過剰接待
「29」
「……何故そんな半端な数字になるんだい? 30で良いじゃないか。それに多すぎる――11だよ。あくまで見えている人数に関しては、だけどね」
「では29の可能性もありますよね?」
「確かにそうだけど。なぜ29にこだわるんだい?」
重ねてノラに尋ねられて、ムラタは首を捻った。
久しぶりに2人が密談しているのは「雄々しき牙」である。
“ムラヤマ”時代にムラタが連れてこられた、あの店で間違いは無い。
その2階の部屋で会合に至ったのも、まったく同じだ。
ロームに“つなぎ”を取って貰うように依頼してから、僅かに5日後。
しかもムラタが動きやすいように、夜中では無く午後に時間設定されて、返事が来たわけだ。
それをロームに伝えられたムラタは、
「隠す気は無いらしい」
と、苦笑を浮かべつつこれを了承。
その後、特に目立った動きもなく時間は流れ、今日この日の会合となったわけである。
「……素数だから?」
「“ソスウ”ってなんだい?」
再びノラが尋ねるが、本気で疑問に感じているわけでは無いらしいことは、口ぶりですぐ分かる。
グラスの蒸留酒の方に関心が向いているのは明らかだ。
そのノラはいつも通り男装姿。
ムラタの方は異世界風である。
本人が馴染んでしまった、と言い訳を並べる前に、この店を訪れるのに目立つ格好は避けたいという理屈が張り付いてしまったようだ。
そのムラタも、すでにタバコを咥えている。
ムラヤマ時代と違うのは、さっさと腰掛けてしまったことだろう。
逆にノラに方が、座るタイミングを逸してしまったらしい。
「――基本的な考え方なんですが……ああ、でも知らなくても特に不都合はありませんね。忘れて下さい」
「君ね……」
グラスを掲げながら、ノラが苦笑を浮かべた。
先ほどから出ている数字――では無く、人数は、
「ムラタのスキルを“鑑定”しようとした人数」
である。
人数、あるいは陣営と言うべきか。
もちろん、もれなく廃人コースである。
ノウミーのような田舎であっても、スキルを持っている者がいたのだから、都会であり大きな冒険者ギルドもある王都においては『鑑定』スキルを持つ者が居ないはずがない。
ムラタも当然それに気付いている。
だが、それに対してムラタが救済の手を伸ばそうとはしなかった。
最初はノラもムラタのスタンスを掴みかねていたが、放置するらしいと判断して以降、それに倣う――いや、利用し始めた。
何しろムラタの依頼で、遠くノウミーにまで調査に向かわせたという実績もある。
ままならぬムラタに対する情報収集について、鑑定した場合に起こる現象の把握も含めて、圧倒的なアドバンテージを握ったのがノラ陣営なのだ。
これで、有効に立ち回れないようでは、どのみち長くは無い。
そしてノラは今も生きている。
「ま、素数はともかく、もうちょっといると思ったんですけどね」
「いるのは間違いないね。貴族が抱えているスキル持ちが完全に壊れたらしいから。こっちにも依頼が沢山だ」
「では、そちらに利益をもたらしたという事で、ここは――」
「申し出は君からだった。この事実は変わらない」
即座にノラが応じ、ムラタが黙り込んだ。
ノラはとうの昔に気付いていた。
ムラタは間違いなく、裏側の人間。
えてして、こういう出自の人間はこの手の“筋を通す”ことにこだわる傾向がある。
全部が全部、この“筋を通す”事にこだわってはいないだろうが、お互いに共存関係を望むのなら、まず無茶は言い出さない。
不利益も甘受する。
そのムラタは案の定と言うべきか、仕方ない、という風に肩をすくめた。
「ではこれぐらいはサービスして下さい。ノラさん、立場は強くなったんですか?」
「……それでチャラにしようと?」
「いえ。どのぐらい危険な状態であるのか確認しておこうと思いまして」
今度はノラから表情が消えた。
ムラタの情報、そして『鑑定』スキルが引き起こした騒動に対する立ち回り。
また、実際にムラタと組んでいたという事実。
王都が改革にの波に洗われる中で、組織にもまた大きな波にさらされている。
ノラはそんな中で、あたかもムラタがバックに居るかのように匂わせてきた。
それはある程度まで上手くいっていたが、限界というものがある。
ゴタゴタを避けるためには、相手を吸収するのが一番だが、ノラの配下は元々数が少ない。
これでは到底安定は望めないのだ。
やはり、この状況下で物を言うのは国家と同じく、暴力。
いざとなれば叩きつぶすという覚悟と、それを実行に移せるだけの物理的な力。
これ以上の抑止力は無い。
暴力をムラタに依存するにしても、それが行われるという保証は必要で、それが無ければ吸収される側も安心できない。
今はムラタが何をするのか分からないので小康状態になっているだけで、その内うごめき出す者が現れるに違いない。
どう格好をつけても、所詮は“裏”稼業なのであるから。
ノラは、そんな内情をどこまで晒したものか、と逡巡のための“間”を空けてしまった。
そんな「逡巡した」という情報など与えたくは無かったが、ムラタにあまりにも直接的に尋ねて来られたのが想定外だったのだ。
「……ああ、大体分かりました。俺と繋がってる証拠がいるんですね?」
ノラのミスから、早速ムラタが状況を掴んでしまった。
ムラタは腰掛けた姿勢のまま腰の後ろをまさぐる。
思わずもノラは緊張してしまった。
何しろムラタの光る剣は、通常そこに収められているのだから。
果たしてムラタが取り出したのは短剣であった。
通常なら、そこからビームサーベルに変化させるのだが、今回ムラタが取り出したのは鞘ごとである。どうやら、ここで刃傷沙汰に及ぶつもりは無いらしい。
「ノラさん、柄握ってくれますか?」
刃傷沙汰どころか、ノラに対して逆さに剣を差し出すムラタ。
明らかに今までと様子が違う。
これは……
「あ、ご心配なく。きっちりと守りを固めていますから、ノラさんがいきなり斬りかかってきても俺は大丈夫です。それに――まぁ、握って貰えば分かりますよ」
ムラタの用心深さに変化がない事に、何故かノラは安心して要求通り柄を握りしめた。
「――登録完了」
突如、短剣から声が響く。
慌てて柄から手を離すノラ。
ムラタは変わらず、剣を差し出したままだ。
ノラのこういう反応も見越していたのだろう。
ムラタは顎を動かして、ノラに再度の挑戦を命じる。
こうなってしまっては、ノラとしても応じるしか無いであろう。
応じなければ話が先に進まない。
それに、この状況においてはムラタから逃れる術は無いのだから。
出来るだけムラタの要求に応じた方が、むしろ危険は少ないとも言える。
ノラはそう頭の中で整理して、再び短剣の柄を握った。
今度は――声は流れない。
「そのまま引き抜いて下さい。慎重にお願いしますよ」
「……わかった」
ノラが喉を鳴らしながら返事をし、短剣を引き抜いた。
だが引き抜かれたのは、短剣では無い。
刃があるべきところには何も無く、柄だけの……
ヴォン……
果たして次の変化は刃があるべきところに、光の塊が出現した事だった。
「これは……」
「俺がよく使ってる剣ですよ。これが“証拠”には一番かと思いまして」
ノラはしばらく呆然したま光る剣を眺め続けた。
だがそれもまもなく終わる。
「あ、それせいぜい1分ぐらいしか光りませんから。鞘に戻せば、また使えますけどね」
「……なるほど。だがこれは……」
未だに圧倒されながらもノラの脳が活動を始めた。
それを見極めるように、ムラタが話し続ける。
「これノラさん以外の人が手にとっても剣になりません。それから俺に連絡が来ます。これをでっち上げるのが大変でしたが、何とか望みの性能を満たす事が出来ました」
「何とも君らしい」
ノラは光を無くした柄を鞘に差し込んだ。
ムラタが、そのまま短剣をノラに鞘ごと差し出す。
「こういう物が必要かと思いまして。如何です?」
ムラタがわかりやすく、悪党の笑み浮かべてノラに迫る。
そうこれは脅迫。
確かにムラタからの申し出があった、ということで立場だけを言うなら、ムラタはいささか弱い状況だ。
だが、これほどサービスする必要は無い。
もっとわかりやすい――例えば光の剣で斬った剣なり、なんなりでも充分な効果が見込まれるだろう。
――ムラタと知己であり、今も関係は切れていない。
そう示す事が出来るなら、それで十分なのだ。
しかもそれを、交渉の前に持ち出してきた。
これは――
「我々に無茶なお願いがあるんだね?」
ノラが諦めたように、そんな“当然の帰結”にたどり着く。
ムラタは、よくできました、と言わんばかりに肩をすくめた。




