ある職業病
ムラタが「レイオン商会」を訪れてから、数日後のこと。
ついにムラタとランディの再会が叶う時が訪れた。
互いに事情があるため、あの目抜き通りにある事務所は使いづらい。
ムラタは、ムラタがムラタであるゆえ。
ランディは、人と会うこと自体が貴重な存在になっていたし、そもそも自由になる時間が少ない。
そのため、ムラタの伝言が届けられてから色々段取りが整えられたわけだが、それが僅か数日で整ったことは、手っ取り早く表現するなら“奇跡”の範疇に含まれる事になるだろう。
あるいは双方の熱意が為した技か。
両者が再会の場所として選んだのは、大聖堂。
貴族街にあり部外者が自動的に排除されながら、平民である「レイオン商会」の代表として訪れたとしても、問題が発生しない。
聖堂側に口利きが可能なムラタの影響力あってこそだが、これ以上に条件の揃った場所は、恐らく無いであろう。
時刻は午後3時――
礼拝堂の一角で、お互いの姿を確認したムラタと「レイオン商会」側。
それぞれの第一声はこうである。
「……肥えたな」
「ナベツネさん!?」
そして、1人照れた笑みを浮かべるランディ。
□
互いの確認が終わったので、聖堂に応接室の1つを貸して貰ったムラタが場所を移動させた。
聖堂側の対応が随分丁重な物だったので、今をときめく「レイオン商会」の幹部達も、すっかり大人しくなっていた。
いや、それ以前に……
「俺は、サシで会う話をしたはずだな」
タバコを天に向けながら、ムラタがそっくり返りながらランディに確認する。
向かい合わせに設置されたソファに腰掛ける、ムラタ、ランディ、そしてロデリック。
そんなムラタがソファの間にあるローテーブルに足を載せてない状態であるのが、ある種の奇跡に思える程の傍若無人さだ。
聖堂の職員がティーカップを出してくれたのが幸いしたらしい。
そのムラタが座るソファの対面に、並んで座るのが「レイオン商会」側である。
ロデリックは、ほとんど黒のスーツ姿に、ダークブラウンの髪を綺麗になでつけた、押し出しの強い出で立ち。
澄んだ青い瞳も相まって、中々の威力を発揮するはずだが、ムラタを前にして完全に萎縮していた。
かたやランディ。
こちらは白い夜会服に似ている服装。
貴族らしい出で立ちである。
リンカル侯の胤ともなれば、本物の貴族になる可能性もある。
相変わらずのニンジン色の髪と緑の瞳に変わりは見られないが、ランディはどうしようも無く変化していた。
端的に言うと太ったのである。
いきなり肥満体型になったわけでは無い。
ムラタがランディと最後に会ってから、多めに見積もっても半年程だ。
これでいきなり“でっぷり”なようでは、病気を窺うところだが、今のところは“ぽっちゃり”という範疇に留まってはいる。
時間の問題のように思えるのは、あるいは肥満こそがリンカル侯の血の現れか。
ちなみにムラタはムラヤマ時代に一番良く着ていた“異世界”風の出で立ち。
これはこれで、この男なりの気遣いであったのだろう。
ただ、それだけにランディが約束を違えたことを簡単に許すつもりは無いらしい。
「い、いや、僕はちゃんと1人で会いに行くつもりだったんだよ」
ランディが必死になって弁解を始めた。
その頬が震えなかったのがせめてもの幸いか。
「だけど、それをジョシュアが止めるからさ。行くのならどうしても付いていくって……」
「それで俺の言うことは、都合良く無視か」
即座にムラタがツッコむ。
「すいません!!」
今度はロデリックが上半身を折り曲げてムラタに謝意を示す。
「相手がナベツネさんだとわかってたら、絶対に邪魔しなかったんですが!」
「……カケフ、それを知られるの嫌がっただろ。それで……」
その言い訳を聞いて、ムラタの態度に変化が訪れた。
「レイオン商会」側の言い分にも一理ある事が理解できたのであろう。
タバコを消す程では無かったが、少なくともそっくり返る必要までは無いと判断したようだ。
「そちらの事情はわかった。確かに俺も大人げなかったらしい……思い出してきたぞ。ランディを相手にしていた時の感覚を」
「おわかりいただけますか。この感覚を」
即座に同意を示すロデリック。
その反応に、ムラタの片眉が上がった。
「君もまぁ、良くこの男と付き合ってくれてるよ。俺はとっくに乗っ取られていると半分想定してたんだが」
「いえ! 会長は何というかお偉方に受けがよろしいので、コネを作るのには最適なんです。僕もそれで好き勝手出来ますので」
「ほほぅ」
ムラタは歪んだ笑みを見せる。
「なかなか良いぞ。それでランディを犠牲に差し出して、商売を広げたんだな。それに犠牲と言ってもランディが太るだけ。俺でも間違いなくランディを差し出す」
「犠牲だなんて……会長の働きはそんな簡単なものではありません!」
堂々とそう答えるロデリックに、先ほどまでの不機嫌はどこに行ったのか、ムラタが乗りだしてきた。
「ますます有望だ。建前をここまで言い切れる性格。素質がある」
「あの……建前だと決まったわけじゃ……」
「何を言ってるんだランディ。お前のことを話してるんだぞ。だったらわかるだろう? ランディはランディなんだ」
ロデリック以上に力強く断言するムラタ。
流石にいじけそうになるランディであったが、すかさずロデリックがフォローに入った。
「そんなことはありません! 会長は立派です!」
「確かに……この仕事でも結構頑張っていたな。思い出したぞ」
2人の言葉に、途端に機嫌が良くなるランディ。
その目がふっくらした頬に包まれた隙に、ムラタとランディがジト目でその様子を確認する。
「……それにしても、よくすぐに俺が“ナベツネ”だとわかったな」
「声が同じですから。それに探してましたし」
「ん? どういうことだ?」
そっからランディも交えての現状確認となった。
基本的にはランディが、ひたすら驚く展開が多い。
一番は、知ってるはずの“カケフ”が、問題の“ムラタ”であったことだろう。
「レイオン商会」会長ともなれば、当然ムラタのことは知っている。
それが“異邦人”であることも。
だが、それが王都で管を巻いていたムラヤマとつなぎ合わせることが、なかなか難しかったのだろう。
そして自分がリンカル侯の子供であることが知られていることにも驚いていた。
さらには異父兄であるゴードンとムラタが、ギンガレー伯に対して共謀してた点も。
元々、その仕事はランディが請け負っていたはずで、それがいつの間にか立ち消えになっていたことは、ランディも不思議に思っていたのだ。
そして元は“ナベツネ”でしか、ムラタ(=ムラヤマ)を知らなかったロデリックはさらなる驚きに包まれることとなった。
だが、そこからすぐに頭を切り換えたらしい。
あらゆる部分で、ピタリとハマる部分がある……とでも考えているのか、青い瞳がさらに冴え冴えとしてきた。
「……となれば、閣下のご機嫌を取らなくても良いんですね?」
よほどの手間だったのか、ロデリックが一番に理解を示したのがその点だ。
ロデリックのそんな確認に、ムラタは苦笑を浮かべる。
「理屈ではそうなるが、少し待って欲しい。俺がそちらに接触を図ったのは、そのギンガレー伯について何だ」
「じゃあ、待とうか」
即決するランディ。
「少しお待ちただけますか、会長」
「ランディ……お前なぁ」
何故か息を合わせてダメ出しする2人。
そこでさらなる追撃を繰り出したのはムラタだった。
ランディに対する容赦のなさが、一歩先んじた理由だろう。
「お前は1つの組織の代表なんだぞ。それなら1番に考えるのは、まずその組織のことだ。身内のこととか全部後回しだ、兄が処刑されそうになっても、全部切り捨てろ。お前個人のわがままで行動するんじゃ無い。非常に迷惑だ」
「だ、だけど……カケフのことだし……」
「俺のことなんか、1番後回し、それどころか無視したって構わない……」
そう言ってから、ムラタも自分で気付いたのだろう。
どれ程自分が矛盾したことを言っているのか。
ムラタは、頭を掻きながら咳払いを1つ。
「……いや、今回そのランディの性格を利用して呼び出した俺が言うことじゃ無いが」
「あ、そうだね」
そのままふっくらした頬に笑みを浮かべるランディ。
そしてますます、渋面になるムラタ。
「ね? うちの会長はなかなかでしょう?」
それを見計らったようにロデリックが割り込んできた。
そして、それに抵抗せずに頷くムラタ。相変わらず、表情は冴えないままであったが。
だが今度はロデリックのターンだ。
「……ですがそういうことなら、商売としてのお話になるんですよね?」
ロデリックは満面の笑みと共に、そう告げる。
「ああ……そうなるな」
ムラタはそんなロデリックを見て――嬉しそうに笑みを浮かべた。