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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
大密林
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“何者”

 そこからは流れ作業――と言う程、順調では無いが、すでにルコーンがフジムラの頼み事を引き受けている。

 そのため「交渉」では無く「作業」にやることが変わっているから、あとは身体を動かすだけだった。


 ルコーンが、いよいよアイスクリームに本気で取りかかる中、フジムラは梯子を降ろし中二階へ向かう。


「あ、ここ俺の寝室です」

「こんな造りに……」


 大きくは無い空間に、スペースの有効活用。

 ルコーンがスプーンをくわえながら、


(これは教会でも利用出来そう)


 などと考えていると、紙とペンを持ってきたフジムラが降りてきた。

 ルコーンはそれらを受け取りながらインクを探す。


「あ、これ、そのまま書けます」


 フジムラはインクが付いてないはずのペン先をそのまま紙を押しつけた。

 すると、本当に文字が書かれている。


 フジムラはペンを渡して、ルコーンに試し書きをさせた。

 流石に最初は疑ったルコーンだったが、あまりの書き心地の良さに、様々な線を紙の上に描いてゆく。


「もう良いですか?」


 フジムラの言葉がなければもっと書いていたかも知れない。

 ルコーンはわずかに赤面して、顔見知りの王都の騎士宛てとして紹介状を作成していく。もちろん自分の署名は忘れずに。

 フジムラがそれを確認して、大きく頷いた。


 およそ30分後――


 2人は玄関の前に居た。

 ルコーンは元のドレスと法衣に着替えている。

 洗濯は出来なかったので薄汚れたままだったがこれは仕方の無いところだろう。


 右手には錫杖。

 万全とは言い難いが、精神力は完全に回復している。


 一方でフジムラは、軽装と言う他は無い。


 簡易な布の服に、革製の編み上げ靴。その上にマント。

 武装の類いは、ベルトに差された短剣のみ。


 ルコーンにとっては、その出で立ちだけでも驚きであるのに、フジムラはさらなる無茶を言い出した。


「一緒に行かれないのですか?」


 ルコーンは危うく大声を上げるところだった。

 まさか同行を断られるとは、ルコーンの完全な想定外だった。


「はい」


 フジムラが短く答える。


「確かにパーティーとは、はぐれていますが、他の者は散り散りになってはいないと思います。それに『位置探査ロケーション』を使えば、さほど難しい事には……」

「だからこそですよ」


 言いつのるルコーンを制するように、フジムラがまたも短く告げる。


「俺はまったく戦闘には不向きなんです。同行したところでアーラバイアさんの足を引っ張るだけ」


 フジムラは疲れたように肩をすくめた。


「そもそも騎士ナイトの真似事なんておこがましくて、口にも出来ません」


 その台詞にルコーンは心の中でつんのめっていた。

 同行させる口実として、前衛的な役割をお願いしようと考えていたのだ。


 だがフジムラは先回りしたかのように、それを拒んできた。


「俺のスキルは、俺が1人きりである事に鍵があるようでしてね。1人にならなければ、俺は恐らく自分の身も守れない」


 重ねられるフジムラの言葉は、ただ拒絶の意志を示している。

 逆にルコーンは言葉を紡ぎ出せないままだ。


「それに――」


 フジムラが傍らの住居をコンコンと叩いて相好を崩す。


「――これ片付けなくちゃなりませんから。無事に合流出来たら、また寄って下さい」


 そんなフジムラの言葉に、ある程度の納得がルコーンの胸の内を満たしてゆく。

 しばらくの葛藤の後、ついにルコーンも決意した。


「――わかりました。パーティーと合流することが第一ですよね。きっと片付けしている間に、戻ってきますから」


 これだけの住居だ。

 片付けるにしても、相当な時間がかかるはず。

 『位置探査ロケーション』で素早く合流出来れば……


 それにルコーンは「また寄って下さい」というフジムラの言葉に、パーティーとならば一緒に行動出来る、という彼の心の内の声を聴いた気がした。


 奥ゆかしい彼は、自分だけが足手まといになるような状況で、同行を申し出ることが出来なかったのだ。

 ならここで押し問答を続けるよりも、まずは行動。


 ルコーンは左手でギュッと握り拳を固める。


「それでは『位置探査ロケーション』いきます」

「どうぞ」


 何もせずに見守るフジムラ。

 1人きりにならなければ片付けに入らないらしい。

 それに僅かながらイライラしながら、ルコーンが祈りを捧げると、錫杖の先から光がほとばしる。


(この反応は……近い!?)


 『位置探査ロケーション』で対象にしたのは、ルコーンが先の戦いで落としてしまった帽子である。これもまた防御の加護が施された物で、仲間パーティーなら確実に回収しているはずだ。


「ああ、その方向なら、ちょっと行った先に開けた場所ありますよ。1人では、どうしようも無いですが、複数連れだっての休息なら……」

「行ってみます」


 ルコーンは慌てて、光が差す方向へと向かった。


 ――挨拶もそこそこに。


                 □


 そこは異様な空間だった。


 この大密林ではあるじとも言うべき巨木が根元から裁断され、強制的にその場を引き渡すように強制されている。

 そうやって強引に拓かれた空間に見慣れたはずの仲間パーティーで使ってきた、特注品のテントがあった。


「こ、これは……?」


 ありうるはずの無い光景の中に、馴染んだ景色テント

 ルコーンは足下が揺さぶられる思いがした。


「ルコーン!! 良かった! 本当に無事だったんだな!」


 声を上げて自分の名を呼んだのは、パーティーリーダーでもあるザインだった。

 フルプレートにポールアックスを装備した、ガチガチの重戦士だ。その上でルコーンほどでは無いが神聖術も使える、まさにパーティーの要といっても過言では無いだろう。


 短く刈り込んだ赤茶けた頭髪。榛色の瞳。

 そしていつもなら人好きのする笑顔を浮かべているザインが、疲れ切ったように肩を落としていた。


 ルコーンとの再会で、表情に笑みは戻っているが、疲労は隠しようもない。


「ザイン! それに……ああ、どこから聞けば良いのか……」

「落ち着け。まずは情報のすり合わせだ」

「は、はい。他のみんなは?」

「大丈夫だ。全員無事だ。ただつい先ほどまで気を張っていたんでな。もう少し、休ませてやってくれ」


 ザインは短く区切るように話して、ルコーンが落ち着くのを待った。

 それはザイン流のやり方で、それに馴染んでいたルコーンも条件反射で落ち着きを取り戻してゆく。


「……それでは、ザインからお願いします。私はちょっと込み入ってるので」

「こっちも説明するのはややこしいんだが……1日前、お前とはぐれた戦闘から――」

「1日? そんなに経過していたんですか!?」


 ザインは顔をしかめ、ルコーンの肩に手を置き、強引に先を続ける。


 パーティーが戦っていたのは「有翔蜈蚣フライング・センチピード」と呼ばれる、巨大なモンスターだ。普通なら関わり合いにならずにスルーすべきモンスターだが、依頼人が採取した“何か”に反応したらしい。


 その名の通り空中で自在に動く節足という、気持ちの悪さと攻撃力。

 それに加えてこちらのメンバーを足に引っかけようとする。

 陣形が取れるならまだしも、ほとんど不意打ちであったためルコーンはさらわれてしまった。


「それで、撃退出来たのですか?」

「それがなぁ」


 ザインは顎を撫でる。

 ルコーンを失ったことで、極端に低下した継戦能力。

 ザイン達はかなり粘っていたが、ほとんどジリ貧だった。


 全滅も覚悟したその時――


「――その時……う~む」

「え? その時どうしたんですか?」

「説明出来ないことが起こったんだよ」


 無理矢理説明すると、詠唱がまったく聞こえなかったが魔法のようなもの、らしい。

 少なくとも視界に、魔法を使っている者は見えなかった。


 それなのに――


「『雷光ライトニング』を連発ですか? 詠唱も為しに?」

「『雷光ライトニング』でも説明になっていないと思うのだが……」


 とにかく、そんな風な光る何かが「有翔蜈蚣フライング・センチピート」を穴だらけにして、葬ってしまった。

 その後、それを成し遂げたらしい相手から、


「連れは保護している」

「消耗していてすぐに合流させるのは無理だろう。明日まで待て」

「俺を探ろうとするなら、彼女を置いていく」


 と立て続けに宣言。

 異常な能力でモンスターを退けた相手に、こうまで言われては従うほか無かった。

 「有翔蜈蚣フライング・センチピート」との戦いで全員怪我を負い、疲弊しているのも大きかった。


 それに――


「こ、これだけのことを、数分で……」


 最初に自分を脅かせた光景は、その謎の人物によって形成されたものらしい。

 それも、ほとんどあっという間にだ。


「ああ。そうとしか説明のしようがない。その上、この周辺にモンスターが近付かないようにしたから、俺達もそこで休めって。で、今まで実際、遭遇エンカウントがない。皆はそれ以上に、その相手を怖がってな……あ、おい!」


 ルコーンは駈けだしていた。

 今、歩いてきた道を逆に辿って。

 それほど離れていたわけではない。


 あの幻かとも思われた住居が――


「――無い」


 無くなっていた。


 キャンプをした跡のような、焼け焦げた地面など痕跡は確かにある。

 だが、住居はなくなっていた。


 あの思い返せば異常としか言い表せない建造物が。幻のように。


 ルコーンの脳裏に、甦るあの住居での光景。


 そして戦慄する。

 自分が犯した過ちを。

 いや、それ以上の災厄を。


 ルコーンは錫杖を取り落とし、震える手で自分の身体をかき抱いた。

 頭の中で繰り返されるのは、懺悔にも似たたった一つの問い。


 ――自分は“何者”を王都に招いた?

二章終わりました。三人称パートもいったん終了。

次から一人称に戻ります。


それでは引き続きお楽しみ下さい。

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