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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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停滞との付き合い方

 カルパニア伯が自分でオチをつけて退場する、その日――


 カルパニア伯が登城してくる前にも、問題が積み上がりつつあった。

 いや、政務という物はすべからくそういうものであるから、正確に言うと問題が厄介さを増したと言うべきだろう。


 マウリッツ子爵領に、使者として出向いていた事務官が今、ムラタとマドーラの前にいる。

 顔を真っ青にして。


                   □


 問題と言うことになれば、ムラタがさっさと片付けそうな物だが、ここで対立している人物がいる。

 王国で、そんな事が出来るのはただ1人。


 ――次期国王マドーラである。


 問題は簡単に言うと、マウリッツ子爵引退についてである。


 すでに王命は発せられていた。

 となれば、臣下たる者粛々とそれに従うべきなのであるが、それも王命を受け取って後、と言う“建前”がある。

 公然と見過ごされてきた、不具合と言うべきか。


 使者はマウリッツ子爵に面会を申し込むのだが、病気を理由にそれを拒まれる。

 もちろん仮病だろう。


 だがこれは、古い伝統を持つ手法でもある。


 さすがは学識豊か、となるか、悪用の最たるものと捉えるべきか。

 とにかくこうなっては、身分を持っていない書記官、あるいは近衛騎士では太刀打ち出来ない。


 虚しく引き返す事都合3回。

 それでも、まだ思い切った手を打つべきでは無い。まだまだ序の口、という意見が大多数を示していた。


 時間にすれば僅か3ヶ月。

 それに加えて、王都では改革の真っ最中である。


 いかなムラタでも、これでは動きづらいと考えている層が存在しているのか、あるいは単に面倒ごとを嫌っただけなのか。

 マドーラの言もあるし、これによって災いが自分の身に及ばないと楽観視しているのか。

 はたまた、ここでムラタの力を見定めようという心づもりがあるのか。


 ムラタにしてみればその全ての思惑が鬱陶しい事この上ないのである。

 それでも、ムラタが堪えているのは2つの要素のためだ。


 実は以前の御前会議の様子をムラタはしっかりと“録画”していた。

 あの椅子を“改造”する時にそういった機能を持たせてあったのだ。

 

 それによって改めて俯瞰して見る、実は13人もいた出席者達。

 具体的な発言に及んだものは少なかったが、それでも表情、仕草、目線。

 さらけ出されている情報は実に多い。


 これをマドーラの“教育”に活用する。

 それと同時に、その力関係、人間関係などを精査する上でも重要だったのだ。

 この情報にマウリッツ子爵の反抗という状況を重ね合わせると……


 控えめに言ってかなり面白い。

 こういった関係性を洗い出すのに時間がかかること。

 それがムラタがすぐに動かない理由の1つ目だ。


 もう1つは、諜報組織の設立及び熟達という狙いだ。

 これは、まったく進んでいない。

 というか、どのように進めれば良いのか、その見当も付いていない有様だ。


 そもそもムラタには近衛騎士団にそういう別部門を作りたい、という希望がある。

 それもムラタに取って優先順位が高いのは、諜報は諜報でも“防諜”なのであるから。

 王家を護る、という仕事となれば当然こういった仕事も含まれる、というのがムラタの主張だ。

 

 だがこれに難色を示したのがルシャートである。

 その理由は単純に、手が回らない。


 そしてルシャートがそういった部門を扱う事に対して、不安があるという心理的な問題。

 ルシャートは武人としてマドーラに仕えているのであるから、やはり専門外であるという意識が働いてしまうのだろう。


 このあまりもな正論で、流石にムラタも無茶は言えなかった。

 結果として、半ば頓挫状態なのであるが、それを覆すべき方法も見あたらない。


 いや、こういう場合の常套手段があるわけだが……未だそこまではお互いに言及してはいない。


 ムラタとルシャートの間にも完全な信頼関係は成立していないのだ。


 むしろムラタはそれが狙い通りかも知れないが、それによって防諜については話が進んでいないのが実情である。

 この辺り、内情を知るか、あるいはそれと察する者が現れたところで、ムラタはこの方面についても問題なく手を打ってあった。


 つまり、自分は“埒外”だ――と。


 確実に逃げ道を用意してある用心深さがなんとも性格の悪さが窺える。


 それはそれとして諜報に関しても未成熟なままではマウリッツ子爵領に関しての情報収集もままならず、結果として3回も空振りしてしまったという次第である。


                     □


「……流石にこれ以上はマズいと思うんですけどね。世嗣の方はどういうおつもりなんですか? 父親に従うおつもりでおつもりで?」


 ここは謁見の間ではない。

 マドーラが政務を執り行う一室で、それほど格式張っているわけでも無かった。


 さほどの広さも無く、調度品も少ない。簡易版「謁見の間」という辺りだろうか。

 それでもマドーラの座る椅子はいつもの魔改造が施されおり、ムラタは御前会議の時に着ていた、白ラン姿である。


 ムラタがそのような出で立ちなのは、このようにマウリッツ領への使者との目通りが控えていたからだろう。

 肝心のマドーラがいつも通りジーンズ姿ではあるのだが……


「次期子爵殿下は王家への忠義を表明しております。しかしながら……」

「制度的に打つ手が無い、という事ですか」


 子爵領に使者として出向いていた事務官の報告を受けて、難しい表情で黙り込むムラタ。

 その沈黙が事務官の恐怖心を刺激していた。

 ひざまずいた上体が、そのままぺちゃんこになりそうな程折りたたまれている。


「そんなに焦らずとも良いだろう。まだ3ヶ月だ」


 その使者の横にいるハミルトンは、立ったままで暢気……いや何処か他人事のように応じていた。

 いや単純に疲労困憊していたと言い換えても良いのかも知れない。


 ムラタの改革によって一番割を食っているのは近衛騎士団で有り、その上層部の被害は最たるものだろう。

 ……これが逆なら問題であったが、上層部が一番疲弊しているのだから、ある意味健全な状態とも言える。

 で、その疲弊しているハミルトンが同行しているのは――


「帰還した者にはちゃんと休息を与えた――この報告自体が負担なんだが」


 こういう理由である。

 ムラタは肩をすくめながら応じる。


「確かに今は王都も大変ですが、それを基準にシステムを変えてしまうと……」

「そっくり返すぞムラタ。君の子爵領への対応にも同じような事が言える」


 所謂、図星を突かれた、という状態になったのだろう。

 ムラタが珍しく黙り込んだ。


「そうですね」


 そこに追撃を加えたのがマドーラだった。


「ムラタさんは少し焦っているような気がします……今は王都でもやるべき事がありますし。移住の準備は……」

「はい殿下。順調過ぎる程です。ムラタお手製の村を見てきた者たちの話が広がって、こちらの本気も十分に伝わった模様――何ともムラタの予言通り」


 何とも皮肉な笑みを浮かべながらハミルトンがマドーラに応じた。

 これでますます追い込まれたのか、ムラタの表情はさらに険しさを増した。


 だがマドーラは止まらない。


「騎士団への入団は?」

「こちらも増えていますよ。むしろ、そちらの方が大変なくらいで」

「では、何か事が起こるとしても?」

「なるほど。殿下は時間の経過によってこちらの選択肢が増える可能性を考えておられたのですね」


 ハミルトンの調子の良い言葉に、マドーラは若干引きながら答えた。


「……そういうことでいいです」

「ではせめて、現段階での動員の可能性について検討したい」


 すぐさまムラタがそうやって、無駄な抵抗を試みる。


「それはそれは。我が団長殿の職責だな。だが我々もなかなか立て込んでおりますから……」

 

 ハミルトンが恭しく応じた。ムラタがそれに対して渋面を崩さずに追撃を試みる。


「遅くなっても構いません。何も行動を起こさないでいるという状態が問題なのですから――ルシャートさんには面倒を掛けますが」

「いやいやムラタ。気にする事は無い。確かに君の言う事にも一理ある」


 爽やかな笑顔を浮かべるハミルトン。

 ムラタはその笑顔を見て、無益な事だと知りながらこう尋ねざるを得なかった。


「……本音は?」

「人が忙しくしているのを見る事が、何よりの良薬だ」


 良い具合に、性格が茹だっている。

 ムラタは面倒そうに手を振り、マドーラからは「ご苦労様でした」と退去を許す言葉が発せられ、一端の区切りはついた。


                   □


「……それで君の本音は?」

「ムラタさんがいなくなった後の事です」


 椅子の働きで遮音した状態になった事を確認したムラタがマドーラに尋ねる。

 今、少しばかり仕事は残っているが、ムラタとしては早急に確認したかったのだろう。


 この部屋には、当然のことながら2人以外の事務官がいる。


 だが、それを排除したという事で、マドーラにもムラタがどのレベルの解答を期待しているのかはすぐにわかる。


 そしてマドーラの解答に過不足は無く、ムラタもすぐに彼女が子爵領への扱いを遅らせている真意に気付いた。


「……俺という締め付けが無くなった後が心配か。確かに締め付けすぎた後の反動はあるかも知れない」


 タバコを咥えながら、ムラタが応じる。

 マドーラはそんなムラタを見ながら頷いた。


「だがマドーラ。このままというわけにはいかないぞ。今現在、君が舐められているとなれば、その方が問題だ」

「……後回しに出来る仕事であるのにですか?」


 マドーラのその言葉で、ムラタはタバコを口から落としそうになった。

 そして、タバコを咥え直しながら、その唇を笑みの形に歪める。


 確かに子爵側から見れば、次期国王に刃向かっているように見える。

 それに対して王家は型どおりの対応を繰り返しているだけ。


 だが逆に言えば、そんな反抗など王家はまったく痛痒を感じていない、と見なす事も出来る。


 どうにも王家が苛まれた印象が強くて、全体では前者の印象が強い。

 かくいう“埒外”であるはずのムラタもそう考えていたのだから。


 ――そんな中で、マドーラが1人だけ別の景色を見ている。


「……なるほど。ここはせいぜい俺は慌てておこう。君の余裕を見せつけておく」

「余裕、なんでしょうか?」


 不思議そうにマドーラが首を傾げる。

 そんな中、ムラタが余裕を持ってタバコに火を点けた。

 そして時間を掛けて一服。


「……そういうことにしておいてくれ。そう考えると俺も随分余裕を感じる事が出来たよ――策を巡らせているときが一番心が安まるな」


 ……と言っていたムラタが、これからカルパニア伯に焦らされる事になるのだが、現段階では知るよしも無い。


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