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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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ムラタはやり過ごせ

 定期的に開くべし。


 ――などという決まりがあるわけでは無いが、再び御前会議が開かれる運びとなった。


 そうと決まれば、それなりに報告すべき事柄があり、詰めなければならない問題もある。

 ただ、前回の会議が「マドーラのお披露目」という側面が強かった分、今回の会議では儀式めいた部分はかなり抑えられていた。

 

 席を与えられた者も全員出席とならず、現にカルパニア伯はその姿を見せていない。

 この点に関しては、ムラタから説明が為されていた。


「俺の依頼で、ちょっと出て貰ってましてね。ああ、ご心配なく。護衛はもちろん、神官にも付いていって貰ってます。まず危険はないかと」


 そう言ったムラタの視線を受けたルシャートが軽く頷いた。

 護衛とはもちろん、近衛騎士の手による物だからだ。


「――それに、危険があれば即座に帰ってくるようにお願いしてますからね。それも考えて会議の開催時期を考えてたんですが、思った以上に順調らしくて」


 ムラタが肩をすくめた。

 

 カルパニア伯がどこに向かっているのか、理解していない者はこの会議室に誰もいない。

 元より、御前会議でありながら「軍事機密」を申し立てるのもおかしな話だろう。

 

 ――カルパニア伯は西に向かっている。


 それはもう、報告するまでも無い周知の事実。

 だが出席者は改めて理解したのだ。

 

 マウリッツ子爵に懲罰を加えるための準備は、着々と進んでいる、と。


 ちなみにムラタは前と同じに白い襟食いの広い長衣姿。

 そして、すでにタバコを咥えている。


 マドーラもまた、以前の会議と同じ不思議な衣服姿。

 もちろん椅子も例の如く変化している。

 以前と違うのは、どういう理由か随分と緊張している様に見えるところだろう。


 前の会議ではどこか他人事のような面持ちだったのに、今回の会議では何やら入れ込んでいるようにも見える。

 年相応、という表現が適切かどうかはわからないが、以前よりも人間味が出てきたのは確かだ。


 護衛を務める近衛騎士――今回はハミルトンはいない――はそのままだ。

 付き従う侍女も同じ面子だが、メイルの得物が変化している。

 そしてマドーラとの距離も。


 会議の最中でありながら、時折耳を寄せてマドーラと囁き合っている。


 その様子に、なんとも言えない表情を浮かべているのは、メオイネ公とリンカル侯だ。

 前回の会議の終わりに、大きすぎる釘を刺された形になった両者は、マドーラとは逆に反応が何とも鈍い。


 そして現在のところ、内務卿、財務卿、という役目を黙々とこなしてる。

 この会議も、何とか無難に乗り切りたい、と言うのが本音ではあるのだろう。


 そういう心境であるだけに、マドーラの動きに神経質になっても仕方ない。


 そして、もはや周囲の状況に気を配る余裕が無い者もいる。

 言うまでも無く、ギンガレー伯とペルニッツ子爵だ。


 “護民卿”なる、謎の役職を拝命して以降、ギンガレー伯には休日と呼べる物が無くなってしまった。

 王都で行われている様々な改革について、ギンガレー伯はムラタから任されている――そういうことになっているのだ。


 特に、ムラタが休暇から帰って後はその傾向が強くなった。

 それでいて、ムラタが遊び回っている風では無く、王宮を離れあちらこちらに出没している。

 その上、ひょっこりとギンガレー伯の前にも現れる。


 休みも無い上に、気の休まる時すら無い。

 この環境にありながら、僅かに希望を抱けるとするなら、この忙しさがやがて終わり、永遠には続かない事がわかっていることだろう。

 貧民街が縮小していけば、自然と忙しさも解消されるはずだからだ。


 そして民が王都から離れてくれれば、それは内務卿たるメオイネ公の管轄になる……はずだ。


 一方でペルニッツ子爵は、終わりの無い忙しさに精も根も尽き果てていた。

 だが彼は、警務局詰め、と言う自分の役割を果たしているだけだ。


 有名無実であった役割に、実体が出来てしまっただけに過ぎない。

 

 仕事を振ったのはもちろんルシャートだ。

 事実上の軍制改革が行われる中、総責任者であるルシャートもまた多忙である事は間違いない。


 そのルシャートから、


「王都での見回りを、おまかせします」


 と、言われてしまえば断ることも出来ない。


 その上で、子爵家にはそのためのノウハウを持つ家臣が未だ仕えていた。

 混乱する貧民街はもとより、通常区画の王都全般にわたって子爵の管轄となった。

 

 これではいつまで経っても仕事が終わることを望めそうも無い。

 王都での治安維持は、それこそ終わることの無い職務なのだから。


 休みたいのであれば、自分自身でそういった仕組み(システム)を構築すれば良い。

 何しろ子爵は子爵――貴族なのだから。

 自分の仕事がしやすいように環境を整えれば良く、そのことに真正面から文句を言う者もいないだろう。


 現在はムラタという外部監視装置が働いているが、それでも尚、そういった工夫をすることを咎められることはない。

 事実、ムラタが欲しがっているのは「結果」であって「過程」ではないからだ。


 一生懸命仕事をしました! ……で、その目が優しくなることは無いだろう。

 つまり、自分が楽になるように環境を整えないことは皮肉なことに「怠惰」と解され、最終的には「無能」ということになってしまう。


 ペルニッツ子爵ほど、自縄自縛、という四文字熟語が似合う状態も中々無いだろう。


 そして、これらの職務に就く貴族達が思うことは共通していた。


(……これは働いたら負けなのでは?)


 と。


 元々、役職に任じられることは名誉な事である、という前提がある。

 いや、それしか無いといっても過言ではあるまい。

 領地持ちの貴族となれば、基本的に無給なのだから。


 当然、役職に就くことであれやこれやと旨味があるわけだが、それをおおっぴらにする程、慎みが無いわけでは無い。

 だが現在――何度も同じ問題に直面してしまうが、つまりはムラタだ。


 ムラタが贅沢している、おおやけの席で妾を侍らす、遊興に耽る、などの不行跡が見えているならともかく、ムラタ自身は、ただただ動き回っているだけだ。

 これでは、旨味、についての忖度を期待する事も難しい。


 つまり、王宮を乗っ取ったのは間違いなく悪事であるのに、乗っ取った本人の行動は真面目そのもの。


 これは――辛い。


 心の中で悪態をつくことすら、自分が負けたような気分になるから、発散のしようがなくなるのである。

 結果仕事に追われ、ただただ職務をこなしていくだけ。


 とんだブラック王宮の出来上がりである。


 事務官などの福利厚生は図られているわけだが、ムラタは、


「えらい人が一番働く。うむ、正しい」


 と、発言してしまっている。


 こうなってしまっては、役職を返上して、領地に引っ込むことだけが救いの道だ。

 もちろん、それで簡単にやめられるようならブラック王宮では無くなるわけだが……


 それでも会議は進み、ムラタの改革について僅かながら数字の変化が見えるようになってきている。

 そこには確かに達成感があったのだろう。

 心を摩耗させていた出席者達の表情に喜色が見える。


「あとは、この成果を王国全体に広げるべきか、もう少し具体的な成果が見えてからにするか――」


 と、ムラタが当たり前の展開を議題に挙げようとしていたが、皆が首を横に振った。


 この場合、助けになったのはルシャートも反対したということであろう。


 理由としては、騎士団の改革にまだまだ時間がかかると言うこと。

 それに加えて、マウリッツ子爵領への出向――あるいは討伐。

 そういうことが見込まれている中で、流石に手を広げすぎだ、という正論。


 ムラタもそれを聞いて、この議題についてはすぐに取り下げた。

 やはり、当面の問題はマウリッツ子爵領にどういった対応をするべきか? であろう。

 

 今回の会議の主題が見えてきたところで――


「――はい、それでは今回の会議での一番大きな問題を提出したいと思います」


 タイミング良く、ムラタが宣言する。

 そして、全員が頷いた。


 ただ単に承認を与えるだけになりそうだが、とにかく会議が進むことは良いことだ――特に自分には及ばないところで。


 マウリッツ子爵の運命を気に掛ける程の余裕は無いし、下手に庇い立てすれば連座の可能性もある。

 何しろ、ムラタには領民誅戮を口にしたという“実績”があるのだ。

 そして、それを可能たらしめる圧倒的な暴力ちから


 やはり、首をすくめて嵐が通り過ぎるのを待つにかぎる。


 だが、そんな出席者の覚悟を笑うかのようにムラタは続けてこう告げた。


「次の議題はマドーラからです。皆さん傾注のこと、よろしくお願いします――では、マドーラ」


 言いながらムラタが、その玉座の背後に身を潜めた。

 それによって、出席者と向かい合う形となったマドーラ。


 双方の喉が鳴る。

 そして、意を決したマドーラがこう告げた。


「……話し合って欲しいのはお風呂についてです」


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