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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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あるいはこれも女神の采配

 煌々と月が冴え渡る夜に、響くのは鷲頭獅子グリフォンの鳴き声。

 生物として絶対的な強者のみに許される、傲岸な響きを持っていたはずのその鳴き声が――今は啼き声に聞こえる。


 今、グリフォンの尊厳は踏みにじられていた。

 タバコを咥えたまま、つまらなそうな表情を浮かべているムラタ()に。


 あろう事かムラタは、グリフォンの自慢のかぎ爪を片腕で“固定”していた。

 グリフォンの大きさが標準とは違い、小型というわけでは無い。

 その大きさは優にムラタの5倍はあるだろう。


 それだけ大きな生物が暴れ回っているというのに、ムラタの表情からは必死さが窺えない。


 翼で振り払う。嘴で攻撃する。固定されていないもう片方のかぎ爪で、ムラタを裂こうと試みる。

 あるいは大きな体躯そのものを武器として、押しつぶそうとする。

 

 だが――


「ま、こうなるよな」


 と、言いながらムラタが足踏み(ステップ)した瞬間に、グリフォンが()()()()()()()


 正確に言うなら、踏みつぶされたように見える、ということになるが巨体をねじ伏せられたグリフォンの悲惨な有様に変わりは無い。

 そんなグリフォンを慰めるなら、ムラタが片腕とは言え利き腕を使用していることだろう。


「じゃあ、離すからな。別に焦る必要は無い」


 ムラタが背後、というか今、グリフォンを虐めている丘の中腹で待機していたメイルたち3人に呼びかける。

 ここはカレツク運河の流れ離れたグラムフォン山地だ。


 確かに運河からは外れているが、ラクザにしてみれば至近と言っても良いような距離である。

 特に翼を持つ魔獣にとっては、庭の内、と言い切っても良いかもしれない。


 だからこそ、ムラタを含めたメイルたちが討伐に赴いてきたわけだが……


「……そのまま倒してくれても……」


 もっともな声を上げるのはアニカだ。

 だがムラタは、かぶりを振った。


「出来るだけ君達が倒したということにしたい。その点は説明したはずだ。俺のやり方は跡が残りすぎる。最悪はそれで済ますことが出来るがあくまで保険だ」

「やろう、アニカ」


 覚悟の定まった声でメイルが告げる。

 大剣はすでに上段に構えられていた。


 それに続くのがクラリッサだ。ハルバードで月光を弾き返すように高く掲げている。

 だが、アニカを責めることは出来ないだろう。


 何しろ彼女が受け持つ役割だけ極端に難易度が高い。


「それ行ったぞ!」


 だがムラタはそんなアニカの迷いは無視することに決めたようで、グリフォンを縛っていた拘束の全てを解き放った。


 その瞬間、グリフォンは宙に爪を立てるようにして夜空へと駆け上がった。

 すでに魔獣の野生は悟っていたのだろう。


 ――この人間ムラタには敵わない。


 と。


「――逃がすか」


 先ほどまで、かぎ爪を握っていたはずのムラタの右手に今、握られているのは銃把。

 それも、片手で振り回せるはずも無いロングバレルのものだった。


 そんなムラタが銃口を向けるのは、逃げ出したグリフォンが飛翔する先。


 ガヒューーーーーン!!


 鋭い、あるいは軽い銃声が周囲に轟くが、周囲一帯を圧したのは物理法則に従って光の方が先だった。

 ムラタが操るロングバレルから放たれた光線が、グリフォンの逃げ道を灼く。


「アクア・ジェイル!!」


 アニカの詠唱が響いた。


 この魔法自体は、特別高度なものでは無い。

 大層な名称が付けられてはいるが、躱すのも抵抗もたやすく、掛けられたところで抜け出すのも難しくは無い。


 だからこそ高度では無いのだが――そんな魔法にムラタが要求したのは水の牢(アクア・ジェイル)が出現する位置。

 

 そして指定した位置はグリフォンの左翼。

 

 元より乱戦の中、攻撃に使えるような魔法では無い。

 ただただ対象を濡らすだけ。そんな魔法ではある。


 そして今もそれは変わらない。

 グリフォンの左翼が濡れただけだ。


 つまり飛行中の翼が片方だけ()()()()()()()


 この“結果”がアクア・ジェイルによって生み出されたならば、次に起こることは必然。


 浮力を生み出すことも、バランスを取ることも適わなくなった翼は、グリフォンを空中から叩き落とした。

 きりもみ、というおまけを付け足して。


 メイルが走る。

 大剣を肩に担いで。

 地面と“平行”になりながら。


 グリフォンが落下する先にいち早く駆け込むメイル。

 そのグリフォンはきりもみ状態のまま落下して、周囲に生えていた木々、それに下生えをその巨体でなぎ払っていた。


 そのまま落下。

 そして、バウンド。


 そのタイミングで駆け込んだのがメイルだった。


 バウンドして浮き上がるグリフォンの巨体。

 そこに振り下ろされる、メイルの大剣。


 それは見事なカウンターであった。


 刃は急所を見事に捉え……いや、僅かにそれたか。


 グリフォンの喉元に叩き込まれたかに見えた刃は、喉でも動脈でも無く、その後頭部に食い込んでいる。


 恐らくは、きりもみ状態で会ったことが影響したのであろう。

 元より精緻な剣技を働かせるには、難易度が高すぎる長さだ。


 だが後頭部であっても急所には違いない。即死とまでは行かなくとも、グリフォンに残された時間は僅か一呼吸ほど。


 その一呼吸で、グリフォンは自由になる翼を広げた。

 逃げるためでは無い。

 この鬱陶しい人間メイルに思い知らせるため――己の尊厳を賭けて。


 グリフォンの脳幹に刃が届いた。

 もう、その苛烈な意志は消え去ったに違いない。


 だが、ここでもまた働きを見せたのが物理法則――慣性によって翼がメイルを打ち付けようとしていた。

 それはグリフォンの執念にも似て。


 メイルは食い込んだ大剣を離すことがでいない。

 ここまで限界に近い速度で突進してきたため、身体が言うことを効かないのだ。

 このままではグリフォンの消えゆく命に添うように、メイルもまた――


 ――月光が閃く。


 ハルバードの切っ先がグリフォンの翼を受け止めていた。

 そのまま、ハルバードは横に振るわれ……ついにグリフォンの生命活動うごきは停止した。


「助かった~! クラリッサさん、ありがとう!」


 大剣を抜き取りながら、メイルが快活に礼を言う。


「なんの。この場合は遅れて幸いだったな。だが……」


 答えながらクラリッサが首を捻る。


「ああねぇ。落下した時点で決着はついてるようなものだもの」

「大丈夫だった!?」


 そこに丘の中腹を滑るようにしながらアニカが現れた。


「大丈夫大丈夫。アニカの魔法が見事だったよ。こっちは止め刺しただけ。まさか、あたし達がグリフォン倒せるなんてねぇ」


 手をひらひら振りながら、メイルが心配顔のアニカに応じる。


「うん。それは感慨深いのだが……やはり、それは……」


 珍しく言い淀むクラリッサ。


 その視線の先には丘の上に灯る赤い火があった。

 言うまでも無くムラタだ。


 グリフォンを圧倒し、弄び、状況を構築したのもムラタ。

 それだけでは無く、アクア・ジェイルの使い方を指示したのもムラタだった。


 確かに直接的なダメージを与えたのはメイルたちではあったが、全てがムラタのお膳立てであったこともまた間違いない。


「お~い。冒険者ギルド的に討伐の証はどうやるんだ」


 そのムラタから間の抜けた呼びかけ。

 いや元からムラタはこの“グリフォン討伐”にかける意気込みは、ごく微少だったのだろう。

 ほとんど遠足に来たようなおもむきである。


「ムラタ殿! すいませんが私どももこれほどの大物を仕留めた経験がありません。そのため――」

「では、定番だけど首を切り落としますか」


 言いながら丘を下ってくるムラタは、腰の短剣を抜き放つ。

 その短剣を、メイルの大剣に勝るとも劣らぬ長さのある剣へと変化させた。


 随分と細身で、真白な刀身。


 ムラタは近付いてくるなり、グリフォンの首にそれを一閃させる。


 そして、


 トン……


 と、あっさりとグリフォンの首が切り離されてしまった。


 その呆気なさに思わず生唾を飲み込む3人。

 だがそれで3人の驚きは止まらなかった。


 ムラタは自分の服をつまむと、返り血を浴びた服をその場で綺麗にしてしまったのだ。

 

 あまりにも異質。

 あまりにも規格外。


 グリフォンは確かに倒すことが出来たが、それ以上の“化け物”がまだ息をしている。

 メイルたちが、そんな錯覚に陥るのも無理は無いだろう。


「あ、しまった。後でも良かったな。アニカ、ここ凍らせること出来るか?」


 その“化け物”からは相変わらず気の抜けた言葉。

 どうやら、切り落とした場所から血が垂れるのを防ぎたいらしい。


「あ、う、うん。大丈夫……」

「ではちゃっちゃとやって、帰ることにしよう。マドーラの方が気に掛かる」


 ムラタは言いながらタバコを携帯灰皿に押し込み、そのままグリフォンの首を抱え上げる。

 その膂力はとんでもなかったが、どうにも間抜けな出で立ちだ。


 アニカがその首を「アイス」で凍らせて、クラリッサが首を包むための毛布を取りに、その場を離れる。


「お姫様、心配なの?」


 メイルが思い切ったように声を掛けた。

 途端に、ムラタが眉を潜める。


「マドーラが、というよりあまり面識の無い近衛騎士に預けてきた判断がな……やっぱり俺は賭けに向いてない」


 あの無茶苦茶な能力スキルがありながら、当の本人はまったく浮き立ったところが無い。

 口を開けば、何かしら文句をブツブツと垂れ流す。


 その光景にメイルが、そしてアニカさえも笑みを見せた。


「何だ?」

「気にしない気にしない。そうだ! 帰ったらあの風呂に入ろう!!」

「……あ、それは賛成。出来れば休む前に」

「好きにしてくれ」


 ムラタが雑に応じ、3人は丘を登り始めた。


 自然と見上げる濃紺の夜空には、白き月が浮かぶ。

 その光景はまるで、良く出来た武勲いさおしのよう。


 ――例えそれが仕組まれたものであったとしても。


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