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場違いな男

 ケシュン地区は繰り返しになるが、ほとんどゴミ溜めだ。

 この付近の区画は水路兼用の堀を通じて、はしけのような小舟が行き交っている。

 人に荷物と頻繁に往来しているし、一種倉庫街のようにもなっていた。


 だがケシュン地区は区画整理に失敗したのか、使い勝手が非常に悪い。水路を利用するにも奥まっていて、倉庫としても使いにくい。


 結果として、使わなくなった木箱、ぼろ布、紙くず、サビの浮いた各種道具が足で払いのけられ、ケシュンに集まってくる。

 だからケシュン地区はゴミ溜め――というより“ゴミ”そのものだな、うん。


 その理由は――


 ――げ


 思わず出てきそうになった声を飲み込む。

 もちろん咥えていたタバコの煙も盛大に吸い込んだから、悲惨なことになった。


「カケフ! そんなに驚くなよ」


 手を振りながら、こちらに向かって歩いてくるのはランディという青年だ。


 ……いや、仕込んでないから。


 大体、ひげ面じゃないし。

 ランディは、茶色からにんじん色の髪で緑の瞳。

 まだそんなに年齢は行ってないんじゃ無いかな? 鼻の頭にそばかすが残っているし。


 ……そばかすって、年齢と共に段々無くなるんだよな?


 ネットで、すぐに確認出来ないのが辛いところ。

 これが“異世界”がもっともボッチに厳しいところかも知れない。


 実際ランディ、ちょっと小柄なんだよな。この世界では平均身長に届いていない俺よりも低いんだから……もしかしてローティーンか?

 そう考えると、愛嬌過多な幼さが残る顔立ちも、年相応なのかも知れない。


 俺は、まずゆっくりと煙をふくんで、フーッとはき出した。

 そして、近付いてくるランディに持っていた買い物袋を渡して、携帯灰皿にセブンスター(セッタ)をねじ込んだ。


 そしてたっぷり間をとって、


「ランディ、それやる」


 と、短く言ってやった。


「ええ?」


 うわぁ、わざとらしいリアクションだこと。


「俺に用があるんじゃないのか?」

「そうだけど、家に買い物置くぐらいすぐに済むだろ」

「お前に家を知られたら、一生祟られる」

「ひどいなぁ」


 実際、この状態が祟られてなくて何だと言うのか。

 俺はランディの前に、指を一本立てた。


「お前は俺に話がある」

「う、うん。そうだね」


 俺は指を追加する。


「またどこからか聞きつけてきた“面白い話”を持ってきた」

「そうなんだよ」


 喜色満面になるランディ。

 俺はさらに追加。


「どうせなら、酒でも飲んで楽しく語らいたい」

「良くわかってるじゃ無いか!」


 俺は指を折りたたんで、拳をグリグリとランディの頬を抉る。


「……お前は、全然わかろうとしないな」


「何するんだカケフ!? 酷いじゃないか!」

「酷いのもお前だ。俺はお前の話なんかに興味は無いし、酒にも興味はない」

「わ、わかった。いつも通り酒は諦めるから」


 俺はさらに強く頬を抉る。

 ランディの上体が反らされていった。


「俺はお前に付き合わされることを諦めてるんだがなぁ」


 語尾がちょっと持ち上がってしまった。


「え? ああ! この買い物袋!」

「そうだよ」


 もちろん本当なら、こんな奴追い払って、ねぐらに戻ってのんびりしたいところだ。

 だがランディはしつこすぎる。


 本当はケシュンに住んでることも知られたくなかったが、油断した時にここまで付いてこられてしまった。


 結論。


 ランディを見たら諦める。

 これが一番被害が少ない。


「それやる。飯代はそっちが出せ」

「ええ~、それって不公平じゃ……」

「俺はお前の急な話に付き合ってやろうとしている」

「……はい。そうですね」


 俺は踵を返すと、先ほどまで歩いてきた道を悄然と眺める。

 すでに茜色だった空は、紫へと変わり始めていた。


 暗色に変わってゆくグラデーションが、俺の心情を表しているようで泣けてくる。


 ……タバコ咥えたいなぁ。


                  □


 こいつに関してはランディという名前しか知らない。

 ファミリーネームも。


 個人情報を知ろうとしないことが、ボッチにとって重要なことだ。

 これには、もちろんランディが自分のことを語らないという事実も含まれている。


 では、ランディもボッチ志願者なのかと分析してみると、大分おかしなところがある。


 まず身なりが良い。


 何せ俺が「スキル」でもって、あーだこーだ手を加えている服とさほど変わらないように……見える。

 服飾に関しては詳しくはわからないが、多分間違いない。

 その上で、洗濯もしっかりしているようだし、なにより風呂にも入っているようだ。


 ケシュン……いや、貧民街にいるくせにこれはあり得ない。


 さらに金銭感覚が貧民街に合致していないのも問題だ。

 考えずに注文して、平気で金貨を出そうとする。


 身ぎれいなだけなら、俺と同じスキル持ちの可能性もあるが、もっと妥当な推測が出てくる。


 そう。


 “お坊ちゃま”だ。


 裕福な商家か、下手すると貴族に繋がっているんじゃないか?

 ……というのが俺の推測だ。


 だから、こいつとの出会いも随分不自然なもので、貧民街を歩いている時にいきなり声を掛けられた。


 ナンパか!


 と、雑にツッコミたくなるような、雑なボケだった。


 俺は書籍を探るために、結構な頻度で一般の市街地まで足を伸ばしているのに、わざわざ貧民街で接触してくる。

 これで怪しまない方が無理な話だ。


 もちろん世界システムというか神の指図を疑ったが、恐らくこいつに手を加えてはいないだろう。

 もっと大元で何かしているかも知れないが、ランディのような末端にまでは難しいのかも知れない。


 ……そうなるとノウミーでは、どこまでちょっかいされていたのか。


 だが、こうなってみるとちょっと楽だった。

 こいつは何があっても友達にならずに済むので、警戒する必要が無い。

 邪険に扱っても、そもそも俺に含むところがあるので親近感を抱くこともないだろう。


 実に付き合いやすかった。


 いざとなったら、ねぐら変えても問題ないしな。

 

               □


 10分ほど歩いた後、俺達は貧民街の飯屋に潜り込んだ。

 空には、ぎりぎり日の名残が見え隠れしている状態。


 そんな風情をしっかり楽しもうとしているわけでなく、単純にこの飯屋の外壁がボロボロなだけ。

 いっそのこと、オープンカフェ、とか言い出して開き直れば良いと思う。


 俺達はあまり店の奥では無く、前の方に並べられている木箱を挟んで、腰を下ろした。

 いや、もう店の敷地じゃないんじゃないか?


 だが一仕事終えたむくつけき男達が、中も外もなくジョッキを煽って、大騒ぎ状態なのであまり関係ないか。

 しかし俺とランディの出で立ち……TPOを意識してないよなぁ。


 身ぎれいに過ぎる。


 そんな中、ランディが平然と口を開いた。


「カケフ、どうするんだ?」

「肉を焼いたの」


 正直、他の料理は……君子危うきに近寄らず、だ。


「香辛料は?」

「たっぷりと」

「じゃあ俺はそれに魚のスープと焼きパンでいいや。酒はあるだろうけど水はあるかな? ――おおい! こっちだよ」


 お坊ちゃんのくせに、チャレンジャーだこと。

 俺は肩をすくめて、ランディに話しかける。


「……それで“面白い話”ってのは何だ?」

「いや、ご飯が来てからでも……」

「早く終わらせて、さっさと帰りたい」


 こいつを撒くのが面倒でもあるし。


 俺はポケットからセブンスター(セッタ)を……切れてた可能性があるな。

 下手にスキルをランディ(こいつ)見られると、言うまでもなく厄介だ。

 かといって、こっそりやるにはなぁ――近すぎる。


 タバコもお預けか……どんどん物悲しくなってきたぞ、こら。


「まあまあ、そう言わないで食事を――楽しむというのは無理があるか」


 うん。


 そういうことを言ってしまうのが、ランディの可哀想なところだ。

 だが、この流れに乗らない手はない。


「そうだろう? だから取りあえず、どんな話か言ってみろ」


 俺の再度の促しに、今度はランディが溜息をついた。

 そして少しの逡巡の後、こちらに身を乗り出して、小さな声でこう告げる。


「――近く、ギンガレー伯が王都ここに来るらしいんだ」

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