ムラタはご機嫌
再び聖堂の一室――
無事にムラタとレイオン商会の2人は落ち合うことが出来た。
もちろん、あれから3日後である。時刻は午後3時。
時間まで前回と合わせたのは、忙しい2人に心情的なアリバイを持たせるためだ。
ムラタについては、考慮されていない。
機密保持についてムラタがそこまで神経質にならなかったこと。
そして、予定通りであるならレイオン商会との会合はこれで終わりになるはずだからだ。
レイオン商会の2人としては、ダミーで何回か訪れる事になるだろうが、それも忙しい仕事に対する休憩代わりとして機能するだろう。
何しろこの世界でも“信心深い”は立派なステータスである。
ムラタは鼻で笑いそうではあるが、それを指摘する程、直情的では無い。
その点はレイオン商会側も同じ事で、あくまで聖堂に訪れるための名目作りだ。
ランディ辺りは、本気で信心深い可能性もあるが……
そんなわけで再びソファに腰掛けたところで、早速話を詰めようとした両陣営。
そのまま陰謀が語られる手筈であったのだが、ランディが気の抜けた声を出した。
それも“いの一番”に。
「カケフ、なんだか楽しそうだね」
眼を細めて、そう告げるランディ。
横に座るランディからの言葉に、一瞬虚を突かれるロデリック。
謂わば、味方から背中を撃たれる可能性――それを警戒したのか、瞬時に表情が引き締められた。
だが、そんなロデリックの変化には気付かなかったのか、ムラタは相好を崩す。
「わかるか? どうも良い方向に転がってるようでな」
「それは……ギンガレー伯に関してですか?」
ロデリックが恐る恐る、参加してきた。
何にしろムラタの機嫌が良いことは、プラスになるのに間違いないのだから。
「あ、いや……そこまで繋がるかはわからないが、とにかくマドーラがコソコソやり始めたみたいだ。それが、なんとはなしに楽しく感じられてな」
「コソコソって……それ大丈夫なのかい? 何をやってないのかわからないんだろ?」
「何をやっているかは大体わかってる。いきなり要求がなりを潜めたからな。本気でコソコソしたいなら、しばらくは現状維持を心がけるべき何だが、まだまだ甘い」
そうやってダメ出ししながらもやはりムラタは嬉しそうだ。
ロデリックは、それはわざとっやっているのでは? と考えたが相手はムラタだ。
その辺も考慮済みであるのだろう、とその件に関しては口を噤み、代わりに別の角度から見える問題点を俎上に載せる。
「マドーラ、と言うのはフイラシュ子爵夫人殿下のことですよね? それがコソコソというのは……大丈夫なんでしょうか?」
代わりに提供されたこの問題点もなかなか攻めた内容であったが、ロデリックの感覚――皮膚感覚に近い――ではムラタはこれでも怒り出したりはしないはずだ。
その辺りの匙加減を確定させるためにも、中々有用な質問である。
そして実際ムラタは怒り出すようなことは無かった。
「何、基本的には子供の悪巧みだからな。目的もわかってるし問題ないだろう。それよりも自ら陰謀を画策するとは……何というか感無量だ」
本気で涙ぐみそうなムラタに、流石にドン引きするロデリック。
何がどうしたら、こんな人間が出来上がるのか?
まるで親のように、子供が陰謀を企んでいることを、成長と捉える感性。
あるいは……
「カケフ、まるで父親みたいだね。向こうの世界での家族は?」
ロデリックが口に出さずに控えた言葉をあっさりと口にするランディ。
一瞬、ロデリックに身体の線が固くなる。
ロデリックの感覚だと、この質問は「絶対口にしてはいけない」類いの質問だと感じていたからだ。
「はっはっは、ランディ~」
ムラタは何か粘り気のある声で、ランディの言葉に反応した。
しかも笑顔まで浮かべて。
「よしよし、今日は気分が良いから丁寧に教えてやろう。いいかよく聞けよ?」
そのままの調子でムラタが続ける。
ロデリックは悪い予感を抱えつつも、本当に教えてくれるかもしれない、という好奇心に負けそうになっていた。
そのせめぎ合いの結果として、自分は我関せずと、中立の状態を心がける。
ここで自分の立場を旗幟鮮明させる必要は全く無い。
「俺はこっちに来てから名前も出鱈目、冒険者になるも情報を相手に与えるのが愚かとしか思えないから、全部嫌がってきたんだ。それをお前に尋ねられたからって、そんな事べらべら喋るか」
案の定と言うべきか、ムラタはあっさりとランディの質問を却下した。
それを聞いて、ロデリックは内心でホッと胸をなで下ろす。
だが、ここまで丁寧に「答えない理由」を言ってくれる分、確かに機嫌はいいのであろう。
「そんな……じゃあカケフって言う名前も嘘なのかい?」
そんな中、ランディは見当違いな質問を重ねてきた。
途端にムラタの眉根が寄る。
「嘘に決まってるだろ」
「そんな。あんなに響きが美しい名前なのに……」
この言葉には流石にムラタもガックリと体勢を崩した。
そのままロデリックを見やる。
その視線の意図は明白だ。
――それがこの世界の真っ当な感性か?
と。
そうと悟ったロデリックは、しっかりと首を横に振った。
“カケフ”という言葉の響きにはただただ奇妙という感覚しか湧いてこない。
それを受けてムラタはため息をついた。
「……そろそろ本題に行こう。随分寄り道したしな。もっともランディがおかしいことがわかったのは収穫だ」
「おかしいって……」
「陰謀を企てる時に大切なことは、普通とは何かを把握することだ。自分は普通で無くても構わないが、その基準点を失っては失敗する――よってお前は失敗する」
「そんな!」
悲痛な声を上げるランディであったが、ムラタは半眼で応じるのみ。
「……お前はそもそも陰謀とか出来ないだろうが」
こうして言葉を返す分だけ、確かに機嫌はいいのかも知れない。
「それは、そうだけど……」
「だから、お前はいまいち頼りないんだ。陰謀を巡らせてこその一人前だろ」
真面目くさった顔で、無茶苦茶な説教を始めるムラタ。
本当に“普通”がわかってるのか、疑問が残る発言だが、何と言ってもムラタには実績がある。
逆に言えば、ランディには陰謀も無しで商会を大きくしたという実績があることになる。
……健康とか、そういうものを犠牲に捧げることになってしまったが。
「それで本題なんですが……閣下を講師にするという点は決定なんですよね?」
「そうだな。その辺りは決定、と言うことで取りかかっても良いと思う」
ロデリックの言葉にムラタがすぐさま応じた。
話題の軌道修正の必要という点で、コンセンサスが自動的に成立したのであろう。
「内容は『田舎暮らしの魅力』とかどうだろうかと考えている。ノウミーには少しだけ居たこともあるけど、なにやらボンヤリとした街だった」
「それって……魅力的ですか?」
「その辺りは、言葉で飾り立てるんだ。俺の知識だと“スローライフ”という物になると思う」
レイオン商会の2人が揃って首を傾げた。
「ゆっくりした――生活?」
ランディが、そのまま言葉を返した。
ムラタは、うんうん、と頷きながら説明を続ける。
「王都とかで生活すると、あれやこれやと時間に追われることになるだろ? その点、田舎では自分のペースでゆっくりと生活できるわけだ。ま、いきなりそんな生活に移行も出来ないから、長期休暇の時に試してみよう、みたいな感じで」
「……そう聞くと、確かに魅力的なように聞こえますが」
ロデリックはさらに首を捻った。
当の本人達が、忙しい生活を送っているのにいまいち食いつきが悪い。
「ま、俺もそう思う。スローライフが送れるかどうかは人それぞれの資質に因るものだ。環境変えたところで、ゆっくり出来ない奴は、どうしたってゆっくり出来ない」
身も蓋もないことを言い出したムラタ。
「それじゃ意味が……」
「でも一定数は、これで反応する連中が現れると思う。自分の資質がわかってない奴も、魅力を感じてしまうかも知れない――第一、講義の内容なんかそれっぽく聞こえればいいわけだし」
ムラタはさらにぶっちゃけてしまった。
ランディも講義の内容、つまりクオリティに今までこだわってきていたわけでは無い。
どちらかというと、講義とは講師が満足するため。
あるいは、アイドル目当てにやって来た聴衆に言い訳を与えるため。
それが可能ならば。中身は何でも良いわけだ。
「ただなぁ。俺が今までギンガレー伯に興味がなさ過ぎて、これで“良い”とは思ってないんだ。良い案があるならそっちに乗っかりたい。俺はギンガレー領のノウミー知ってるだけだし」
「ムラタ殿」
ムラタが投げ出した言葉に、ロデリックが反応した。
「1つアイデアがあるんですが」
「聞こう」
今度はムラタが即応した。
どうやら陰謀の匂いをかぎつけたらしい。




