暮れなずむ王都
悪癖――
それは中二病を患った者が罹ってしまう、いわば合併症のようなもの。
俺はポケットに入れられて、くしゃくしゃになってたセブンスターの袋から一本取り出す。
忌まわしき我がスキルは、そんなタバコでも僅かな発光と共に、ピンと伸ばしてしまった。
相変わらず、使い勝手がよくわからない。
さっきみたいなセブンスターの袋も、あっという間に新品にしてしまうからなぁ。
まったくわかってないんだよ、このスキルは。
そういうくたびれた状態が、心の傷にスッと寄り添う感じ……何を言ってるんだ俺は。
大人しくタバコをくわえて、ジッポーで火を点ける。
(すっかり身についてしまったなぁ……)
堤防の上で買い物袋を抱えながらトボトボと歩いていると、小汚い格好をした――それでいて元気な――子供達とすれ違った。
陽は傾き、周囲の町並みを黄金色に染める。
住居とは言っても、ほとんどがベニヤ板を張り付けただけの、オンボロであったとしても、何故か神々しさを感じるのは何故だろう。
くしゃくしゃになったタバコの袋にも感じる感傷に似た想い。
これは昭和という時代に、ノスタルジーを感じる年寄りの諦めと憧れ。
俺も年をとったものだ――などとやりたいところだが、残念ながらここは“異世界”。
昭和もへったくれもなく、ただこの一帯がいわゆる貧民街なだけだ。
ただ異世界であろうとも時の経過だけはだけは確かなもので、俺がココに来てから早一年か。
ここは王都バーンデン。
……の底辺だ。
□
一年ほど前までは“大密林”と呼ばれている、ここの人類の怠惰としか思えない、自然が溢れかえった地域に籠もっていた。
そこであのスキルの性能を見極めると共に、たまにやって来る人間から上手いことやって情報収集。
その時、ルー……なんとかさんから入手した情報を信じれば、どうやら俺はやり過ぎてしまったらしい。
何せその時にはビームライフルみたいなのを振り回してたからな。
で、やたら虫が多かったので、超音波で虫を払うアレ的な物?
それからビームサーベルみたいなので、木を切り倒して、それを“俺の物だ”とやると、木材に加工されるしな。
……うん、やり過ぎは間違いない。
大体、すでにファンタジーじゃなくて基本SFだもの。
元の日本でも存在してないアイテムの数々。
絶対壊れてるよなぁ、俺のスキル。
1人でいられるのが嬉しくて、好き勝手にやり過ぎた。
そんなわけで、スキルの見極めは取りあえず諦めて目的のために王都に行くことにした。
ルなんとかさんにはその時、紹介状をしたためて貰った。
世話になった彼女――俺も世話をしたと思うのだが――にこう言っては何だが、何処かヌケた人だったと思う。
何せ、俺の名前を紹介状に書かないんだもの。
あの時、名乗っていたのはカケフ・フジムラだった。
だが、藤村を名乗るのは流石にもったいなさ過ぎるので今ではカケフ・ムラヤマと名乗っている。
村山さんを低く見ているわけでは決して無いが、やはり打者・投手で揃えてみたい。
え? 掛布さんはどうしたって?
カケフって音の響きって、ちょっと異世界向けっぽくないかと個人的には思っているからだ。
つまり“郷に入っては郷に従え”……
……違うか。
そんなわけで、ちょいと手こずったりもしたが無事王都に入ることには成功した。
“大密林”で収拾していた植物や鉱石などが思った以上に高値で捌けるため、とりあえず生活に困ることはない。そして住居を固め、書籍を中心に情報を収集。
これでルーチンワーク状態になったのが良かったのか悪かったのか。
あっという間に一年経ってしまった。
成果といえば……喫煙の悪癖を身につけたぐらいかもしれない。
書籍にあたっている間は、当然吸うわけにはいかないが、
(これを調べ終えたら、一服するぞ~)
と、心の中で自分を励ますのに“喫煙”がどれほどの効果があったことか。
――だがしかし、そうやって自分を慰めてばかりもいられない。
市井での書籍での調査は頭打ち状態。
ルなんとかさんの立場も考えて、王都では大人しくしていた――つもりだが、そろそろ積極的に動く頃合いかも知れないな。
何とか教会か王室が保持している書籍の閲覧。
これを目標に計画を練ってみるか。
……スキルをどうにかすれば、割となんとかなりそうな事からは目をそらしておこう。
□
貧民街を歩きながら、さらに人気の無い場所へと。
王都バーンデンは、王宮から南東へ向けて町並みが広がっている。
同心円的にでは無く、王宮から南東へ向けて油がこぼれたような感じと言うべきか。
王都に入ると、その中心では無く北西の一番奥に王宮がある。
そこから王族、貴族の屋敷、ブイブイ言わせてる金銭的なセレブ達。
それがパトロンになっている学者など社会的地位の高い方々などを含む一般市民。
で、元の世界から考えると街の成り立ち的に中心にあるべき教会が王都のあちこちにある。
理由は簡単。
別に一神教じゃないから、だ。
俺は女神アティールの一神教だと思っていたが、そうでもないらしい。
ただこのヨーリヒア国では、一番信仰されてるのが、その女神らしいって話だ。
女神を信仰する神官達の総本山としての大聖堂みたいなのは確かにこの王都にあるが、中心にあるわけでは無い。
せいぜいが貴族の屋敷の側にぽつねんと設けられてるぐらいだ。
一応、場所的に敬意を払われてるらしいし、立ち入りも制限はされているが一神教がごとき上にも下にも置かないみたいな扱いでは無いようだ。
他に三柱ほど“いる”らしいが、俺が目指すべきはやはり女神アティールなのだろう。
で、その三柱用の教会が街のあちこちにもあって、どの神官もそれなりに敬服されている。
これが街の様相を少しだけ複雑にしていた。
何せここ貧民街では、草の根運動よろしく主流ではない神官達の方が頑張っているからな。
信者の数の統計を取ってみれば、王宮付近は女神信仰で染められているが、王宮から遠くなればなるほどそれは薄まるんじゃないかな?
……あくまで俺の体感だが。
だからと言ってお互いを、
「異教徒め!」
ということにはならない。
これは神聖術の存在も大きいだろう。
そもそも教義的に他の神を排斥せよと教えられているわけでもなく、実際、神聖術を活用する――主に冒険者になるが――側から見れば、
「使えるなら何でも良い」
が正直なところだろう。
それに加えて影向があるしな。
本当に目で見える形での現世利益。
これが宗教戦争に発展しない一番の要因かも知れない。
で、大トリが貧民街だ。
王都の外周部分にあたり、石で造られた高い建物はほとんど無く木造平屋がほとんど。
それでも街の外へと続く大通り付近はかなりマシな方なんだが、俺はそこから離れて行く形で歩を進めていた。
貧民街に住まう連中を挙げてゆくと、港湾業に携わる苦力を始めとする肉体労働者たち。
さらには彼らに安宿を提供したり、安いが正義の食事を出したり、なけなしの金を巻き上げる賭博場を広げたりする、逞しき人々。
極めつけが、駆け出しの冒険者達だ。
金がないわ、生業はないわ、享楽主義者ばかりだわ。
社会を不穏にさせること請け合いな連中だ。
こいつらがたむろしてることもあって、貧民街では盗賊ギルドみたいのまで幅を効かせている状態。
盗賊ギルドとは、色んな意味で王都全体と持ちつ持たれつの関係性のようだがな。
……他の都市部では冒険者達は自警団的な役割も果たしているみたいだが、王都では全然ダメ。
治安維持が果たされている王都の方が、質が落ちているのは何とも皮肉な話だと思う。
で、これが他人事にならないのが“異邦人”の辛いところだ。
性質の悪い冒険者から身を隠すためにも、貧民街でもさらに下層。
堀の周りに張り付いているゴミ溜めのような区画、ケシュン。
――ここに俺のねぐらがある。




