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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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忠告

 王都――


 その中央付近に広がる商業地区だ。

 この近辺が他の地区と圧倒的に違うのは、その人の多さであろう。


 もっとも最近では王宮の指導よろしく貧民街から王都の外へ移住するものが多くなった昨今である。

 一時的に人の数は減ったが、治安は確かに良くなっていた。


 それを肌で感じ始める者が多いのか、商業地区へ乗り出す者も確かに増加していた。


 そんな商業地区。

 しいて上げるなら、その中でも西寄りの区画に「紫陽亭」という店がある。


 気取った店名に思えるかも知れないが、その実は気取らない食堂といった具合だろう。

 テーブル席とカウンターが五分と行った間取りで、常連はどちらかというとカウンターを選んでしまう。

 そんな雰囲気の店だった。


 それというのも王都の歓楽街いろまちが存在しているのが西地区にあり、そこで一仕事終えた女達が、眠りにつく前に飯をかき込みに来る。

 それが「紫陽亭」でのメインの客層なのだ。


 曰く、夜明けの光りを“紫陽”を呼ぶとか呼ばないとか。

 だからこその「紫陽亭」という店名。


 ――そんな風に言われているがそれを確認した者はいない。


 もちろん店の営業は朝方だけでは無いが、昼食の時間を過ぎるといったん閉店。

 それでまた深夜に開店するという「紫陽亭」の在り方が、何よりも店名への噂話を、裏付けていた。


 だが、そんな営業時間では必然的に暇な時間が発生する。

 言うまでも無く、朝方と昼食までの間。


 この時間帯ならば「紫陽亭」もいささか暇になる。


 カウンター席を選ぶ客達が減り、テーブル席に腰掛ける者が増えて行くのだ。

 出されるメニューに特別な変化は無いのだが、他の店に無い圧倒的な違いが「紫陽亭」にはあった。


 簡単な話だ。

 この店では酒が出るのである。


 それもワインのようなお上品なものでは無い。

 ワインらしき酒を探すなら、それは間違いなくミステル。


 ワインに蒸留酒を混ぜた、何とも乱暴な代物である。

 だが「紫陽亭」では、わざわざミステルに加工しなくとも、そのまま蒸留酒を頼んだ方が建設的だろう。


 そんなわけで「ガーディアンズ」の一員であるロームもこの店のテーブル席に腰掛けると、即座に蒸留酒を注文した。

 アテは、腸詰め。言うまでも無いが、彼女にとってアテはあまり重要では無い。


「……“我々”に用があるらしい」


 そのロームが不意に声を掛けられた。

 声の方向は背後。恐らく違うテーブル席から発せられたものだろう。


 最高位ハイエンドと讃えられる冒険者であるはずのロームにしてみれば、ありうるはずの無い事態。


 だが屋外で、それもモンスター相手に彼女の技能スキルは磨かれてきた事が一つ。

 それに加えて、酒精アルコールが入っている。

 さらにさらに、ここ数日間、彼女の精神は非常に落ち込んでおり、酒との向き合い方が“ヤケ酒”のそれであった。


 であればこそ、簡単に背後バックを取られてしまう。

 声の主がその気であれば、いくらでも毒を送り込める状態だ。

 いやそんな手間を掛けずとも、針の1本で……


 ロームは必死になって唇を噛んだ。

 ここで“予定外”だからと、ヘタっている場合でない事は理解している。


 相手が殺すつもりであるなら、もう決着はついているのだ。

 こんな場合、必要な心構えは――そう、開き直りだ。


 ロームは、カンッとグラスをテーブルに叩きつけて、蒸留酒を注ぐと一気に呷った。

 気付け薬代わりだ。

 今の状態でグラスに1杯や2杯追加したところで、対して変わりは無い。


「だがそちらの用件については、期待に応えることが出来ない」


 ローム(こちら)の様子を観察していたのだろう。

 タイミングを見計らったように、声の主が再び声を掛けてきた。


「金……では無いようだが」


 声の主がどういう人物であるのか――そんな好奇心を1番に殺す。

 その上で、ロームは何とか情報を引き出そうと試みた。


「あなたが欲している情報は、金で取引できる性質タチのものではない」

「……の割には、随分と親切だな」

「あなたは、その情報源と直に向き合うことが可能だ。我々もまた欲しているのだよ。“彼”の情報を」

「それは……」


 何とも、おかしな具合になってきた。

 ロームが眉を潜める。


「少し話をしよう。噂話の類いだと思ってくれれば結構」


 向かい合わせでは無く、当然額を付き合わせることも無い。

 だからこそ、尚しめやかに。

 互いに斥候スカウト技能スキルが無ければ、会話が成立しないだろう。


「今、殿下が休暇に出ていることは知っているだろうが……」

「ああ」

「大きな成果を上げての凱旋となった。鷲頭獅子グリフォン討伐を為し“予定通り”明日にも帰ってくるだろう」

「……………」


 声を上げなかったことが、ロームのせめてもの抵抗であったろう。

 それと同時に、何が起こったのか、と思考を巡らす。


 あの男が関わっていることは間違いない。

 何しろ飛翔蜈蚣フライング・センチピートですら一蹴するような男である。


 グリフォンの方が強敵であるはずだが、さほど問題では無いだろう。

 あの男が倒して、マドーラが命じたように状況を整える。

 恐らくはこんなところだろう。


「討伐したのは登録名『スノースピリット』――冒険者」

「な……!」


 こんどこそ、ロームは声を上げた。


「なるほど。あの男はグリフォンを“どうにか”出来るだけの能力があるのか」


 その上、情報をかすめ取られる。


「貴様!」

「噂話の続きだ――まずは凶悪な魔獣の出現に併せて休暇に訪れていたこと。これは次期国王の慧眼によるもの。そんな噂が流れている。多分に形成されたものだがな」

「それは……そうか」


 ロームが短く頷く。


「休暇地のラクザでは、グリフォン討伐の依頼をすぐに申請していた。申請先はもちろん王宮と」

冒険者ギルド(ギルド)か」

「そして次期国王の差配によって、騎士団はラクザの民を慰撫。それと同時に同行していた冒険者をグリフォン討伐に派遣。あっという間に事態は解決した」


 ロームは首を傾げた。


「騎士団の件はそれで良いかもしれない。だが本当に彼女たちが? あの男は?」

「表だっては見えない。特に特殊な傷痕も発見されず、彼女たちがグリフォンの首を持ち帰ったこともまた事実のようだ」

「だが……」

「広まるのは記録に残る部分だけだ」


 納得のいかないロームに、声は無感情に応じた。

 そしてさらに続ける。


「次期国王については、臣下の手柄は王に帰する。それは自然な流れだ。だが、あの男が心砕いたのは“冒険者が手柄を立てた”という点」

「それは?」


「まず冒険者ギルドだ。すでに早馬が到着しているが、ギルドにはきちんと紹介料が支払われる。『スノースピリット』を派遣したことによって」

「おかしいだろ、それは」


 ロームが声を上げるが、声は構うこと無く先を続ける。


「これで王宮に対して疑念を抱き始めたギルドの矛先が鈍った。結果としてはこうなる。そして――」

「そして?」

「『スノースピリット』が名を上げたことで、ギンガレー伯が追い込まれることとなった」

「あ……!」


 これは確実に盲点だった。

 だが、確かにそうなる。


 彼女たちが王都に同行してきたのは事実だが、すでに袂は分かたれている。

 そして袂を分かたれて後、彼女たちが活躍したとなれば……


「我々は警戒している」


 声に変化がみられた。

 僅かながらであるが感情の色が見える。


「今、我々は、あの男とはお互いに静観するという状態で均衡を保っている」

「そう……なのか?」

「有利な状態で交渉に臨むためにだ」


 これはロームにも理解できた。

 謂わばこれは意地の張り合いに通じるものがある。

 先に交渉を持ちかけた側が、心理的に不利になるのだ。


 では、あの男と声は何を巡って駆け引きしているのか……?


「現状で君の存在は非常に厄介だ。君の動きを捉えられれば、あの男は確実にこちらに難癖をつけてくる」


 そこでロームは理解した。

 向こうが接触してきた理由を。

 そして、今の自分の状況を。


「……すまなかった」


 そんな言葉だけで済ませることが出来る相手では無いはずだ。

 だが、殺すつもりならとっくにやっていることだろう。

 あるいは、相手もあの男を恐れて動けないだけかも知れない。


 何とも皮肉な話だ。

 あの男の存在が、自分の身を守ることになろうとは。


「あの男に含むところがあるようだが、とりあえず今は待って欲しい」


 続けて伝えられるのは、命令では無く懇願。


「先ほども伝えたが、君は有利な状態である事も確かだ。君はその立場で情報収集にあたって欲しい。これは共闘の申し出でもある」

「それは……」


 ありがたい話ではあるが、問題もある。

 それは相手の狙いが奈辺にあるのか。

 自分と歩調を取ることが可能なのか。


「我らの間では必要な時だけ協力するのは“当たり前”のはずだ」


 ロームの心根を見透かしたように声は告げ、そのまま人の気配が消えた。

 

 残されたロームは再び蒸留酒を呷る。

 最大の問題は――そう最大の問題は、あの男「ムラタ」。


 あの男の陰謀でもたらされるものは、どうにも良い変化をもたらすように思われること。

 であるならば――それに抵抗を感じてしまう自分は一体何か?


 果たして、そんなロームの問いに答えは無い。

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