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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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思惑に乗る

「良いですか? 決しては気にしてはいけません」


 ムラタが、その言葉を数10回繰り返して、でっち上げられた物がある。

 王室専用“馬車”だ。


 外観は普通の馬車とそう変わらない。

 もちろん装飾は立派なものではあるが、印象としては馬車に落ち着くはずだ。


 だがしかし。


 まず車輪が違う。

 何とタイヤが装備されている。

 この辺りがムラタのこだわりなのか、必要にかられてのことかわからないが、何とチューブレスである。


 この辺りスキルの調整が上手くいっているのかわからないが、やはり暴走の類いだろう。

 ムラタは、パンクしたところでこれを簡単に直せるのだから。


 さらに外見からは見ることが出来ないが一番手を加えられているのは、所謂サスペンション部分。

 板バネを用いた衝撃緩和装置だ。


 これに対してムラタは徹底的にこだわり抜いた。

 暇を見つけて、いやそれ以上に暇が無くても馬房にやって来ては馬丁達と馬車の改良にあたった。


 いや改良かどうかは疑問が残るところだ。

 何しろワゴン部位を載せる部分に不思議な力が働いていることが判明したとき、


「こんなもの使えるはずがない」


 と、馬車自体をバラして細かく“改良”していったのだから。


 つまりは「ムラタの良いように改造する」という事が“改”“良”になるわけだ。

 そして、ムラタがGOサインを出したのが、この馬車というわけである。


「……この馬車、凄くないですか?」


 普段は言葉少ないマドーラが、一番に感想を口にしたことが馬車の異常性を物語っていた。

 マドーラと同乗する筆頭侍女のキルシュ。それにノウミー3人娘は「言葉も無い」という状態であったことも大きい。


 この異常事態をもたらしたムラタは、客車に乗り込むことは無く、運転席で馬丁と並んで座り、何やら話込んでいた。

 “改良”の間に仲良くなったらしい。

 

 そこから周囲に目を向けると、当たり前に近衛騎士達の騎乗する様子が見て取れる。

 馬車もそうであったが決して急いでいるわけではなさそうだ。


 基本的には並足ウォーク。大袈裟に言っても早足トロットがせいぜいだろう。

 こういった速度であるのは、そもそも急ぐ行程でない事が大きい。

 それに加えて一番大きいのは従騎士スクワイアが同道していることだ。


 従騎士は正規の騎士とは違い、乗馬する資格が無い。

 それもあって、徒歩で付いてきているのだ。


 まだ見習いで、しかもペーペーもいいところであるので「研修」という形態が一番近いのかも知れない。

 何しろ正規騎士の方が人数が多いのだから。


 ムラタの、


「全部まとめて、やりましょう」


 という、貧乏根性が発揮された形だ。


 そう、この旅の主たる目的は次期国王マドーラの休暇。

 目指すは、カレツク運河が流れる景勝地ラクザである。


 王都からはおよそ2日――


                        □


「ええっと、つまりですね。上の者が休まないと下の者が休みづらいと……リンカル侯が」


 そんな世迷い言を口に出したのはカルパニア伯であった。

 話すことの内容は、確かに世迷い言では無いだろう。

 だが、状況がいかにもよろしくない。


 ここは騎士団の詰め所。

 普段は鍛錬に使われていて、屋内ながらかなりの広さを誇る部屋だ。

 壁際には木剣が立てかけられている。


 そしてこの広い部屋の床一面には、ムラタが適当に調整した王都を中心とした王家直轄領の地図が広げられていた。

 3m×5m程であろうか。


 そんな風に広げられた地図にカルパニア伯はさらに詳細な情報を付け足していく。

 そうなるとムラタはその場に居合わせざるを得ない。


 そしてこの地図を有効に扱うためにルシャートも居る。

 ルシャートだけでは無く、彼女が信頼する腹心の部下……所謂、副官的な立場の騎士が2人いた。


 彼女たちが何をしているかというと、精密な地図が手に入ったと言うことで、改めて防衛計画の刷新だ。

 もちろんこれにムラタも参加する。

 基本的には戦力の再配置が主だったところだ。


 単純に重要地区への配分の見直しというだけで無く、より流動的に戦力を運用するための計画の練り直しも肝要な仕事である。

 新たな地図の働きは大きい。


「この地点ポイントとこの地点ポイントは連動出来ますね。見通しが悪いかと思ってましたが高さはほとんど同じ」


 確かに狭いが馬を走らせることもたやすい。

 となれば、ここに戦力を配分するとしてその数を抑え目にするか、あるいは連絡を密にするだけで、さらなる後方に駐屯地を形成するか。


 こういった変更が随所に施され、さらなる発見がされ、終わりが見えない、といった次第であるのだ。


 その上、カルパニア伯の情報が思い出すと同時に更新されるものだから、控えめに言って混沌カオスである。


 そういう状況下で、放たれたのが先ほどのカルパニア伯の発言だ。

 

 その瞬間、時が止まったことは言うまでも無い――ムラタも含めて。


 そして始まる状況の整理。

 まず「つまり」など言う言葉の接続性に意味は無い。

 キッパリと何が“つまり”なのかわからないからだ。


 そもそもカルパニア伯は、しばらく口を開いていない。

 ムラタとルシャートが、意見を戦わせていただけだ。


 ただそれだけに「上の者が休まないと~」という発言が出てきた理由わけは受け止めることが出来そうだ。

 お互いに、いい加減休みを取れ、と言い合っているという事実もある。


 カルパニア伯の発言の根っ子にこれがあるのならば、何ら具体性の無い発言ではあったが胸を打った可能性もある。


 そして、最後に付け足された言葉。


 ――「リンカル侯が」

 

 これで一気に胡散臭くなる。

 どこからどう受け取っても、陰謀の匂いしかしない。

 そうであるのに、わざわざそれを発表してしまうというちぐはぐさ。

 

 いったい何を受け止めれば良いのか。

 はたまた、この発言をどう解釈すべきか。

 ルシャートの副官たちも含めて、完全に見失ってしまったのだ。


 何がわからなくなったのか……それすらも見失う程に。


「……それはリンカル侯の名は出してはいけなかったのでは?」


 それでも一番に動き出したのはムラタであった。


「あ! ああ、そうでした。何故名前を言ってはならないのか理由がわかりませんので、つい」


 ……良からぬ事を考えているからだろう。


 これである程度整理出来た。

 リンカル侯は何かを企んでいる。

 そこでムラタかルシャートを誘導しようと考えた――恐らくは目標ターゲットはムラタであろう。


 だが、カルパニア伯がそれを台無しにしてしまったわけだ。


 その辺りの事情を突き詰めて尋ねていくと、


・先日の夜会の折、リンカル侯はムラタが休みを取っていない事を案じていたらしい。

・しかし、今までの経緯があるので、リンカル侯が直接そう訴えても、かえって意固地になるのではないか?


 という理由付けが為されていたらしい。


 カルパニア伯は、そのための“伝言”を請け負ってしまい、先ほど急にそれを思い出した。

 だが今は言うべきでは無かったと空気を読み、言い訳のようにリンカル侯の名を出してしまったようだ。


 これについて、カルパニア伯はこう説明する。


 それは確かにミスではあるが、しかしよくよく考えると、リンカル侯の事を隠す必要は無いのではないか? と。


 付き合いの浅い間柄では、単なる言い訳と受け取るところだが流石にムラタ達はそうとは受け取らなかった。

 カルパニア伯の性分的には、ありそうな展開だ、と。

 いわゆる“天然”の一種なのであろう。


 そのためカルパニア伯に関しては、このまま放置と言うことで自動的に足並みは揃うことになったが、それで問題が全て片づいたわけでは無い。


 まず休息問題。

 そしてリンカル侯が何やら企んでいる事が判明した事。


「とにかく少し様子を見てみますか」

「そうですね」


 お互い意地になって休息のことを持ち出さないものだから、必然的に対処されるのはリンカル侯についてだけだ。

 そこで“様子を見た”結果、様々な情報がもたらされる。

 

 まずは宮中におけるリンカル侯の派閥、その影響力がどこまであるか――あるいはどこまで残っているか。

 その目安が大体付いたところが大きい。


 初手で、カルパニア伯を用いたところで底が知れた気もするが、宮中序列が高位の者であれば自動的に頼りになる……という思考硬直にリンカル侯が陥っている可能性もかなり高い。


 その反面、どうやら今回の仕掛けは単純に偵察目的であるらしいこともわかってきた。

 とにかくムラタを休息させたい。

 そういう欲望だけが見て取れるからだ。


 マドーラと引き離すのが狙いか、とも考えたが、マドーラ込みで休息を勧める者が多く出現したわけである。


 となればマウリッツ子爵に余裕を見せつける意味合いも含めて、10日程の休息は取るべきかも知れない、と空気がそのように傾いた。


 それに加えて、上の者が休まないと下の者が休みづらい、という言葉には、目的はともかく一定量の真実が含まれていることも間違いない。


 ――斯くして、マドーラの休暇が決定した次第である。 

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