効率的なやり方
また、ムラタがよくわからない言葉を呟いた。
問題なのは“よく”という点で、斥候と隊商とという言葉の意味は、異世界の人間に、まったく通じない言葉ではない点だろう。
それでも、ランディ辺りはすぐに理解するのを放棄してしまったが、ロデリックの方はそうも行かない。
これもまたムラタの試験かと、何とか意味をつかみ取ろうと言葉をこね回す。
だが、その努力が、報われることはないだろう。
異世界では、未だ勧誘を“スカウト”という意味を持つようにはなっていないのだから。
ムラタは、そんな異世界の現状を悟ったのか苦笑を浮かべた。
だが、スカウトキャラバンの意味を教えようという気にはならなかったらしい。
それも仕方のない話で、且つ賢明な判断であったかも知れない。
元々が、ある芸能事務所の企画を表す言葉であるし、隊商を含めて説明するとなるとややこしすぎる。
だからムラタは、まずこう切り出した。
「俺がそっちに提供しようとしていたアイデアな。それを今から伝えることにする」
「は、え? いや、しかし……」
「安心してくれ。別に裏は無い。単純に、そっちのアイデアに刺激されて伝えるだけだ」
「刺激……ですか?」
「そうだな――今度は俺からも説明させてくれ」
ムラタにそう言われては、レイオン商会側も受け入れるしかない。
「俺が王都で冒険者を減らす方向に動いていることは、もう察していると思う」
「そうなのかい!?」
ランディが驚きの声を上げるが、ムラタは反応しない。
どうやらランディに構うことを止めたらしい。
その分、ロデリックにも緊張が伝わった。
「これについては、結果的にそうなったというだけで積極的に冒険者を無くしていこうと、そういう明確な意志があったわけでは無い。国の在り方を考えていくと、必然的に冒険者という職業は必要無くなるんだ」
ムラタはそこで一端話を切った。
そのまま2人の様子――いや、ロデリックの様子を観察する。
あるいはロデリックからの発言を待った様子ではあったが、結果として沈黙は保たれたままだ。
そこでムラタは1つ頷いた。
「――その辺りの事情は、話し始めると長くなりすぎるな。ただ、元がこういう事情だから冒険者の扱いについては“や~めた”と言っても止まるものでは無いことを理解して欲しい。ただ、そういう仕組みになってしまったと」
「わかります。ですが……」
「そう。これでは、そちらの商会にも問題が出て来るだろう事は簡単に予測できる」
ランディがまたもや声を上げようとしたが、今度はムラタに目で制された。
一方で、ロデリックの表情は晴れない。
商会の手法――つまりは“ムラヤマ”のやり口”――において、食い詰め冒険者を講師の護衛として雇うという部分がある。
このやり方には、色々メリットがあった。
商会は護衛についてあくまで外部から雇った――つまり面倒を起こした場合、責任を取る必要が生じないこと。
冒険者――ひいては冒険者ギルドにしても、これで初心者達が金ほしさに身を持ち崩すことが少なくなる。
このような理想的な状況であったのだが、ムラタの改革によって、その構図にひびが入ってしまった。
無論、今すぐダメになるわけではない。
商会と縁が深い「鋼の疾風」に関して言えば、状況が変化したところで商会の仕事を拒否するなど考えられないだろう。
だが、状況は絶えず変化する。
気持ちとしては、商会に協力したくとも、どうしようも無くなる状況に追い込まれる危険は想定しなくてはならない。
当人達が真摯であってもその周囲の人間は?
真摯であったとしても、突発的な事故、あるいは病気。
こういう事態に対して「聞いてなかった」と駄々をこねても、何ら益はない。
肝心なことは備え続けることだ。
だから商会は、そういう事態も含めて複数の護衛と契約している。
だが、それも“冒険者を雇う”というシステムが動き続けるからこそ、出来る“備え”であって、そのシステムが機能不全を起こした場合は……
正直、ここまでの事態を想定せよ、備え、。と言うのも酷な話だ。
この危険性に気付いている分、ロデリックはかなり“できる”人間だろう。
あるいは、さっさとランディを見限る可能性すらあったのだ。
「元は俺が仕掛けたものだからな。正直、それでダメになっても良いだろうと考えていた。それぐらいの対処は現役に任せても構いはしない。むしろ俺が責任を感じるのは……何とも増長しているようで、気分が悪い」
「それは……何とも」
ロデリックが苦笑を浮かべた。
入ってくる情報をどう並べても、ムラタは増長してくれた方が自然なのだから。
「が、そうワガママも言ってられない。今度は商会の助けを借りなければならないからな。それで次の段階に進めることにした」
「次の――段階?」
流石にロデリックが聞き咎めた。
「……いや“次の段階”は、ちょっと格好つけすぎたな。謂わばもう一つの計画。冒険者に頼らず、護衛の数を確保する。そしてそれ自体を1つの商売の形にしてしまう。それが……」
「スカウトキャラバン……なんですね」
ロデリックがムラタのあとを続けた。
その瞬間、ムラタの表情が歪む。
それどころが、自分の右膝を強く叩いた。
「す、すいません! 早とちりで――」
「い、いや、間違っては無い。確かにそれがスカウトキャラバンだ」
では、ムラタの反応は一体何なのか?
ロデリックが疑問に思うのも当然だったが、ムラタにはムラタの事情がある。
何しろ「スカウトキャラバン」という言葉に対してどういう印象を抱いているか?
そもそも、そこに大きな差異があるのだから。
かたや、あくまで芸能事務所の大がかりなイベント。
かたや、異世界の知啓の髄を極めたような手法。
その格差を前にして“異邦人”たるムラタが、思わず笑いを堪えても仕方のないところだ。
「――冒険者不足になる事が予見できるなら、次に行うべきは当たり前に商会主導で護衛用の人員を確保すること」
「そうですね。そこまでは見えていた気もします」
ムラタが強引に話を続けた。
元々、緊張感を切らすことのなかったロデリックが頷きながら応じた。
その言葉に、負け惜しみ、と言う風情はない。
「そうだな。時間を掛ければ――いや、そんな大袈裟なことを言い出さなくても、そこまではたどり着けたと思う」
「ああ、それでカケフは放っておこうとしたんだ」
「いや、そんな事まで考えてない」
ランディが安心したように息を吐いたが、無論ムラタは素気なく答える。
「状況が変わっただけだ。そしてその状況の中で、人はどう動くか考えていっただけだ」
「違いが……」
「あとでロデリックに教えてもらえ――お前は大丈夫だな?」
「はい。確かに状況の変化について考えを巡らせることは重要です……となると」
ランディに対する責任説明について、ムラタに言質を掴ませぬままにロデリックが話を先に進める。
「私が“女性限定”と口に出した時に、一気にここまで話して下さったのは何故なんでしょうか?」
「よく覚えてくれていた。実はなスカウトキャラバンというのは、元々、女性を集めるための企画なんだよ」
このムラタの発言を、素直に受け取れば日本でいうところの「女衒」みたいな商売を考えてしまうのも無理ない話だ。
レイオン商会側が神妙な顔つきになるが、ムラタは余裕を持って応じる。
「スカウトキャラバン自体が、商売になると言っただろ? 大きなイベントにしてその中で優勝者を決める」
「優勝? 何か競技をするんですか?」
「そう。そして優勝者は商会が破格の待遇で迎え入れる。準優勝とか、その辺りの上位者までまとめて雇っても良いな。で、イベントですでに彼女たちの名前は売れている。顔も売れている」
「それは効率が良いですねぇ」
感心したように、ロデリックが応じた。
実際に商会の業務を仕切っているロデリックである。
スカウトキャラバンのあざとい手法に、早速気付いたらしい。
「こうなるとな。娼婦なんかで稼がせるの馬鹿らしくなるぞ。圧倒的に稼げる。ちょっと見通しを甘くするなら、その後、講師として使うことも出来るな。で、さらに見通しを甘くするなら……」
「その講座を聞いた女性が、スカウトキャラバンに名乗りを上げる」
その通り、と言わんばかりにムラタがロデリックに大きく頷いた。
「……これ、別に男性でも出来るんだよな。だが、事の発端はギンガレー伯だ。それと合わせるとロデリック。君のやりたいことは美人局か?」
ムラタはいささか興奮しているようだ。
何しろ、また異世界で通用するかどうかわからぬ“美人局”という言葉をナチュラルに使ってしまったのだから。




