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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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カルパニア伯の狼狽

「カルパニア伯」

「は、はい……」

「爵位を弟御に継がせる事は出来ませんか?」


 ここはムラタでっち上げた、マドーラと暮らす部屋である。

 謂わば王の私室であるわけだが、そこにカルパニア伯を迎え入れたのは単純により高レベルの機密を求めたからだ。


 魔法相手にも、ムラタが()()()()で部屋に手を入れている。

 それに見られるぐらいの事は、この場合問題にはならない。

 

 そういう風に改めて整理してしまうと、この部屋の方が随分と都合がよかった。

 物理的な手段に関しては、この王宮で一番のセキュリティがある事は間違いない。


 部屋にいるのはムラタ、マドーラ。

 カルパニア伯の問題について優先順位変更を余儀なくされたルシャート。

 もちろん、問題のカルパニア伯。

 そして今日の当番であるキルシュ、アニカという2人の侍女だ。


 時刻は午後2時。

 午前中の政務を終わらせたマドーラは、アニカを相手に「ボン○ーマン」のタイマン勝負中だ。


 2人の腕は伯仲している。


 よって、いつまで経っても終わる事が出来ないスパイラルに陥っていた。

 ムラタからは、後でまとめて説明すると言われていたので、そのつもりで始めた勝負だったがそれもどうなることか……

 どう考えても今から異常事態が始まろうとしているようにしか思えないからだ。


 テーブルに腰掛けるのは昨晩と同じように、カルパニア伯とルシャート。

 ムラタはいつもの通り立ったまま。


 キルシュはお盆を抱えて、何かしら諦観の様相。

 ここ3ヶ月の生活が彼女を鍛え上げてしまったのだろう。


 ちなみに今回は全員が平服に近い出で立ちだ。

 侍女2人は言うまでも無く、ムラタは異世界風。


 ルシャートはグレーの平服で、カルパニア伯も仕立ての良さは窺えるが若草色の上着を纏っただけで装飾は少ない。

 言われたままに“大人しい”出で立ちを選択しているらしい。


 問題はマドーラなのだが……キルシュが諦観の表情を浮かべているのも、いつも通り彼女が原因だ。

 何とかジャージ姿を回避出来た分、キルシュの功績は大きい。


 何とかジーンズ姿をキープする事が出来ている。


「わ、私はしゃ、爵位に相応しくありませんか? し、し、下書きはちゃんと……」


 突然のムラタによる通達に、さしものカルパニア伯も声を上げた。

 途端、そのムラタが深々と頭を下げる。


「――すいません。焦りすぎました。逆に貴方が優秀すぎるから、お願いしてるんです」

「は……?」

「それと機密保持ですね」


 ルシャートが言葉を添えた。

 ムラタが恨みがましい眼でルシャートを見やる。

 台詞を取られたとでも思っているのだろう。


「ど、どういうことなんですか?」

「それを説明するのは実は簡単なんです。俺のスキルを披露してしまえば良い」

「じゃあ……」


「だけどそれを見てしまえば、貴方は引き返せなくなる。正確に言うとスキルによってでっち上げられた物をご覧に……」


 そこでムラタの言葉が止まる。

 部屋の中で「ボン○ーマン」による爆発音だけが響いた。


「……私も、その方が良い結果を生み出すと思いますよ、ええ」


 キルシュが淹れてくれた紅茶に優雅に口を付けながらルシャートが告げる。

 ムラタは尚も反応しなかったが、ようやくのことで口を開いた。


「先に……先に確認させて下さい。下書きは回収出来たんですか?」

「は、はい! 昨晩すぐに帰って回収しました。それ以前は焼却したと……」


 最初は元気よく。そして段々と尻すぼみになってゆくカルパニア伯。

 ムラタは咎める風でも無く、ゆっくりと頷いた。


「十分です。そして、昨晩貴方が置いていった地図がこちらです」


 ムラタは懐からカルパニア伯が持ってきた地図を丸めた物を取り出した。

 そしてそのまま広げる。


「この地図の所有者は、マドーラ。そのマドーラから所有権を貰いました。そのため、俺のスキルに掛かればこういうことが出来る」


 言いながら、ムラタはマドーラとアニカが遊ぶ広間……日頃ムラタが過ごしている、少しだけ高くなっている部分に地図を広げた。


 元々、小さな地図では無い。

 だがそれが広間に広げられた時に、その大きさが変化した。

 A3相当の用紙が、一気に畳一畳ほどの大きさに広がったのだ。


「こ、これは……」

「これが俺のスキルのデタラメなところです。問題は大きさじゃ無くて地図の中身なんですが……」


 地図の変化によって、呆気にとられているカルパニア伯にさらなる追撃が繰り出される。

 伯以外が大人しいままなのは、すでにこの変化を目にしているからであろう。


「………本当に地図…いや、これは間違いないです。この囲むような線は一帯?」

「それは“等高線”と言います。この辺りが丘ですね。で、この道が比較的平坦で――」

「なるほど! 高さを表してるんですね……と言う事は間が詰まっている方が急なんだ」

「流石に理解が早い」

「いえ、この地図が凄すぎるんですよ。慣れてくれば頭の中にこの景色が浮かんできます」


 この伯の言葉に、思わず振り返ったのはマドーラとアニカだった。

 「ボン○ーマン」を中断して、問題の地図をしげしげと眺める。


「言ったろ? 凄い人はこれで充分なんだって。ルシャートさんも大丈夫なんだし」


 紅茶を啜りながら、ルシャートは軽く手を上げて見せた。

 大丈夫らしい。


「……でもムラタさんは……」

「俺は凄くないんだ」

「あんなもの作っておいて……」


 アニカから恨み言のような声音でツッコまれるムラタ。

 だが、それに反応したのはカルパニア伯だった?


「どういうことですか?」

「いや……えーっと、ここまでやった以上見せた方が早いな。この地図はもう一段階“上”があるみたいなんですよ」

「“上”?」


 その言葉の意味もよくわからなかったが、どこか他人事のようなムラタの言い方も腑に落ちない。

 カルパニア伯は首を捻る。


「ちょっと失礼」


 そんなカルパニア伯の前で、ムラタは地図の端をつまみ上げた。

 途端――


 地図がまたもや変化した。

 大きさは同じだったが、今度の変化は縦。


 地図は()()へと変化したのだ。それについてムラタが口にした言葉が「3D」である。

 この言葉がいかなる意味を持つのか? ――ムラタが早々に諦めたのは言うまでも無い。


 カルパニア伯はまさに「言葉も無い」という状態だった。

 ゴクリと生唾を飲み込み、恐る恐る地図に手を出し、どういうわけか――あるいは貴族であるからか――小指の先でつついてみる。

 そしてそこに、実在しているのを確認すると、四つん這いで地図の周りを回り始めた。


「……やはり、この状態は不便ですね」


 そんなカルパニア伯の様子を見ていたルシャートが独り言のように呟いた。

 言うまでも無い事だが、この地図では地形の起伏によって死角が出来上がってしまう。

 それをルシャートは嫌ったのだ。


「ですが、この状態であれば説明もしやすいです」


 そこに反論したのがアニカである。

 地元ノウミーにおいて、事実上の参謀として指揮を執った彼女である。

 この地図があれば、指示を出すのにわかりやすく、また説得力も倍増――いやそれ以上であろう。

 

 どちらの主張も、頷く部分がそれぞれにある。

 が、カルパニア伯はその論戦に参加せず、ムラタにこう尋ねた。


「ムラタ殿、これ持ち運びは?」

「気付かれてしまいましたか」


 ムラタは笑いながら地図を無造作に丸め始めた。

 どう考えても丸まるはずが無い。何しろ地図は立体なのだから。

 この状態を“異世界”に馴染みの無い言葉――「3D」が代表例――を用いるなら、


「物理的にあり得ない」


 が適当なところであろう。


「そ、それで、ひ、広げると?」

「元通りです」


 そのムラタの言葉通りに、地図は再び「3D」の佇まいを取り戻した。


「流石に旅慣れていらっしゃる。四六時中地図を広げっぱなし、というわけには出来ませんからね」


 これにはルシャートも、旅慣れているはずのアニカも思わず赤面した。

 地図の異常さに、想定があまりにも杜撰だった事に気付かされたのだ。


「そう……そうなんですが、これは凄い。いや、本当にムラタ殿のスキルは優秀……」

「貴方もそこで間違っておられる」


 そして最後にムラタのダメ出しを食らったのがカルパニア伯であった。

 いや、これはダメ出しでは無いのだろう。


 そもそも、この地図を前にして一番冷静に――あるいは貪欲に情報を収集したのは間違いなくカルパニア伯である。

 それがわからぬムラタでないし、それを咎めるなどということはさらにあり得ない。

 

 だがムラタの表情は厳しい。

 四つん這いのままのカルパニア伯に目線を合わせて、ムラタはこう告げた。


「――本当に優秀なのは貴方ですカルパニア伯。貴方はご自身の価値について無自覚すぎる」


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