新たなるムラタの挑戦
>BOCCHI
いつもの王宮の部屋。
そのキッチンスペースで、俺は重要な実験に挑もうとしていた。
各種食材。そして小麦粉を丸めたもの。
……鹹水が必要かどうかは分からないが、とにかくそれっぽいものが出来るはずだ。
そう。今更説明するまでも無いと思うが俺が作ろうとしているのは「ラーメン」である。
それも、ただのラーメンでは無い。
「サッ○ロ一番塩ラーメン」
……である。
まさに人類の至宝。
正直、ラーメン店を開くならこの塩ラーメンに勝てるという確信が無ければ、話を進めてはいけない。
つまり、
「塩ラーメン以前、塩ラーメン以後」
で、歴史を整理しても良いと思う。
これはアニメで言うと「エ○ァ以前、エ○ァ以後」と言うぐらいの重大事だ。
元ネタの「清張以前、清張以後」のコピーはもちろん知っているが、この人芥川賞取ってるからなぁ。正直、あまり好きではない。
……それ言いだしたら、俺はエ○ァも好きでは無かったか。
「……ねぇ、いいの? お姫様あれで?」
手近な椅子に腰掛けたメイルから声がかかるが、もちろん良い。
俺が、こんな感じで他の事に夢中になってる風に見える事が重要なのだから。
いや、割と夢中だが。
今は双子を部屋に連れてきていた。
双子にはゲームをしながら、マドーラの隠し事を聞き出すように“お願い”している。
となれば俺が露骨に耳をそばだてては問題があるわけだ。
「いいの? というのはマドーラの格好の事か?」
敢えて、ピントのずれた言葉を返しておく。
何しろ今のマドーラの出で立ちは俺でも引く。
髪をとかす事無く、襟足の辺りで無造作にまとめ、さらには臙脂色のジャージの上下だ。
これでグリグリ眼鏡だったら、一種の様式美が完成してしまうところである。
今日はキルシュさんとクラリッサさんが非番だ。
うるさ方が両方とも不在という事で、廃人双子も揃って中々世紀末な様相だ。
……いや双子は割と普通な格好してますよ。
……アニカは侍女服だけども。
「あれはお姫様のお気に入りの格好じゃ無い。それはどうでもよくて、助けに行かなくて良いの? ってこと」
つまり「お姫様はジャージ」に問題は無いと。
それはそれで可哀想な気もするが、自業自得とも言えるな。
だが護衛なんだから、双子を警戒するとか、そういう方向に頭を捻って欲しかった。
もちろん、そのための対策は施してある。
変事の場合、あの周辺一帯に、催眠ガスが噴射される仕掛けだ。
そこまで行かなくても、アニカに側について貰ってるから、俺が足踏み食らわす余裕はあると思うが……
「俺が出ていったら警戒するだろ? それにこれもマドーラの成長のためだ」
「やな成長……」
メイルがなんの呵責も無く、舌を尽きだした。
そう。
実はマドーラにも課題を出してある。
それは双子が魔術を習得するに至ったきっかけ、またそこからの修行について聞き出す事。
この情報は、本当に必要だ。
冒険者ギルドの優位性はこの辺りを独占している可能性がある。
というか、そういう可能性であってくれ。
……でも無いと、拳銃を子供に配って歩いているの変わらない。
この辺り、アニカからも聞いているがやはり冒険者ギルドの伝手で、修行できるようになっているらしい。どうも嘱託じゃ無かろうかと思うが、詳細は不明だ。
あとは貴族は自分たちで抱えているパターン。
田舎で私塾。
――などのパターンもあるようだが、治安のためにはこれ整理しないと駄目だろう。
その内、マドーラにも教える事になりそうだが……ルシャートさんがどうにかするだろう。
俺はそこまで付き合わない。
「……“や”でも何でも、マドーラは自分で話のきっかけを掴んだ方が良い。このままだと口の上手い奴に丸め込まれるぞ」
「へ~~ほ~~」
「俺みたいなのが出てきたら、厄介だろ?」
嫌味を言われるまでも無く、俺にも自覚はある。
だからこそ、双子とぶつけ合わせる「二虎競食の計」を実行してみた。
……ただなぁ。
マドーラが強すぎて下手すると「駆虎呑狼」になってしまう可能性がある。
「イチローがいれば、大丈夫じゃ無い?」
「そうか? 最近は結構目を離してるし、やはり備えるべきだろう」
俺は小麦粉を丸めたものを、麺棒――麺が無い場合、この棒は何て言うんだ?――で伸ばしにかかった。
ちなみに、こうやってメイルと話しするのに付き合ってるのも作戦のうちだ。
何せ、マドーラの隠し事に確実に協力してるからな、この3人。
マドーラ相手にするより、メイル相手にした方が圧倒的に楽だ。
塩ラーメンを作るように見せかけて油断を誘い、あわよくば「サッ○ロ一番塩ラーメン」もゲットしてしまうと言う、一石で何羽の鳥を落とす事が出来るのか、という。
……これは自分で自分にご褒美をあげたい。
そのご褒美さえも作り出す事が出来るという――
「それ、お姫様が他の男に引っかかるのを防ぐため?」
そのメイルの発言には流石に手が止まった。
うん?
マドーラの隠し事は、男関係なのか?
俺は風呂に関する事だと思っていたのだが、これは想定してなかったな。
釣り合う年……はあまり関係ないか。
あるいは田舎にそういう相手がいるのか?
だが、これだと3人が協力している理由が分からない――いや、マドーラから信頼を勝ち取って、そういう話になった可能性はあるな。
同性ばかりでもあるし。
だが、それだとあっさりとそんな内容を口にしたメイルの口の軽さよ。
「……メイル。せっかく信頼されたんだから、それを裏切るような事はしない方が良いぞ」
「はぁ!? いきなり何よ!」
メイルが声を上げたので、ゲーム組がこちらを振り返った。
何だか眼が全員どんよりとしてる。
ちゃんと、探りを入れてるのだろうか?
もちろんこの容疑は両陣営に向けられたものだ。
……なんというか、廃人を無駄に作り出しているだけの気がする。
もしかして、この4人はアレか。
ゲームの邪魔されたら「コロス」の眼差しで見る感じのアレか。
「ちょっと、あたしの話聞きなさいよ」
「俺は自分の計算違いに動揺してるところなんだ」
マドーラはまともだと思うしアニカだって。
これは双子と組み合わせる事で、駄目な感じの相乗効果が生み出されてしまったのか。
麺棒を持ったまま、思考を巡らせる俺の袖を、メイルが引っ張っる。
「……なんか勘違いしてるみたいだからハッキリ言うけど、お姫様が他の男に目移りしていいのか? って話」
……ん?
何がどうして俺にこんな話を向けるのか……
ああ!
「あまりにおかしな事を言い出すから、完全に意表を突かれた――メイルも“女の子”だったんだな」
「何だと?」
「俺はよく言ってマドーラの保護者だぞ。自分の娘に欲情するような異常者じゃない」
「よ、欲情って……」
「行き着くところはここになるだろうが。言葉で誤魔化す必要があるとは思えないな」
メイルが苦虫をまとめて噛み潰した表情になった。
これはまとめて百匹ぐらい行った感じだ。
……あるいは渋柿といった感じか。
「……イチロー……絶対にモテないでしょ?」
「ノウミーで言った覚えがある。“女性には嫌われる”と」
「それって、イチローが悪いと思うよ」
俺が悪くてまったく問題ない。
嫌われるのも、まったく問題が無い。
好き嫌いで目の前の問題に対しての判断を鈍らせるようなら、確実に俺には必要の無い“要素”だ。
しかし、ここまで策を巡らせているのにこれは不発だろうか?
こうなってしまえば、何としてでも「サッ○ロ一番塩ラーメン」を導き出さないと。
丸○屋の麻婆豆腐の再現はまったく順調じゃ無いしなぁ……アレってどうやって作ったんだっけか?
ブーーーーーーー!
けたたましい音が鳴り響いた。
この部屋に来訪者が現れたらしい。
即座にメイルが剣を構え、アニカがマドーラを庇う。
双子もしっかりマドーラを守ってくれるようだ。
よしよし。
だが部屋の前にはしっかり近衛騎士がいるはずで、それが倒された――
『殿下! クラリッサさんから聞きましたよ!! 何という事をお考えですか!!』
外と繋いだ瞬間に、キルシュさんの眦決した怒声があふれ出してきた。
そのキルシュさんの後ろには、真っ青な顔のクラリッサさん。
いや青くなっているという点では、マドーラも負けてはいない。
臙脂色のジャージと、見事なコントラストだ。
『しっかり説明して貰いますからね!!』
ちなみに、メイルとアニカもこの世の終わりらしい。
そうだった。
「二虎競食」も「駆虎呑狼」もそれを巡らせた側がいる。
俺はそのつもりだったが、最後に全てを平らげる武力が無ければ策をいくら巡らせても意味は無い。
つまりは、この場の勝利者はキルシュさん。
……さて、果たして俺は子房だっただろうか?




