晒された笑み、隠された笑み
フジムラが差し出したのはアイスクリームだった。
それが紙製の容器に入っている。
アイデアだと思ったが、いま魔法が発動した様子はなかった。
ルコーンは恐る恐る手を差し出して確認してると、どういうわけか十分に冷えている。
フジムラは、そのあと随分華奢な真鍮製に見えるスプーンを差し出しながら、
「甘いもの、大丈夫ですか?」
と尋ねてくる。
「あ、はい」
反射的に答えてしまうルコーン。
嘘をついたわけではなかったが、いい加減な返事をしてしまったかのような罪悪感がルコーンを苛んだ。
それよりも他に確認すべき事が色々と――
「それで、先ほどの続きなんですが――よろしいですか?」
フジムラが先ほどと同じように部屋の隅に腰を下ろした。
「も、もちろんです」
身体ごと向き直ろうとするルコーンに、フジムラは手を振ってそれを制止し、
「少々、厄介なものなんですが……」
「はい」
「――王都に入る際の紹介状? そのようなものを一筆いただきたいのですが」
「それは……」
ルコーンが眉を曇らせる。
確かに思案のしどころだろう。
フジムラが問題を起こしたり、あるいはすでに犯罪者だった場合――ルコーンにまで責任問題が及ぶ。
それでも責任が自分一人で収まるなら、ここまでの面倒をかけてしまったフジムラのために、紹介状の一通ぐらいは物の数では無い。
しかしこれがパーティー全体の責任問題となると……
「……いくつか質問させていただいても良いでしょうか」
「どうぞ」
こちらは、いささかの躊躇いもなく答えるフジムラ。
それどころか、溶け出す前にアイスを食べるように促してくる。
随分、余裕があるようで、そこだけで考えればやましいところは、どこにもないようだ。
しかしルコーンも数多くの経験を積んだ、冒険者でもある。
それだけに、そういった印象だけで決めてしまう危険性も知っていた。
かといって『嘘感知』を使ってしまうのも……
ルコーンは唇を噛む。
「……まず王都に入るための身分証は? 冒険者カードが――」
「ありません」
またもや、即答するフジムラ。
しかし今回は続きがあった。
「持っていたカードを無くしたり、失効したわけではないです。そもそもギルドに入ってません」
「え!? ……それは……」
逆にルコーンは途切れ途切れに声を返すばかり。
それどころか、改めてマジマジとフジムラを見つめてしまう。
(“異邦人”……よね?)
「俺のスキルこれですから」
フジムラは苦笑を浮かべながら、部屋全体を見渡した。
「どうもスキルが不具合……と言って良いものやら。とにかくカードに記載出来なかったんですよ」
「ああ」
ルコーンが戸惑っている間に、フジムラが察しよく説明する。
確かに、この住居の有り様から見て「優れたスキル」と言うよりも「何処か壊れたスキル」の方が納得しやすい。
しかし「スキルが壊れる」ような事がありうるのか?
ルコーンはそんな話を聞いたことがなかった。もちろん、そのような人物に会ったこともない。
だがフジムラは自分のスキルの説明として、それ以上言葉を重ねる事は――
「あ、そうだ」
――しない、とルコーンが思っていた矢先、フジムラが突如口を開いた。
「アーラバイアさん、何だか他の方のスキルを確認出来るスキルがあるんですよね?」
「あ、はい」
<鑑定>スキルの中にそのようなものがある。
自分では持っていないが、かつてのパーティーメンバーの一人、ルマンが<鑑定・魔法>を持っていた。
それと同系列のスキルに<鑑定・スキル>があるのだ。
「それがどうかしましたか?」
「もし、アーラバイアさんがそれを持っておられても、俺に使用するのは辞めた方が良い。いかに俺が怪しくても」
「なぜ……いえ、もしかして――」
「はい。俺のスキルを確認した人物が人事不省に陥りました。神聖術でも回復が難しいらしく……」
「そんなことが……」
「仕方の無いことですが、俺はギルドに捕らえられしまって。で、逃げ出して今があるわけです」
「……フジムラさんが悪いわけではないでしょうに」
「そういう落ち着いた判断が出来なかったんでしょうね。そこのギルドも。そして俺も」
「フジムラさんも?」
「そうですよ。別に慌てて逃げ出す必要は無かった。だけどこちらの世界に現れてすぐの時ですから、とにかくもう不安で」
「それは無理もないでしょう」
フジムラの境遇に思わず同情してしまうルコーン。
“異邦人”の伝承はいくつか耳にしているが、ルコーンも“異邦人”の全てを知っているわけではない。
中にはフジムラのような過酷な運命に遊ばれる“異邦人”も多いのでは無いか。
(だからこそ「不具合のあるスキル」が伝わっていないのかも知れない)
そう考えると、腑に落ちる。
ルコーンは小さく頷くと、こう告げた。
「フジムラさんが身分証をお持ちでない理由は納得しました」
「助かります」
フジムラが笑顔で頷く。
その笑顔につられて、ルコーンはペンを取ろうかとも思ったが、慌てて気を引き締める。
ここからが本番といっても過言では無いのだ。
「――それで何故、こんな場所に? それに王都に向かう理由は?」
「人がいないところでこのスキルの使い方、いえ付き合い方を勉強、の方が良いかな。そのようなものを行うためですね」
1つ目の問いに即座に答えるフジムラ。
あまりにも無謀だと思ったが、先ほどのような事情であれば仕方の無いところだろう。
誰もここが危険な場所であるとフジムラに教えなかったのだから。
ルコーンも内心で冷や汗をかきながら、その説明に納得する。
現にフジムラはこうして生きているのだし、と自分で自分を納得させて続けて尋ねてみた。
「成果はありましたか?」
「さて、それが――」
フジムラは苦笑を浮かべる。
「俺一人では、いかほど上手く使えたと思っても、確認のしようが無い。先ほどアーラバイアさんが『ここは一番深い』と仰った時、自分の失敗がよくわかりましたよ。ただ勉強の甲斐あって無闇にスキルを使うことはせずに済みそうです」
「それは……十分な成果と言えるでしょう」
ルコーンとしては、そう答えるしかない。
それこそ、自分が知るスキルとは比較が出来ないほど希有なスキルだ。
それに、そのスキルを活用して、先ほどのお風呂、食事、そしてアイスクリーム。
大密林でこれらの運用が可能であるなら、どこに行っても十分使いこなせる。
未だに僅かに溶け出しただけのアイスクリームには、驚愕するしかない。
(魔法が使われたわけでもないのに、これだけの低温。スキルでこれを成し遂げ、且つその冷気が見事に遮断されている)
思わず、眉を顰めてしまうルコーン。
「どうかしましたか?」
「い、いえ。何でも無いんですよ」
フジムラの呼びかけにルコーンは慌てて、アイスを頬張る。
その冷たさが、頭をスッキリさせてくれた。
ルコーンが、話を元に戻す。
「では、王都に行くのは?」
「スキルに関する練習も終わった事ですし、迷惑にもならないでしょう。その上で、影向について調べたく思いまして」
「影向を……?」
「ええ。まずは過去のデータを調べるべきかなと思いまして。で、あるならばやはり王都でしょう」
手段に関しては同意出来る。
問題は動機だ。
ルコーンは訝しむ。
なぜ、いきなり影向なのか?
いきなりこんな大密林を訪れたなら、影向を知る機会が無かったのでは無いか?
そこまで考えが及んだ時、先ほどのフジムラの言葉を思い出す。
――神聖術でも回復が難しい。
どうやってフジムラはこれを知ったのか。
恐らく実際に治療にあたった神官から話を聞いたのだろう。
そして、その究極の手段として影向を知ったフジムラは……
「まさか……倒れた方を癒やすため?」
ルコーンの言葉に曖昧な笑みを浮かべるフジムラ。
その表情を見て、ルコーンは確信した。
たびたび、自分を気遣ってこの住居を出て行こうとするほど奥ゆかしい人物だ。
自分の行いを喧伝するような真似はしたくないに違いない。
ルコーンは大きく頷くと、こう告げた。
「では最後にこれだけ。王都で何か良からぬ事を企んではいませんよね?」
「ええ。本をあたって、もし図書館のような施設があるのなら、それが使えるように信用されなくてはいけませんから」
「そうですね。まったくその通りだと思います」
何という模範的な答えだろう。
ルコーンは満足の笑みを浮かべた。
――だから見逃したのだ。
その瞬間、フジムラが浮かべた薄ら笑いを。




