涙、枯れ果てるかも
双子は揃って頭を抱えてうずくまっていた。
うっすらと、その頭が盛り上がっているところをみると、ゴツンとやられたらしい。
その横では顔の形が変わるまで折檻を受けたサムが正座していた。
そしてパーティーメンバーがへたり込んでいるリビングを必死になって掃除を続けるザイン。
あとに残るロームは発掘された椅子の上で膝を抱えて、えっぐえっぐとしゃくり上げていた。
「ま、これで吸えそうだな」
この状況を作り出した犯人……と言うのもこの場合は当てはまっては居ないようだ。
その恵まれた、あるいは呪われたスキルで以て、最高位と呼ばれた冒険者達を、目一杯手加減した状態で、圧倒したのだから。
そしてその理由は、生活態度の改善。
さすがにこの状況下でムラタを犯人扱いにもできない。
そのムラタはタバコを燻らせながら、これまた発掘されたキッチンから丼を運ぶ。
「ま、これでも食え。酒ばっかりだと、身体にもキツいしな」
「は、はい……ありがとうございます。それでこれは……?」
「カツ丼という。食ったら泣け」
「いや、泣くことは……」
「これは様式美的に必要なんだ。お袋のことを思いながら泣け。孤児院育ちとかで、親の顔知らないんだったら、ザインでもルコーンでもお世話になった人を思いながら泣け」
「うう……」
圧倒的な力の差を見せつけられた相手に、こうまで強要されたのでは、サムも逆らい様が無い。
大きなスプーンでカツ丼をかき込む。
それがまた、極上に旨いのである。
自然と腫れ上がったサムの目に涙が浮かんだ。
「……うう……母ちゃん……ううぅぅ……」
そのまま丼に顔を埋めるようにして伏せってしまった。
「よし……“ついで”はこれぐらいで良いだろう」
サムに充分ダメージが通ったと確認したムラタは、続いて冷蔵庫の中からロールケーキを取りだした。もちろん二皿だ。
「ブルー、キリー、まず食え」
ムラタの言葉に双子が一斉に顔を上げた。
「「良いの?」」
ムラタは眉を潜めながら、適当に頷いた。
途端、備え付けられていたフォークは無視して、手づかみでロールケーキにかぶりつく双子。
「甘い!」
「それにこのクリーム凄い!」
語彙力の低下か、あるいは元から無かったのか。
「そうだろう、そうだろう。何と言ってもロー○ンだからな」
「ロー○ン?」
「食ったら、俺のお願いを聞いてくれ。出来るな?」
双子はムラタの言葉に顔を見合わせて、同時に頷いた。
さすがにこの状況下では、悪戯心も発揮できなかったようだ。
「そうか。お願いというのは実はゲームだ」
途端、双子の目が輝き出す。
一方で、洗濯物を拾い集めていたザインが絶望と共に、それを取り落とした。
ムラタは、どうどう、と言わんばかりに双子を手で制す。
「何やら簡単に考えているようだが、俺は難しい事をお願いしてるんだ。遊びの延長と思われては困る」
「え? だって遊び……」
「お前達は、何故あんなに夢中になってたんだ?」
「そりゃ、ブルーに勝ちたいから……」
「それは僕だって……」
そう言った瞬間、双子は何を“お願い”されようとしているのか悟ったらしい。
だが、そうなると――
「相手は次期国王だ。もしかするとアニカも巻き込まれるかも知れないが……」
「ま、まさか殿下も?」
衝撃を受けっぱなしのザインが、声を上げる。
何しろゲーム+子供が何をもたらすのかの、生きた見本がここに居たのだから。
「……マドーラは、そんなにわかりやすい子供じゃありません。確かに、ゲームの優先度は高いんですが、それで溺れることが無い」
「そ、そんなことが――?」
「というか、この2人みたいな状態になっただけなら、手を借りるまでも無いですよ。頭をはたいてしかりつければ終わり」
次期国王相手に、まったく物怖じする様子も見せない。
本当に、子供扱いしているようだ。
“ただの”子供扱いでは無いようだが……
「2人に頼みたいのは情報収集。それもマドーラの頭の中にある情報だ」
ムラタはあくまでマイペースに話を進める。
それにブルーが小首を傾げて見せた。
「よくわからないな」
「マドーラは今、俺に内緒で何やら計画してるらしい」
「え?」
キリーが声を上げた。
そして声を潜めて、ムラタに確認する。
「……それ大丈夫なの?」
「危険かどうかと問われると、実は危険性はまったくない。ただまぁ、せっかく俺に対抗しようと策を練ってるんだ。俺も全力で相手しようと思ってな」
「「あ~~」」
ムラタの告白に、双子は揃って声を上げた。
そして同時に頷いた。
「それは大事だね」
「うん、大事大事」
「そ、そうなのか?」
たまらずパーティーリーダーが割り込んできたが、双子はしたり顔で頷いた。
「一番頭にくるのが子供扱いだもの」
「それで、私たちは何をすれば良いの?」
ザインへの対応もおざなりに、キリーがムラタに尋ねる。
「マドーラ……これがな。思った以上にガードが堅い。まず喋らない」
「ああ、うん。それで?」
「俺を前にしたら、さらに警戒して普段からしっかり検討してからじゃ無いと発言しないのに、ここ最近さらに厳重だ」
「それは……」
――王としては有能じゃないのか?
と、ザインが訴えかけるが、流石に空気を読んで留まった。
今の状況で、空気を読んだ発言となれば、
「そういう事なら僕たちが話しかけても、同じじゃ無い?」
このブルーの言葉が正解だろう。
ムラタも頷く。
「ああ。だけど、お前達にはゲームがある。戦いが白熱してる最中の隙を狙え。幸いお前達は双子だ。片方がゲームでマドーラを引きつけ、片方がマドーラに話しかけるんだ」
それを聞いてブルーは考え込んだ。
一方でキリーは目を輝かせる。
「それなら、何とかなるかも。それに“お願い”なんだから失敗してもいいんでしょ?」
キリーの方はどうやら、新しい遊び相手が増える、ぐらいの結論に達したらしい。
ムラタもそれを否定しない。
肩をすくめるだけで、悠然とタバコを燻らせる。
ブルーの方は尚も考え込んだが、最終的には首を縦に振った。
ムラタはそれを確認すると、話を続ける。
「――じゃあ、マドーラの得意なゲームの特訓を開始してくれ」
「特訓だって?」
「まさか自分たちの得意なゲームで勝負できると思ってたんじゃ無いだろうな? マドーラを誘うならこれは絶対だ」
こんな風に断言されてしまうと、双子としても頷くしか無い。
「言っておくが、そのゲーム、マドーラの腕前は尋常じゃない。俺でも勝てない」
「…………!」
キリーが息を呑んだ。
同時にブルーが顔をしかめる。
「マドーラに隙を作るとなると簡単には行かないぞ――さぁ、ゲーム地獄にご案内だ」
フハハハハハハ、と今にも笑い出しそうな雰囲気のムラタ。
これが、嫌になるほど程似合っている。
ムラタは、コンセントにコードを差し込んだ。
そして選ぶのは、もちろん「ぷ○ぷよ」。
「……これかぁ」
「私、ちょっとは自信がある」
「それなら明日で良いな? 迎えに来るから、しっかり練習してくれ」
これで双子に関しては元の木阿弥になったわけだが――期限が切られている分、確かにマシになっている。
ザインは、そう思うことにして片付けを再開した。
そして双子が再びモニターに向かいあったところで、ムラタは目標を変えた。
これだけの騒動に関わらず、ずっと膝を抱え続けてしゃくり上げているロームに。
もちろんムラタがここまで引っ張ってきたのでは無い。
連れてきたのはザインだ。
だが部屋から連れ出すのが精一杯で、あとは落ち着くのを待つ、という事になったが、果たして落ち着いているのかどうか。
ムラタは実験動物でも見ているような眼差しで、ロームを見つめ、携帯灰皿にタバコを放り込んだ。
そもそもムラタがこの家を訪れたのは、ローム目当てなのだ。
それが不調に終われば、ただ双子を更生させただけ……いい年したおっさんのことはともかく。
(子供共を叩いた事で怒った? だがそれも今更だし、サムをボコボコにしたところは見てないはずだ……うーむ、わからん)
ムラタもとしても、動き出すきっかけが掴めない。
何しろ、基本的に人と関わりたくない人間だ。
泣いている女性を相手にする、などと言う事はハードルが高すぎるのだろう。
通常なら、そのまま撤退するところだが、今回ばかりはそうも行かない。
ムラタは、ハァ、とため息をついた。
「……ロームさん。実は貴方にもお願いがあって来たんです。組織とつなぎを取って欲しくてですね……」
何とかビジネスライクな感じでムラタが話しかけた。
いささか、おかしな具合ではあったが、この男にしては頑張った方であろう。
ザインも特に気を止めずに、作業を続けている。
だが――
ガバッと顔を上げたロームの両目から溢れ出るのは滂沱の涙。
しかも眦を決して、ムラタを睨みつけている。
ムラタはこの反応に虚を突かれ、同時に懐に手が伸びた。
そしてロームは――
「うわぁぁああああ~~ん!!」
ダムが決壊したかのような勢いで泣きだした。
こうして、またもや静閑な北東地区の平穏が打ち砕かれてしまったのである。




