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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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“敵”こそが

「……しかしなぁ」


 笑いながら、ムラタは続ける。


「こちとら無理に商売しなくても良いんだ。いやレイオン商会がこちらの要望を叶えるのに、うってつけの力を持っているのは間違いない」

「でしたら」


 ロデリックが即座に声を上げるが、ムラタは殊更ゆっくりとタバコを取り出した。

 そして火を点けて、たっぷりと楽しんだ後、こう続けた。


「――だけど俺なら()()()()()()()()()()()()()

「それは……」


 流石のロデリックも、これにはとっさに言葉を返すことが出来ない。

 この程度の脅し文句は交渉の現場となれば、普通に繰り出されるものだ。


 だからロデリックも、その言葉に圧倒されたわけでは無い。

 ロデリックを圧倒したのは、その言葉が持っている“真実”の重さ。


 ムラタでありムラヤマであり、ナベツネであるこの男。

 本当に1から作り直すことが可能だからだ。


「ただ、確かにこれは面倒だ」


 ロデリックに充分脅しが効いたと判断したのか、ムラタが態度を変えた。


「良いパートナーになってくれるなら、こんなに嬉しいことは無い。そちらの商売についてもしっかり考えよう。ギンガレー伯が何かしでかすようなら王宮がバックに付こう――何しろ今の俺は次期国王の“料理番”だからな」

「カケフが? 料理するの?」


 決めに掛かったところで、ランディが割り込んできた。

 相変わらず、空気が読めない。


 タバコを咥えたムラタの頬が引き付く。

 そのタバコの先が、驚く程に赤く発光しているが、取りあえずランディを無視することが出来たらしい。

 そのまま先を続ける。


「肝心なことは、調子に乗りすぎないこと――それを理解してくれれば嬉しい。これから俺が話すことを真剣に受け止めてくれれば、まずそんな心配は無いと思うが」


 今度は2人共が神妙に頷いた。

 ムラタは満足そうに頷いた。


「……それで、お話というのは?」

「多少、余裕があったんでな。それで観察させて貰ったが、まだ“冒険者”を使ってるな?」

「それはそうだよ。カケフの言うとおり。その方が、何かと便利だからね」


 そう答えたランディは「そうだよね?」と付け足したくなるような勢いでロデリックに視線を向けた。

 だがそのロデリックの片頬が引きつっていた。

 上司の反応には構わず、ロデリックは身を乗り出した。


「それではやはり……」

「もちろん、すぐにでは無いよ。だけどこの情報を漏らしただけで、結構そちらを優遇していると思うんだがな」


 ロデリックは、仕方ない、という面持ちではあったがムラタの言葉に頷いた。

 ランディはわけもわからず、ムラタとロデリックへの視線を等分に分配する。


 言うまでも無くムラタが王宮内で標榜している“冒険者不要論”が問題だ。

 これによって冒険者の数が減れば、講義に供給されるであろう食い詰めている冒険者の数が減ってしまうからだ。


 絶対的な数が減れば、そのまま質の低下に繋がる。

 有り体に言えば見目麗しい男(ハンサム)が確保できなくなる。


 もちろん、ムラタの“冒険者不要論”に関しては、おおやけにされたわけでは無い。

 だが、情報とは漏れるものではあるし、そもそも近衛騎士団のあからさますぎる勧誘については隠そうとさえしていないのだ。


 違和感……いや冒険者に関わるものであるなら、もっと切実に危機感を感じている者が現れても仕方のない状態である。


 そしてムラタは、その危機感に保証を与えたのだ。


 確かにこの情報は、人を先んじるのに有効であるのは間違いない。

 そしてさらに、ムラタは手持ちのカードを見せる。


「だが、この情報だけじゃあまりにも情が無い。そこで俺はあるアイデアを提案しようと思う」

「伺います」


 またも圧倒的速さでロデリックが応じた。

 その反応の早さには目を見張るものがあるが、ムラタは苦笑を浮かべた。


「ここから先はダメだ。そちらの誠意を見せて貰わなければ。口約束で構わない」

「誠意とは……?」

「俺の企みに一枚噛んで貰う。もちろん『レイオン商会』としてだ」


 そのまま具体的な説明に移るムラタ。

 単純に言えば、企みとはギンガレー伯に講義を行わせるという内容だ。

 それに関しては、ムラタからの具体的な指示はと言えば、


「徹底的にいい気にさせろ」


 というもの。


 それこそ「レイオン商会」の得意技ではあるが、何とも複雑な表情を浮かべるランディとロデリック。

 この2人にとっては、今やギンガレー伯に携わること自体が問題ではあるのだ。


 単純に言えば、ギンガレー伯とその取り巻き達が気にくわない。

 これに尽きる。


 だが、商売をするのに貴族の保護は必要だ、と言うことでひたすら“敬して遠ざける”を実践してきたのだが、講義させるとなれば、そうも言ってられないだろう。

 それに実質的な問題がある。


 それをロデリックが口にした。


「何を講義するんでしょう? それに閣下がそれを了承するとは……」

「貴族ごときが――」


 そう言いながら、ムラタは鼻を鳴らした。


「――俺に逆らうのもおかしな話だ。つまり伯爵を講義をさせるように追い込むのは任せて貰って構わない。そちらは、うまく盛り上げてくれれば良い。内容がどうでも盛り上がるように俺は作ったはずだが?」

「それはまぁ……」


 あまりに明け透けな言葉に、流石にロデリックも言い淀む。


「でもさ、良い気分にさせるんだよね? だったら講義の内容もきちんと考えた方が良いんじゃないかな?」


 代わりにランディが声を上げた。

 それもなかなか的を射た提案であった。


 ムラタは単純にランディに反撃されたこと自体が気にくわなかったようだが、その提案自体は却下しない。


 この場合、いつの間にかムラタの“企み”に積極的になっているランディが一枚上手、という事なのだろう。


「……そうだな。だが今回はこれで時間切れだ。そっちも色々と忙しいんだろ? 同意を得られた、と言うことで今度は時間を作って欲しいが……」


 突然に、ムラタが切り上げを提案してきた。


 だが突然ではあるが、確かにお互いに全ての予定をキャンセル出来る程自由な身の上でも無い。

 確かにこのぐらいが潮時だろう。


「……それはまぁ。ええっとムラタ殿の“アイデア”が有望であるという保証があれば」


 ロデリックが抜け目なく確認してきたが、ムラタは軽く肩をすくめた。


「その点は大丈夫だろう。何しろ“異邦人”の特性を生かしたアイデアだからな」

「つまり、成功例がある、と?」

「それに加えて、冒険者の問題についても対処できる」


 言葉だけなら大盤振る舞いであったが、普通ならこれで信用する者もいないだろう。

 だが“ムラタ”には「レイオン商会」を立ち上げたという実績がある。

 

 結果、お互いの腹を探り合い――ランディに、そんな情緒はないが――3日後に再会の約束となった。


「場所はこの聖堂で良いだろう。お互いに、ここを訪れる名目も作りやすいし」

「名目ですか?」


「そちらは突然信心深くなれば良い。俺は今日も別件で聖堂に仕事があるんだ」

「なるほど。我らが接触しているのは出来れば秘めたい、と」

「しばらくはな」


 そこで笑い合うムラタとロデリック。

 そしてランディは何も含むところがないのに、頬に何か含んでいるような笑みを浮かべていた。


                 □


 さてムラタが仕事があると言った件だが、実はデタラメでは無い。

 予定としては、ランディ相手の交渉と言うことで、ムラタが適当に丸め込んで終わりのはずだったのだ。


 まず、ランディに言うこと効かせるための下地作り。

 それが目的だったわけだ。


 それがロデリックの登場で、思わず実務者協議状態になってしまったが、それはあくまでイレギュラー。

 つまり、ムラタの本命は最初から聖堂。


 「レイオン商会」会長(ランディ)と話をするのに、うってつけのロケーションだったために利用することになったが、その目的を見失っては元も子もない。


 こちらの用事も負けずに重要なものであるのだから。


 しかも“企み”などと、人目を憚る様なものでは無く「計画」あるいは「改革」と言い切ってもいいだろう。


 その分、ムラタが被る猫の皮も分厚くなるのだが、それもまたムラタの得意技だろう。

 あるいは“業”か。


 そんなわけで別の応接室に向かっているムラタだが、すでに約束の時間からは遅れている。

 ムラタは、それを丁重に詫びながら、先導してくれる神官に付いて行き……


「これは驚いた。最高司祭自らのお出ましとは」

「たまたま私が手空きだっただけですよ。またも有意義な提案があるとか」


 提供される応接室の前で、鉢合わせする形となったムラタとフォーリナ。

 どちらとも無く笑い合うが、ふとムラタが笑みを引っ込めた。


 そのまま、フォーリナの耳元でこう囁く。


「――ところで巡回説教者サーキット・ライダーという言葉はご存じで?」


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