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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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仕切り直し

 心なしか、ムラタの顔色がよくなったような気もする。

 タバコに灯る火も赤い。

 何よりも笑顔だ。


 “陰謀”と言われて、こんな風になるのであるから3人娘が引いてしまうのも仕方あるまい。

 ムラタは、そんな中ぬけぬけとこう言い放った。


「……いや、実際に陰謀らしきものは行ってないんだ。それが陰謀の形に成っていると嬉しいんだけどね」


 “陰謀になっていると嬉しい”

 聞くだに人でなしの台詞である

 それだけに、すぐに理解出来なくとも仕方ないであろう。


「どういうこと?」


 流石にメイルが尋ね返した。

 ムラタは意気揚々とこう返す。


「うん。例えば日頃悪巧みばかりして、何かを企んでいる人物がいるとする」

「“例えば”……?」

「……ムラタのことだね」


 すぐさまクラリッサとアニカからツッコミが入ったが、ムラタは気にしなかった。


「こういう人物が、大人しくしているだけで周囲は勝手に陰謀があると思って自滅する――そう言われてるんだ」

「しかしムラタ殿は、忙しく動いていたでは無いか」


 例えば、という部分はクラリッサの頭の中で勝手にオミットされたらしい。

 ムラタは肩をすくめた。


「アレは陰謀でも何でも無いですよ。今後のことをを考えて前倒しで色々してただけ」

「休暇になってないじゃ無い」

「そこが問題なんだが、その辺の区別が俺には出来ないらしい」


 メイルのツッコミに、何やら哀しいことを言いだしたムラタ。

 だがその口は止まらない。


「例えば馬車の改造は必要にかられてやったことだ。マウリッツ子爵領に向かうのに必要だからな」

「あ~うん。それは何となくわかってた。あれはあたし達も有り難かったし」


「だからそれは仕事の一環と考えてもいいだろう――だが俺は改造自体が楽しかったわけだ。これでも仕事か?」

「それは……」

「仕事ですよ。仕事の中に楽しみを見出す。それもまた人間の有様としては自然なことです」


 ムラタの問いかけに言い淀むアニカ。

 だがそこに自信を以てクラリッサが反論した。

 ムラタもその反論を受け止めた。


「そうですね。それは有りかも知れない。だがそれは仕事の内容によるのでは?」

「内容と言われても……確かに陰謀を仕事かと言われれば、難しいかも知れませんが」

「こんな場合もあります。俺は先ほど“天ぷら”を作っていましたが……」

「え!? あれも仕事なの?」


 突然にメイルが割り込んだ。


 だがそれも無理ないことだろう。

 先ほどまでのムラタは1人で勝手に好きなものを用意している――だけに見えていても仕方がない。


 確かに、あまり楽しそうでは無かったが……


「その区別が俺には出来ない。確かに作ったものは俺の好みだ。天つゆ用意してたんだしな」

「……“天つゆ”っていうのは、これね?」


 アニカが実物で確認する。

 そう考えると、3人で天ぷらをでっち上げたのも無駄では無いのだろう。

 ムラタもスムーズに頷いて、先に進める。


「それは俺のスキルで出したものだけど、さっきも言ったように塩で食べる方法もあるんだ。いや、別に俺の食べ方にこだわらなくてもいいんだけど」

「……ごめん。それでどうなるの? というか、どうしたいの?」

「決まってる、この地で儲けるためだ」

「は?」


 メイルの疑問はもっともなものだと思われるが、それに対するムラタの答えがさらに斜め上を行った。


「良い景色。ご当地特産の旨い食い物。これは人を集める」

「……なるほど、それは仕事」


 アニカがどこか諦めたように、ムラタの言葉を肯定する。


「だが、上手くはいってないのだろう?」

「最初から、上手く行くはずも無いし……だけど最初からあまり熱心では無いような……」

「それが、どうにも自分でもよくわからなくなって……」


 クラリッサとメイルで疑問を呈すると、今度はムラタがそれに同調してしまった。

 確かに、何かしら調子を崩しているのは間違いないらしい。


 だがその状態から回復していたのも事実。

 そのキーワードは……


「そこで、陰謀だよ。これはアニカに感謝するしか無い。やっぱり俺は目的意識を持って陰謀を巡らせた方がいいな」


 アニカが青ざめる。

 何しろ寝ていた“ムラタ”を起こしてしまったのだから。


「で、でも、黙っておくのも“陰謀”なんでしょ? 実際あたし達は、イチローの様子がおかしいことを怪しいっていうか、不気味さって言うか」


 そのアニカをフォローするためだろう。

 メイルが慌ててフォローを口にする。

 目一杯、ムラタを傷つける内容であったが、ムラタにはまったく効果が認められない。


「それはそれで有益だったが、物事は主導権を握っておいた方が安心出来る。俺は小心者なんでな……そして、それは君達に対してもだ」


 突如、ムラタの矛先が3人娘に向けられた。


「え? え? 何いきなり?」

「俺が積極的に動くなれば君達に頼む部分が多くなるからな。そのため確認……いや、整理と言った方が近い」

「整理?」

「君達を侍女として雇うことに関して、俺はそもそも反対だったんだ」

「あ……」


 確かにそんな始まりだった。

 その後、マドーラを挟んでまともなコミュニケーションも取れてなかった気もする。

 クラリッサに至っては、まともに話すことも無かったのかも知れない。


 それがここまでなし崩しな状態であったのは、ムラタの特質。

 それに加えてクラリッサの自己完結な性格。


 これらが幸いというべきかは議論の分かれるとろであるが、メイルとアニカに取っては何とも宙ぶらりんな状態であったことは否めない。


「俺は――」


 そんな中、ムラタが口を開く。


「――この状態で、目的は達成していると考えている。王宮でのギンガレー伯の影響力を排除出来れば充分なんだ。無駄に波風立てるつもりも無い」

「それは……」


「それに君達は“冒険者”だ。問題があるなら本拠地ホームを変えてしまえば良い。ギンガレー伯の影響が懸念されるとしても、君達のバックに居るのは勢力を回復した王家そのものだ。もう心配することは無いだろう?」


 そう改めて確認されると、事は終わっているかのように見える。

 だが……


「ちなみにギンガレー伯は、現在進行中でよろしくない状況だ。冒険者を勝手に使いすぎる、とね」

「ああ……そういうことになっているのか」


 クラリッサが思わず嘆息した。

 このように情報から隔絶された状態であるのは、3人がギルドに顔を出す暇が無いことに加えて、やはり王都は馴染みが無いと言うことだ。


 ムラタからもたらされたギンガレー伯についての情報に接し、反射的に彼女たちは悟った。

 自分たちもまた中途半端な状態であると言うことに。


「……恐らく君達はギンガレー伯の破滅を望んでいる」


 ムラタが切り込んだ。

 だが、もはや3人はそれを否定しない。

 

「正確に言うと“現”ギンガレー伯だな。貴族制の否定までは考えていないのだろう。とにかくあの男が気にくわない。そこまで嫌う理由は……恐らく郷土愛に近い感情なのだろうな。それに冒険者稼業への愛着」


 3人の表情が硬くなる。


「あの男は俺より先に冒険者という仕事に土足で踏み込んできたんじゃ無いか? その尻馬に乗るもの当然いたが……」

「……うん整理。本当にそれが大事みたい。だからわかる。確かにムラタの――イチローの言う通りかも」


 アニカが決意を込めて呟いた。


「で、でも、イチローは冒険者嫌いなんだよね?」

「ああ。だが君達がノウミーみたいな王都以外で冒険者稼業を続けるというなら別に問題は無い。俺が最優先で成し遂げるべきは王権の確保。つまりはマドーラの安全」


「そ、そんな事、冒険者(我ら)は殿下に叛意を持ったことは……」

「だが、マドーラが不遇であった時に何もしなかった」


 ムラタが断定する。

 確実に理不尽とも思える理屈を堂々と。

 だが、その理屈には“続き”があった。


「……これは個人の資質の問題では無くシステムの問題なんだ。今までのシステムだとマドーラを補佐するためには不充分というわけだな。この点では俺と君達と対峙する」

「だけどノウミーでなら……」


 メイルがムラタを先回りするかのように声を上げた。


「その通り。この辺りが俺と君達が手を結ぶのに丁度良い線だろう。君達はクラリッサさんが予てから口にしているように、今やっていることを仕事と割り切って貰う」

「具体的には?」


「マドーラの警護を頼む。俺はフラフラしたいんでな。王宮はもう大丈夫だと思うが、こういう出先では、まだまだ警戒は必要だ」

「……それはわかった。それで報酬は?」

「現ギンガレー伯の破滅だな。ただ殺すまではしないぞ」

「しないんだ」


「マドーラの評判が下がるからな……やはり自滅して貰おう。良い具合に勝手にそんなルートに向かっているようだし」


 そこでようやく、ムラタは火を点けたままで一服もしなかったタバコを携帯灰皿に放り込んだ。


「――ああ陰謀。ワクワクするな」

「何かを間違った気がするのは何故だろうか?」

「それは単純に間違ったんだと思うよ」


 ムラタの独白じみた言葉に、クラリッサとアニカが思わず反応してしまう。

 だが、それで恐れ入るムラタでは無い。


「とりあえず、自分たちで“天ぷら”を片付けてくれ。それが済んだら、色々打ち合わせをしよう。何心配することは無い。世の中は間違ったものを騙し騙し使っているものがほとんどなんだから」


 そう言ってのけたムラタの目が据わる――黒い瞳を煌々と輝かせながら。


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