らしくない仁義
『ダイ○キュート!』
モニターから響き渡る音声。
どうやら双子は真面目に練習を続けているらしい。
何しろ2人ならんで、正座でモニターに向かっていた。
その姿はゲームに興じている様にはまったく見えず、まるで求道者のそれだ。
丼を被るのは止めたらしいが、正座続行中のサム。
もちろんボコボコの顔面に変わりは無いが、今度はメンタルにダメージを食らったらしい。
今にも首をつりそうな程、顔が真っ青になっている。
そしてその横でザインも。
「……俺はこんな事するつもりはないんだがなぁ」
自嘲するように、ムラタが独りごちる。
流石に、立つ事は止めたらしい。
キッチン脇のテーブル。そこに備え付けになっている木製の椅子に、足を組んだムラタが前屈みで座っていた。
もちろん、タバコを咥えて。
聞こえてくるのはゲーム音声だけでは無い。
遠くで響くような水音。
シャワーの音だ。
「とにかくロームさんが出てくるのを待ちますか。復活はしてくれたようだし」
反応を見せない野郎2人。
ムラタは、ため息をついた。
「本当はこれもしたくないんですが、状況が変わりましたので少し先の話をします」
「………」
野郎2人からの声は無かったが、反応は確かにあった。
「実はゴードンを助けて欲しいと思っていたんですよ」
「ゴードン様を?」
ザインが反応した。
「実は、俺とゴードンの間である程度の段取りをつけている事があります」
「段取り?」
「そこまで話すと、さらに状況がややこしくなるので、必要ならゴードンが……いや、あの男ならもっと上手い具合にやるでしょうね」
親しげなムラタの言葉に、ザインだけでは無くサム、それにブルーもキリーも振り返った。
元より「ガーディアンズ」の本拠地はリンカル領にある。
そして現在、リンカル領を経営しているのはゴードンだ。
となれば、最高位たる「ガーディアンズ」との関係も深くなるのも道理だ。
ましてやゴードンである。
何しろゴードンはムラタと並ぶほどの陰謀好き。
そのゴードンが最高位の冒険者を抱き込まないはずが無い。
もちろんその手段は、高圧的に相手をするわけはなく。
甘い毒のように、その関係を浸す。
ムラタはその辺りまで推測して、ゴードンの名前を挙げたのだ。
「その辺りはあの男に任せますが、俺は最初の想定のままではちょっとマズくなってきたと考えています」
「す、すまないが話が……」
「これは俺の独り言です。意味はわからなくても、覚える事は出来るでしょう?」
ムラタは紫煙を吐き出しながら、ザインの訴えを却下した。
「それに気付いたのはこの前の休暇です。多分……貴方がたは知らないんでしょう。ロームさんはご存じはずだ。まずはそれを聞き出す事から関係修復をお試しになれば?」
「そ、それを教えてくれるために……」
サムが救われた様な声を上げるが、ムラタが頭を振った。
「……あのですね。これから先は俺の説教ですが」
ムラタはタバコを携帯灰皿に放り込んだ。
「貴方がたはパーティーですよね。仲間ですよね。それなのに、仲間があれほど追い込まれているのに気付かないというのは……果たして、これでゴードンの助けになるのか」
「ぐ……」
思わずザインの呻き声が漏れた。
それはムラタに反論したいというわけでは無く、自分の不甲斐なさに思わず歯ぎしりしてしまったためだろう。
「こんな事、俺が言い出すのもおかしな話なんですが、確実な事は貴方がたは自分の選択でパーティーである事を望んだ。であるなら、なし崩しに解散を狙うような事を考えてはいけない」
「そんな事は……」
「一度も考えなかったと? 駄目になっていく我が身を省みて、もうどうにでもなれ、と捨て鉢になった事は無いと断言できますか?」
声を上げたサムだが、そう言われてしまうともはや何も言い返せない。
双子もまた、顔を背けている。
「俺もいい年してるんでね。別に、貴方がたがずっと仲良しであれ、とかは言うつもりは無い。だが解散ともなれば、きっちりと向かい合うべきだ。そうでないと心が宙ぶらりんになる――特にザインさん」
「……はい」
消え入りそうな声でザインが応じる。
「ゴードンを助けてくれるのか否か。その判断はロームさんへのお願いが達成されるまでに考えておいて下さい。『ガーディアンズ』が駄目となれば、俺も次善の策を考えなければなりませんから」
ガチャ。
風呂場からリビングへと続く扉が開けられた。
ロームだ。
泣きはらした顔もさっぱりしている。
そして、ムラタが知るクールな雰囲気も復活していた。
「――ロームさん。差し出がましくも口出ししてしまいました。ご容赦下さい」
ロームの出現と同時にムラタは立ち上がり、深々と頭を下げた。
途端、他の面子も立ち上がって慌てて頭を下げる。
……1人、足の痺れきっていたサムを除いて。
「……なぜ?」
「ルコーンさんの不在が、これほどの事になるとは。それにここまで影響があるとは考えてませんでした」
「それはあなたのせいではない」
「そうですね。弁えます」
今度は頭を下げずにムラタが応じると、ロームは軽く頷く事でそれを受け入れた。
……どこか恥ずかしそうではあったが。
□
「わたしへの要求は“つなぎ”だけ?」
「だけ、と仰いますがそれが出来るだけ大したものです。メイルたちには伝手がありませんから」
「どうして、わたしにそれがあると?」
そう言われて、ムラタは目を見開いた。
そして頭を掻きながら、照れたように応じる。
「……ロームさんの出で立ちから、パーティーの中でも、そういった役割を持っているのだろうと思いまして。そしてそういう役割りを受け持っている人は。そういった組織との繋がりがある――じつはこれ“異邦人”の常識なんですよ」
今度はロームの目が見開かれた。
だが、すぐに表情を落ち着かせる。
今はロームとムラタがテーブルを挟んで、差し向かいで座っていた。
他の面子は、贖罪代わりか徹底的に家の掃除を始めている。
「言ってる意味がよくわからない」
「これを説明するとなると、もっと意味がわからなくなります。で、どうでしょう? つなぎを取ってくれますか?」
まったく誠意が無いムラタの説明だったが、逆にそれだからこそロームはムラタの言葉に真実を見た気がした。
それに、この展開は……
「……一応理由を聞きたい。紹介した先で暴れられたら、わたしが面倒」
「もっともですね。ただ、俺も組織に知り合いがいてですね。要求というのはその人物との接触。言ってしまえばそれだけなんです」
ロームは訝しげに眉を潜めた。
「わたしが必要だとも思えない」
「それが以前の関係がちょっと曖昧でして。連絡手段さえ出来ていないという」
「それは……」
ロームはますます表情を険しくする。
「それにですね。今は意地の張り合いみたいな状態でして。先に連絡した方が負け、みたいな感じでして」
そのムラタの説明を聞いて、ロームの表情から険が取れた。
だが、即座に表情を平静に保つ。
「……それだと、あなたが負けにならないか?」
「この際仕方ない、と諦める事にしました。間違いなく嫌味を言われると思いますが、実質的には被害はないわけですし」
ロームは、その言葉でかつて「紫陽亭」で聞いた声と、ムラタが関係している事を確信できた。
となれば、つなぎを取る事に何ら問題が発生しない事になる。
それに……
「わかった。やってみる。連絡はどうする?」
「近いうちに、ブルーとキリーとを王宮に連れて行きますから、その時にでも」
「わかった」
2人を連れて行く理由については、聞いていたロームである。
ムラタもそれで話は終わり、とばかりに立ち上がった。
「ちょっと……」
そんなムラタにロームが声を掛けた。
ここに来て、ムラタが何を考えているのか。
何を知っているのか。
――あるいは、何を望んでいるのか。
それを、聞いたところで、確かめたところで……
ロームは首を振った。
「……いや、世話になった」
「なんの。パーティーを維持しようとしていた貴女には頭が下がります。できればゴードンに協力出来るまでは頑張っていただきたい」
なんとも偽悪的な台詞。
――こうしてロームは笑みでムラタを見送る形となった。