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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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女神の采配

 ホテル「セイアー」別館の敷地内。

 その片隅――ざっくり言うと内庭でムラタとメイルが対峙していた。


 ムラタは短剣を右手に持って、ごく自然体で。


 メイルは自分の身長以上の大剣を引きずるように。ブレストプレートを装備した上半身は前傾姿勢でますます、大剣を使いこなしてはいないような印象を抱いてしまう。


 ふと――


 音も無く2人の間合いが()()()

 メイルの姿勢からは、想像するのが難しい動き。


 だが、これでも大剣の持つ殺傷範囲からムラタが外れたわけでは無い。

 むしろ絶好のポジションに間合いが整えられた――そう見えた。


 次の瞬間、メイルの大剣が唸りを上げた。


 乾坤一擲の一撃では無い。


 大剣を身体に巻き付けるように、大剣をピンポイントでムラタに当てに来る。

 だから、それを躱したところで、悠々と次撃が放たれることになるだろう。


 大剣による連続攻撃。


 普通ならばあり得ない攻撃はあったが、それを可能たらしめているのはアニカの腕力――あるいは技量スキル

 

 それに対してムラタは短剣を使う素振りも見せない。

 ただ、じっとメイルの動きを全体で捉え、それでいて大剣の切っ先をギリギリで躱していた。

 

 すぐさま次の攻撃に移行するメイル。

 足捌きで間合いが離れるように調節しつつ、同時に大剣を翻す。

 矛盾した2つの行動をメイルはまとめてしまった。


 だが対するムラタは、メイルが動き出す一瞬、それよりも先に動いていた。

 メイルの攻撃を読んでいたかのように、メイルの間合いを()()する。


 その足捌きは尋常なものでは無かったが、そもそもこの戦闘は無理があった。

 それは言うまでも無く、得物の間合いの違い。


 お互いの身体が触れあう程近くなった状態では、完全に短剣が有利となる。


 メイルがすぐさま大剣を手放した、


 その判断の速さは賞賛すべきではあったが、ムラタはメイルが大剣を離す行動までも読んでいる。


 下段に構えていた剣を離すと同時に繰り出される、メイルの無手での攻撃には必然的に上向きのベクトルが働いていた。


 ムラタはその攻撃を身を捻って躱すと同時に、左手でメイルの繰り出された右腕の肘を払い上げる。


「あ!」


 と、メイルが思わず叫んでしまった瞬間、勝敗も決した。


 ムラタの短剣が無防備になったメイルの右脇腹を下から抉る――そのような状態が出来上がってしまった。


「ムラタ殿の勝ちだ」


 審判を務めていたクラリッサが宣言した。

 言うまでも無いことだが、2人の戦いはあくまで練習の一環。


 その証拠に、マドーラを始めとした他の面子も、この場には揃っていた。

 庭先にテーブルが設置され、どことなく見物気分だ。


「イチロー、やっぱり強いんだね」

「これは俺が強いのとは違う」


 あっけらかんとしたメイルの言葉に、淡々とムラタが応じる。


「これは俺のスキルが出鱈目チートなだけだ。自動的に君に勝てるように調整される」

「……どういうスキルなの?」


 ムラタは肩をすくめ、タバコを取り出した。


 “孤高”と名前だけは判明している自分のスキルについては、その名前も告げるつもりは無いらしい。

 そもそもムラタ(本人)に説明が可能なのか、という問題もあるが……


「それに武器がやはり不向きすぎるだろう。これは少し考えなければ……」

「メイルがその武器を選択した理由はわかる」


 黙り込んだことを誤魔化すように、クラリッサの言葉に合わせるようにして不意にムラタが語り始めた。

 あるいはマドーラの“教育”が目的であったのかも知れない。


 だが、ここまでムラタは3人に武器のことを聞いたことはない。

 つまりムラタが今から語ろうとしている事は――ただの推論。


「アニカの策でモンスターを身動きできなくする。その状況で求められるのは速やかにダメージを与えること。あるいは1度の攻撃で、片を付けなければならなかったことが多かったのか」

「うわ……合ってるよ。うん、そんな理由だよ」


 素直にメイルがムラタの推論を肯定した。


「わ、私は?」

「クラリッサさんは神官職ですね。ですが壁役がいない。だが前線で神聖術を行使する必要もあったのでしょう。であればハルバードを振るって強引に間合いを稼ぎ、その猶予を稼ぐ必要があった。元から得物が長かった記憶もありますが……」


 クラリッサが感極まったように天を仰ぐ。


「アニカは……流石にわからないな。指揮を執るにあたって目印になったのかも知れないが……」

「……実はそれも、今の杖を使っている理由になってる」


 アニカが諦めたように肯定した。

 これで3連勝。

 だがムラタは淡々と、タバコを燻らせた。


「……ですが何故、いきなりこんなことを始められたのですか?」


 マドーラの背後に控えていたキルシュが、首を傾げながら根本的なことを尋ねてきた。

 4人はそれぞれ顔を見合わせて、やがて押し出されるようにしてムラタが口を開く。


「今までの彼女たちとの契約を見直したんです。それで今まで適当に済ましていた部分を整理しようかと」

「そうなんですか? それで何故武器の話になるのかがよくわかりませんが……」

「ですからマドーラの護衛として――ああ」


 そこまで言葉を交わしてムラタも己の失敗に気付いた。

 そのまま眉を潜める。


「……もしかして彼女たちは侍女としては?」

「ムラタ様の用意してくださった部屋で無ければ……その……」

「どうぞ遠慮なさらずに」

「“アテ”にはしかねます」


 つまりは素人と変わらない、ということなのであろう。

 僅か三月程ではあるが、成長が全く無い。


 だがそれを、この場で言い募っても仕方がないし、あの部屋では侍女として成長できないというのも仕方がない部分がある。


 目を反らし始めた3人を置いておいてムラタはタバコを携帯灰皿に放り込んだ。


「とにかく彼女たちにはより積極的に護衛として――あるいは“冒険者”として仕事をお願いすることになるかと。キルシュさんの負担はあまり軽減されませんが……」

「その点は王宮で有りさえすれば問題ありません。ただ今日は……」


 ムラタとキルシュが互いに言葉を濁しながら、ある方向に会話の流れを向けようとしていた。


 それを敏感に察したのがマドーラである。

 まなじりを決して、キルシュをジッと見つめる。


 この日の彼女は大人しかった。


 皆を引っ張り回すような散策もせず、ひたすらジッとしていた。

 何よりキルシュを感激させたのは、ドレスを着ているということかも知れない。


 だが彼女の思惑はあまりにも見え透いていた。

 そしてこの点では、特にメイルが共犯関係にあるのだ。


 この休暇で、キルシュが思った以上に苦労している点。

 それは風呂である。


 例え「セイアー」別館が、格式を保った施設であってもムラタがでっち上げる風呂に敵うはずも無い。

 その点をキルシュがムラタに相談したところ、思った以上にムラタが親身になった。


「旅先で風呂が楽しめないなんてことは物理的にあり得ない」


 と、キルシュにとっては謎の言葉を呟きながら朝から何事かやり始めた。

 「セイア-」の担当に内庭の一角を借り、その場にテント、樽、水の入った桶を用意させた。

 そこから壊れスキルでもって“風呂場”をでっち上げる。

 

 外観は普通と言っても差し支えは無いだろう。


 だがその中身。


 総檜造りだからこそ可能な、芳しい香りが訪問者を歓迎する。


 そして大きすぎるかに思える湯船。その湯船に浸かったときの浮遊感は、想像の中にある内から魅了して止まない。

 さらに壁一面には大きなガラス。

 これがまた開放感を刺激する。


 確実にやり過ぎである。

 だがムラタを責めるのは酷だろう。

 日本人であれば、どう足掻いても「旅先の風呂」となればこういう物を想像してしまうに違いない。


 そしてこれに魅了されたのがマドーラである。

 さらには、身体を動かしたくてたまらなかったメイル。


 ここ最近、王宮での恵まれた風呂に甘えきっていた彼女にとっては、この風呂場の出現はまさに天佑。

 いやそれ以上に無くてはならないもの。


 マドーラの警護体勢を改めて確認するのも大事であるし、その点もメイルの気持ちに嘘は無い。

 だが、その先にこの風呂に浸かりたいという欲求があったことは否めない。


 いや、彼女がムラタに負けたあと、やけにさばさばしていたのは風呂に気を取られて、気もそぞろであったためか。


「……とにかく、警護に向いた武器をちゃんと考えてからだ」

「殿下も、陽が落ちるまではいけませんよ。あんな明け透けな……」


 魅力的な施設を作り出した2人が、不条理にもそれを使わないように求めている。

 だが、それに対してマドーラとメイルは反論しなかった。

 それどころかそれで言質を取ったと確信したのか、笑顔を浮かべている。


 その笑顔を見てムラタは小さな声で呟いた。


「温泉回を外させない……これも女神(あのバカ)の陰謀か」


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