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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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馴染み未満の店で

>BOCCHI


 どうにも、この店は雨と縁がある。

 ここは以前“馴染み”になりかけていた、王都北東部にある珈琲専門店「竜胆と猫」だ。


 相変わらず、店の前の僅かなスペースではあったが、ここで少し雨宿りとなっても仕方ないだろう。

 何しろ連れがいる。


 キルシュさんだ。


 おのれ女神アティール(エロゲー神)

 侍女メイドまで手に掛けようというのか……考えれば王道か?


「とっても都会的……」


 そのキルシュさんはコーヒーカップから立ち上る湯気を何だかトロンとした眼差しで見ていた。

 マドーラについてきた侍女であるから、元は田舎娘なのだろう。

 そういった反応にも頷くところはあるが……都会的かなぁ?


 もちろん、そんな事をわざわざ言ったりはしない。

 感じ方は人それぞれだからな。


 もちろん、キルシュさんは「お休み」の最中だ。

 これが初めてでは無いから、以前仕立ててはいたのだろう。濃い緑の――それで暗い印象の無い――ドレスを着ている。


 彼女の茶色ブラウンの髪によく似合っていた。

 こう言うのって「補色」とか言うんだったかな?


 その彼女に同行している俺は、もちろん「お休み」ではない。

 ……「お休み」とか意識した事無いな。


 王都でとぐろを巻いていたときは、かなり勝手に動いていたが、ノラさんのとこに案内された以降、やる事ばっかりだったような気がする。


 それを1つずつこなしていくばかり。

 当然“休む”という概念が消失していた。

 ……これって社畜――いや王畜か。


 うわぁ、絶対に市民権を獲得出来ない単語を想像してしまったぞ。


 俺はこの店でお気に入りにしていたブレンドを一口。


 うむ旨い。


 出で立ちは、神殿に通っていたときよりもグレードを下げた感じの出で立ち。

 ケシュンで暮らしていたときの物に近いかな。

 流石に今はマントをたたんでいるが。


「このブレンドがお好きなんですね?」

「ええ」


 キルシュさんがコーヒーカップを両手で包み込むようにして尋ねてくる。


「ではこれを……」

「ですがマドーラの好みに合うかどうか」

「あ、そうですね」

「そもそも彼女は、珈琲好きなんですか?」


 年齢的にそろそろカフェインは大丈夫だと思うので、彼女が飲みたがるのは別に構わない。

 こういう文化の結晶に触れるのも良い事だろう。


 いざとなれば砂糖にミルクという荒技もある。


「殿下はまだ好みがはっきりわかる程に飲んではおられないかと……」

「そうですね。取りあえずの基準として……俺の好みだとは言わないでくださいよ」

「どうしてですか?」

「自分の判断に自信を持って欲しいからですが……彼女には要らぬお世話ですね」


 その点には確信がある。

 その一方で確信できない思いを俺は抱えていた。


 キルシュさんは「お休み」である。

 その護衛に俺が同行する。


 つまり王宮には、マドーラと俺に含むところがある冒険者侍女が残されているわけだ。

 当然、近衛騎士もいるわけだが、侍女ともなればマドーラとの距離は近い。

 凶行に及んだ場合、恐らく防ぐ術が無い。


 ……そうなったら……逃げる……いや、神聖術が何とかするのか?


 ただあの3人が、そういう手段に出る可能性はほとんど無いだろう。

 何しろ、初対面の胡散くさいを男を助けたぐらい、人が良い2人に堅物が1人。


 どう考えても“女の子”を害する選択を選びそうに思えない。


 仮に、あのバカが何か仕掛けていたとしていたなら、同じ仕掛けでマドーラを守るだろう。

 何しろ今の俺は、あのバカの思惑に乗っている“はず”なのだから。


 ……うう、やはり確実な部分が無いな。


「ムラタさんは、他にご用事は?」

「……すいません。俺の用事に付き合って貰って」

「い、いえ、私にも他に行く当てありませんし……」


 実はここに来る前に「ガーディアンズ」達がこの地区に借りたという部屋――というか、家に寄っている。


 それは彼らの要求と、俺の要求が重なった結果だ。


 彼ら、と言うかあの双子の要求するのはゲーム機である。

 一方で俺は、これを単純に渡したくない――と言うか拡散させたくは無い。


 そもそも俺の住居ねぐらでっち上げが無いと、電源の問題があるしな。

 そうとなればホテル住まいは絶対に却下だ。


 ……そんなわけで住居の用意を要求したがあっさりと、用意されてしまった。


 そうとなれば俺がばっくれるのも問題がある。

 何しろ現在、冒険者とは微妙な対立関係中だ。


 明確に俺の発言を聞いているのは、3人娘だけのはずだが、すでに貧民街でのスカウトは周知の事実だ。


 となれば、勘の良い冒険者なら気付く者もいるだろう。

 そして最高位者ハイエンドと言われるようなパーティーなら尚更。


 こうなれば、ばっくれるのとは反対にしてやろう、と言う事で家全部を大改造してやった。

 もともと6人でしばらく使うつもりでもあったのか、広さは充分。


 ……所有権がどうなっているのかわからないが、実際俺の物、という建前が通じたのだから、何かしら理屈が通ったのだろう。


 本当に彼らが家を買い上げていた場合は、考えるまでもなく理屈はクリアだ。


 大改造した後、台所、風呂場、トイレ、その他諸々の使い方についてキルシュさんに。

 俺はしばらく保つように、ゲーム機の使用方法と遊び方を双子にレクチャー。


 流石に食料の面倒まではみなかったが、そんな義理も無いしな。

 あとは双子相手に、適当に遊んでみせればOK。


 ……やはり対戦格闘がツボにはまったか。


 俺としては2Dにハマって欲しかったが……いやまだまだ猶予がある。

 このままで行けばこの双子は間違いなく「廃人」だ。

 こいつらなら間違いなく行ける。


 沼の深淵へと。


「こんなにお世話になってしまって……」


 自分でもわかる程、悪い笑顔を浮かべていた俺に、ルコーンさんが俺の思惑にも気付かず礼をしてくれた。


 ――礼。


 そうか良い事をしたように見えるのか。

 

 それを引き上げの契機と見て、俺はさっさと辞する事に決めた。

 ルコーンさんが相手をしてくれたのは、この住居ねぐらを一度経験しているからであろう。


 他に面子はわかりやすく目を白黒させていたし……双子を除いて。


「……あの人達って、凄腕の冒険者なんですよね?」

「らしいですね」

「これは……いえムラタさんの方が凄いんでしょう、きっと」


 そう言いながら、キルシュさんがようやく珈琲に口を付けた。

 実は猫舌なのだろうか?


「それよりもキルシュさん、他に行きたいところは無いんですか? マドーラのため、という前提で動くのは結構な事だと思うんですが、俺も不調法なもので」

「そう……なんですが、私も王都ここがよくわかりませんし」


 確かになぁ。

 珈琲買いに行くだけでも上出来の部類なのかも知れない。


 俺が、二の句戦線からも撤退することを示すために、コーヒーカップを呷っていると、代わりにキルシュさんが繋いでくれた。


「あ、あれは興味があります。殿下とは関係ないのですが……」

「全然、構いませんよ。それもまたマドーラの視野を広げる事になるでしょうし」


 やはりキルシュさんがマドーラに与える影響は大きい。

 このまま行ったら、双子より先にマドーラが廃人としてゴールしてしまう可能性もある。


 ……いや、その前に、もう手遅れの可能性も……


王都ここで流行っているらしいんですよ。ええっと“講義”と言うんでしたか」

「はう」


「は?」


「――どうかされましたか?」

「いえ、何かおかしかったような……」


 おかしかったよ!


 「ほう」と余裕の返事をしたつもりが、なんだよ「はう」って。

 俺は語尾がおかしな半端な萌えキャラか!?


 珈琲は吹き出さなかった。

 カップとソーサーで音を立てる事にも気を付けた。


 まさかの裏切りは俺の舌と唇。


 何とか誤魔化しきるしか無い。

 というか、その“講義”とやらにも間違いなく興味がある。


「それで、その講義というのは?」

「あ、はい、以前ドレスを仕立てに行ったときに、そこのお店の方から聞いたんですよ」

「ほほう」


 よし今度は上手く行ったぞ。

 講義とは間違いなく“あの”講義の事だろう。


 そして有閑マダムが顔を出しそうな婦人服の仕立てを請け負う店舗。

 間違いなく、関連があるな。


 それに加えて、キルシュさんは田舎娘。

 都会のきらびやかさに惹かれる部分があるというなら、あの講義に興味を持ったとしても仕方あるまい。


 何かの陰謀に絡み取られているような気もするが、ここはこう返事をするしかあるまい。


「その講義について調べてみましょうか?」

「え? でも……」


「また仕事に絡めて申し訳ありませんが王都の流行を調べる事は必要ですし」

「そうなんですね……」


「調べた結果、キルシュさんがお望みなら行ってくださればよろしいかと。そもそも貴女に自由に過ごして貰うための“お休み”ですから」


 そう言ってみるとキルシュさんの頬に喜色が浮かんだ。

 これは多分、良い事……?


「あ、小やみになってきましたよ。仰るとおり通り雨だったみたいです」


 確かに雲の隙間から光りが覗き始めている。

 このまま晴れていくのだろう。


「では少し早いですが戻りますか」

「はい」


 ……だけど、俺の心は土砂降りだ。


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