのだろう。


 貧民街からの移住のため、それに対して認可を出し続けなくてはならない。

 そして、認可に際しての責任は当たり前にギンガレー伯がとることになる。その点ではまったく容赦が無いムラタだった。


 ――責任は上に。


 という言葉を、もはや教条的に行使していると言っても過言では無い。


 現在のところ、身体を損なう形で責任をとるような状態には至ってないが、一度ギンガレー伯もまとめて“踏まれて”しまったことがある。

 もはやサボタージュすらままならない。


「……お仕事が大変なら、商会を監督するシステムを作ればよろしいでしょうに。それも基本的には金の管理で済むはずです。ま、道徳的に問題があるようなら即座に止めて下さればいいわけで」


 ムラタの説明に、ギンガレー伯は一息ついた。

 確かに、そういう仕事であればさほどの負担にはならないように思えたからだ。


 王宮の事務官頼りになるところに忸怩たる部分があるが、バイナム杉にかこつけて領から何名か派遣させても良い。

 いやむしろ、これは好機チャンスではないかと、ギンガレー伯は思い直していた。


「……それで、その商会とは、どんな計画を?」


 流れのままにメオイネ公が尋ねてみると、ムラタはかぶりを振った。


「そこまでご理解いただこうとは思っていませんよ。どうしたって、猥雑になりますからね。それでも基本的には一種の楽団を作ろうと考えているぐらいのものです。浴場で、音楽が流れるようにしたいんですよ」

「ふむ。確かに、基本的には民のための施設でもあるしな。あまり口を出すのも問題か」


 比較的あっさりとメオイネ公が引いた。

 ムラタの話に納得した、というよりも、これ以上はムラタに付き合えない、という心情が垣間見える。


「――では、マドーラに返しても大丈夫なようですね」

「そうじゃな。殿下、お願いします」

「わかりました」


 待ち望んだ結論が出て、頬を上気させたマドーラが宣言する。


「では、浴場建設計画を推し進めます」

「「「承りました」」」


 一同の声が揃い、その後、2、3の議題を片付け――


 ――御前会議の幕は閉じた。

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