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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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何故なら心が鉛色

 何しろ真の勝者はキルシュであるだから、せめて「成功した」と強弁しなければマドーラ達も、立つ瀬が無い。

 それにプラスして、ムラタにバレた段階である程度計画が形になってしたのも確かなのだ。

 

 あの時点では、浴場建設にあたって、そのための建材をどこから集めるか?

 それに伴い、いかほどにそれを内需拡大広げるか、という、いささかやり過ぎな方面にまで手を伸ばしていた。


 浴場の資料を集めるのに、王宮に仕える事務官の協力は不可欠で、それにつれて自然と会話も交わされる。

 そうなるとマドーラ達が何をしているのか自然と察せられるもので、結果として計画の規模が大きくなった次第だ。


 だが、これが無駄になることは当然無かった。


 キルシュの前に集めた資料を並べて、ただただお風呂を作るだけの――キルシュの考えでは慎みの無い――計画では無いことを主張するマドーラ達。


 キルシュは難しい顔をして、その資料をムラタに差し出した。

 お風呂反対派としてのムラタの意見を聞いてみたい――単純に、理解するのが難しい、という問題もあるだろう。

 その場に居た双子は、資料には目もくれずメイル達から直接話を聞いている。


 その結果――


「……これはもう仕方が無いな。いや、それ以上に見所のある計画だ」


 ――ムラタが判断を下してしまった。


 キルシュはムラタに詰め寄るが、ムラタが諦めたように首を振る。


「とにかく説明を。その前にマドーラ。君が欲しがってるのは、計画にある浴場では無いな? 城の中に、大きな湯殿と大きい窓があればそれで大丈夫だろう」

「イチロー……知ってたの?」


 メイルが目を見張るが、ムラタは渋い表情を浮かべている。


「確証は無い。それにこれだって充分無茶な欲求だ。ただ、この計画が始動すれば、そのフィードバックで作ることが容易になる可能性もある」

「ふぃ……ふぃーど? ばっく?」


 ブルーが首を捻る。


「つまり経験が積み重なれば今は無茶な欲求でも、そうでもなくなると言うことだ。キルシュさん。中庭でも無く、城の中に新たな風呂場を建設するのであれば、さほど問題は無いと考えられますが?」


 何か焦っているようなムラタに押しきられる形で、キルシュが頷いた。


「え、ええ、まぁ、それなら今と変わらない気もしますし。窓の位置が気なりますけど……」

「それについては腹案があります。で、この計画を練ったのは……?」

「あ、それはアニカ」

「……私だけじゃ無いでしょ。浴場のことを思い出してくれたのはクラリッサさんだし……」


 そこを皮切りに、ムラタの尋問が始まった。


 マドーラも対抗しようとしたが、思った以上にムラタが「浴場建設計画」に乗り気だったこともあり、どうにも上手く抵抗できない。


 ムラタの尋問によって、計画の不備を突かれるという点では、予想していたのと同じ現象が起こっているわけだが、絶対的な齟齬がある。


 それに双子の存在もあった。


 なし崩し的に始まってしまったが、この双子がイレギュラーに過ぎたのだ。

 その点では、ムラタとマドーラの意見が一致した。


 ムラタが何やらでっち上げた謎の料理を提供して煙に巻いて――そのついでに一緒に煙に巻かれそうになって――何とか双子には退場願った。


 どのみち「ガーディアンズ」に協力して貰うとしても、計画を詰めなければどうにもならない。

 その辺りを言い含めて、ザインに双子の監視という仕事を与えるまでが第一段階。


 この辺りは、ムラタがノラと会うために頻繁に街に出ていた時期と被るので、比較的たやすかったとも言えるだろう。

 それに、すぐにも情報封鎖が解かれることも確かなのだから。

 むしろ最高位ハイエンドとしての「ガーディアンズ」の影響力に期待している面もあった。


 そうなると次の第二段階。

 つまりアニカの計画通り、ムラタをしっかりと巻き込むことに成功すること。


 これは繰り返しになるが、巻き込むと言うよりも、あまりにムラタが乗ってきたので逆に巻き込まれたと錯覚しそうになる程だ。


 原因は、ムラタとレイオン商会の企み。

 そして、ノラとの協調。


 その辺りが背景バックにあるわけだが、もちろんムラタがそれを明かすはずも無く。

 代わりに提案したのは、何とも身勝手なものだった。


「この浴場という発案アイデアな。俺が言いだしたことにしよう」

「な、何言ってるの!? これってお姫様が考えて、クラリッサさんが教えてくれた事じゃ無い! なんでそういうことになるのよ!」


 反射的に声を上げるメイル。

 だが、その声に続く者は居なかった。


「あ、あれ?」

「いや、メイルが怒るのはもっともだし、他の事なら全部そっちが主導で動いたと言うことで問題は無い。ただ浴場はなぁ……」


 ムラタが顎をさすりながら応じる。

 そのムラタに続くように、キルシュが深く頷いた。

 やはり、女性がこれを提案したとなれば、どうしても“はしたない”という感情が出てきてしまう。


「最初は俺。で、それを改革の一環としての路線に戻したのがマドーラ。この形にした方が良い。実際、皆がまとめた計画は、思った以上に使えるわけだしな。これほとんどそのまま使えるぞ。特にこの建材を集めてくるのが秀逸だ」

「そ、そうなの?」


 あっさりと懐柔されるメイル。

 最初から、ムラタに任せようとしていたマドーラ達は、心なしか胸を張っていた。


「ですが……本当に大きなお風呂を作ることが、国のためになるのでしょうか?」


 尚もキルシュが心配そうに呟くが、ムラタはそれに対してニヤリと笑った。


「俺にとっての“元の”世界には、本当に大きなお風呂を作り続けた国があるんですよ。その効果はですね……」


                  □


「民の健康と衛生だと? それほど重要な事か?」


 御前会議においてムラタはキルシュに語ったのと同じ理由を披露した。

 それが何とも、曖昧な目的に思えたのであろう。

 この辺り、異世界の人間としては対応が揃っている。


 キルシュの場合は、それに対して戸惑った。

 王が民にここまで心を砕くという“現象”が受け入れづらかったのであろう。

 だが、その目的を否定はしなかった。


 一方で、声を上げたメオイネ公。

 そして渋い表情をして見せた、リンカル侯も同じく、ムラタの発案アイデアになっている「浴場建設」については反対であるらしい。

 そしてこれは、出席者のほとんどが同意見とみて間違いないだろう。


「……財務卿として言わせてもらうなら、何とも壮大な無駄としか思えん」


 次に発言したのがリンカル侯だ。


 真っ向からムラタに反対したわけで、この辺りムラタの取り扱いについて、ある程度目安が出来てきた証だろう。

 基本的に、ムラタは会議の場であれば、よほどのことが無い限り怒り出すことはない、という判断だ。

 そしてそれは的を射ている。


 今もムラタは、ただ頷くだけでリンカル侯の発言を咎めることも無いし、怒っている様子も無かった。

 マドーラはどうかというと、一仕事終わった、と言うような風情で玉座に身体を預けている。


 そんな2人の様子を見てリンカル侯はさらに続けた。


「従来の浴場を参考したと言うことなら、恐らく儂の知識で推測するのも可能なのだろう。儂の領に近いこともあるしな」

「恐らくは、それで間違いないと思われます」


 そんなリンカル侯を調子に乗せるように、ムラタが追従する。

 リンカル侯はそれを受けて、ますます胸を張った。


「しかし、それを王都に再現するとなると比較にならない程の資金が必要になるぞ。そして、それで得られるものが民の健康と衛生とは……ハッキリ言って無駄遣いだ」

「うむ。そうじゃな。そこまでして民を安んじる事も無いだろう」


 今度はメオイネ公が、リンカル侯を援護した。

 そしてそれに頷く出席者達。


 ギンガレー伯や、ペルニッツ子爵など直接関係のある、仕事が増えそうだと予感していたらしい両名の表情が、どことなく緩んでいる。


 一方で、ムラタは一同を無感動な黒い瞳で見渡したあと、まずこう尋ねた。


「……それでは皆さん、この計画が民におもねるものだと、そう考えておられると言うことで間違いありませんか?」


 そう言われて、一瞬怯む出席者達であるが、どうにも他に解釈のしようがない。

 民のために風呂を作るなどと言う発案アイデアには、民を助ける以外の理由が見いだせないのだ。


 そして民の救済に関しては、神官達が何やら乗り気になっているし、これ以上民に甘い顔をして見せることは、何かしらの害が発生する可能性を考えてしまう。

 やはり浴場建設には利点が無いように出席者には思えた。


 ほぼ全員が、タイミングは違えど首肯する様を見て、ムラタはわざとらしくため息をついた。

 そして、次に放たれた言葉。

 これが出席者の意表を突いた。


「――皆さん、善人が過ぎます」

「………!」


 ムラタの発言は考えていたものの真反対。

 浴場建設とは、救済のための施策では無かったのか?

 それなのに“善人呼ばわり”されるとは。


「良いでしょう。俺の世界がどれ程薄汚れていたか、教えて差し上げます」


 そしてムラタが、悪の化身の如く微笑んだ。


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