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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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やっぱりムラタはろくでもない

 今ムラタの前にあるのは、山盛りにされた天ぷら。

 天つゆの入った小さな小鉢も忘れずに。

 そして白米。

 あとは申し訳程度にサラダ。


 ムラタは、箸を構えて手を合わせる。


「いただきます」

「あ! 何1人で食べてるのよ!?」


 絶妙のタイミングで飛び込んできたのはメイルだった。

 当然、それにはアニカもクラリッサにもくっついている。

 

 そしてムラタは遠慮もなしに顔をしかめた。


                 □


 休暇はすでに4日目に入っていた。

 一行の目的地であるラクザにも到着している。

 元より、1日半といった行程であったのだ。


 その行程も王都に比べれば自然がその姿を留めていたが、もとよりカレツク運河沿いである。

 田舎とも言えず、街とも言えないひなびた雰囲気がずっと続いていた。

 そのため1泊に使用したホテルも充分に貴族、あるいは王族の使用に耐えうる格式を有していた。


 もちろんムラタはそれで安心しない。

 なにやら得体の知れない機械アイテムで警備と毒味を請け負っていた。

 そのホテルを形式上でも丸ごと自分の所有には出来なかったらしい。

 

「馬車といい、良い予行演習になった」


 と、当の本人はご満悦であったが、逆に気持ち悪がったのはノウミー3人娘であった。

 特に、毒味に関して納得がいかないらしい。


 何しろ、ムラタのやってることは針を刺しただけなのだから。

 しかもこれに関するムラタの言葉が、いい加減というか、頼りないというか。


「これで調べることは出来るはずだ」

「“はず”?」

「元は銀食器だからな。用途は同じだ」


 そこから単純に「綺麗だから銀で作った」と考えていたメイルの認識に、ムラタが盛大にダメ出しを続けて、誤魔化されてしまう。


 恐らくこういう事も含めて“予行演習”なのだろう。

 だが、これに逆にダメ出しをしたものがある。


「ムラタさん、これは()()()休暇でもあるはずですよ」


 そう言って、いつになく厳しい面持ちで詰め寄るのはキルシュであった。

 確かに、色々と動き回っているムラタを見て、休暇だと感じるものはそうは居ないだろう。

 

「それについては色々弁明もありますが、やはり着いてから、段取りを整えてから、というのが『大人の休暇』の有様では無いでしょうか?」


 ムラタが逃げるようにそう発言したことによって、その件は一時保留となった。

 そこから相変わらずムラタは動き回っていたが、キルシュにとってマドーラ優先である事は言うまでも無いところ。


 目的地のラクザに到着し、思いの外マドーラが積極的に動いたことも大きい。

 マドーラが休暇を楽しんでいる以上、ムラタの休暇は後回しにされるのは当然のことであるのだから。


 マドーラは、やはり基本的に田舎住まいが性に合っているのかも知れない。

 ラクザはセラセナ山のふもとにある景勝地であり、王都から離れた分、さらに鄙びた雰囲気を漂わせていたが、どこかしらのんびりした雰囲気がある。


 しばらく宿泊することとなったホテル「セイアー」も、ホテルと言うよりは宿屋と思えるような趣だ。

 ただ、別館を貸し切って王宮からの客に対応しているし、当たり前に先触れがあったので準備は万端である。


 今日もマドーラの散策がスケジュールに組み込まれていたが、それもまた「セイアー」の敷地内だ。

 「セイアー」はホテルと言うよりは別荘を貸し出していると考えた方が近いのかも知れない。


 マドーラは、久しぶりの自然との触れあいに感じるところがあったらしく、朝から晩まで動きっぱなしだった。


 特に、この地方の草花に興味津々であるらしく「セイアー」が、地元の者をガイドに雇い、マドーラ

の要望に応えたこともあって、さらなる充実した時間を過ごすことになった。


 それに加えて、いつもと同じジーンズ姿が散策を容易にしていたことも大きい。

 結果マドーラは、夕食を摂ると同時に船をこぎ出して、まだ9時前だというのにすでにベッドの中だ。


 そのマドーラに付き合う形となった大人達も、かなり疲れてはいたが流石に宵の口ぐらいの時刻では、ベッドに潜り込む選択は難しい。


 キルシュはそれでもマドーラの就寝に付き合う事になったが、ノウミー3人娘はそうも行かなかったようだ。


 そもそも、マドーラが寝るときに3人も必要無いのである。

 部屋の警備に関しては、すでにムラタが手を打ってあるし……正直言って暇なのだ。


 3人がムラタを発見したのは、そういう状況下であった――


                   □


「それ何食べてるの? 出したの?」


 メイルが続けて話しかける。

 ちなみに3人とも侍女服は着ていない。

 冒険者然とした出で立ちだ。


 流石にクラリッサはスーツアーマーを着込む程では無いが、メイルと共にブレストアーマーは身につけている。

 ラクザで護衛を中心に考えるのならばこの出で立ちの方が機能的だろう。


 すでに別館に帰ってきているので持ち合わせてはいなかったが、得物もそれぞれがここまで持っている。


「出しては無い。この辺はキノコが名物らしいので、それで“天ぷら”という物を作ったんだ」

「へえ~! 食べさせてよ」

「断る」


 あまりも堂々と。

 そしてあまりもあっさりと。

 ムラタは拒否の言葉を口にした。


 もちろんそれで収まるぐらいなら、メイルも最初から言い出したりはしないだろう。


「え~? 少しぐらいいいじゃない! それに夕飯は……食べたんだったっけ?」

「ムラタは食べてないよ。正確に言うと食べてるところを見てないだけだけど」


 メイルの暴走に、アニカが釘を刺す。


「ムラタ殿。お食事の時間はどちらへ?」


 ムラタは天ぷらに箸を突き刺しながら、クラリッサの質問に答える。


「キノコの栽培について、近衛騎士達と話してました」

「騎士達と? 何故キノコの栽培に?」

「キノコを育てる……というか、そのきっかけに雷を使うんです。騎士団で魔法使える者がいないかと思って」


 言いながら、むしゃむしゃと天ぷらを食べるムラタ。


「ちょっと、欲しいんだってば!」

「作れば良いだろう。材料は揃ってるんだから」


 その点は確かにムラタの言うとおりであろう。

 何しろここは厨房なのだから。

 ムラタは、どうにか話を付けて厨房を使って天ぷらを作ったらしい。

 

 そのことに改めて気付いたらしく、ムラタの訴えはそれだけで終わらなかった。


「そもそも、俺の休暇も目的だったはずだ。つまり俺は自分の好きな物を自分で好きなだけ作って、好きなだけ食べる――それぐらいは許されても良いはずだ」


 ここまではっきりと利己的な言葉を、言ってのけるムラタ。

 そこで、3人娘も気付いた。

 ムラタがいつもの状態では無いことに。


「……“天ぷら”というのは、ざっくりというとフリッターみたいな物だ。ただし衣をかき混ぜすぎるな。それから冷やすんだ」

「冷やすの? 食材は?」

「元々氷室に入っている」


 自分でも“おかしさ”に気付いたのか、ムラタが態度を軟化させた。

 そこに変わらぬ調子で、話し続けるメイル。


 それでムラタが食べ続け、3人が天ぷらを作る流れになった。

 それでもムラタがスキルを使って、天つゆだけは1瓶用意した分だけ、けんもほろろ、であった状態からはましになっているに違いない。


「……ムラタ、キノコだけじゃなよね。その細長いのは何?」

「ナスだ」

「ナスなんだ……何て言うか、その、ご年配の方みたいな好み」


 アニカとのそんなやり取りにもムラタは構わず食べ続ける。

 自分の好みが年寄りじみていることについては反論するつもりは無いらしい。

 アニカも手応えを無くしたのか、その後は“天ぷら”をでっち上げるのに夢中になったようだ。


                □


「美味しくないよ」


 見た目は“天ぷら”に見えるそれを食した瞬間、メイルがダメ出しを開始した。


「このスープというか、付けて食べる方は美味しいわよ」

「うむ。こちらは玄妙だ」


 アニカとクラリッサが、そうフォローを入れるが“天ぷら”が基本的に旨くないという点を否定するつもりは意らしい。


「……やはり旨くないか。塩で食べる方法もあるにはあるが……」


 渋い顔のままのムラタ。


「待って。多分充分美味しいんだとは思うよ。日頃食べてる物が美味しすぎるだけだと思う」


 ムラタの言葉に動揺を始めるメイル。

 どうやら本気でムラタが本物の料理人と勘違いしてしまっていたらしい。


 素人レベルで考えると、この“天ぷら”は充分に美味しいの範疇だ。

 ……天つゆがあれば、の話になるが。


「だが……これでは名物にはならないだろうな。あのエグい匂いのキノコがあれば……もしかしたら俺はまた少数派マイノリティで旨く感じる者が多いのかも知れないし」

「ムラタ殿」


 流石にクラリッサがそれを制した。


「きちんと休めているだろうか? 何やらずっと仕事をしている印象だが」


 それはムラタも半分自覚していることなのだろう。

 何やら、元々優れない顔色がさらに悪くなっていた。


「……まぁ、マドーラは楽しんでいるようだし……」

「イチローの話をしてるんだよ」


 ムラタの言い訳を、メイルが止めた。

 だが、それで恐れ入るムラタでは無い。


 何故か1つ頷くと、その場から離れてしまうつもりらしい。

 タバコを取り出しながら席を立った。


「……ムラタ。陰謀を教えて」


 そんな中、アニカが声を出した。

 これには流石に、ムラタも足を止めた。


「別にムラタの陰謀だけじゃ無いよ。今王都で動いていることを知っておきたい。ギンガレー伯については大丈夫なの?」


 そしてアニカはさらに詰問する。

 確かに、この場に3人がいるのはギンガレー伯絡みであるし、彼女たちにはそれを知る権利がある。


 ――いや、そう強弁することは可能だというべきか。


 ムラタはそんなアニカの言い分を理解しているかどうか。

 そのままタバコを口に咥え、そして――腰を下ろした。


「……まずは、どこから始めようか。ちなみにギンガレー伯には何も無いぞ。今のところは、だが」


 言いながらムラタの口の端に笑みが閃く。


 ああ。


 ムラタはやはり()()()()()()。  


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