冒険者は元から
ソニとトファン。
この2人が冒険者である事は恐らく間違いないのだろう。
だが、そこから先がよくわからない。
まず見た目から情報を拾ってみる。
ソニは薄茶色の髪で、頬に刀傷が有り体格も良い。
その斜め後ろに立つトファンは禿頭で、ソニ以上に体格がよかった。
だがこれでは、そこいらにいるチンピラと変わりは無い。
というのも、武装の類いがいかにも貧弱だからだ。
銘々が革鎧を一応着込んではいたが、あまり馴染んでいるようにも見えない。
得物はショートソードなのだろう。どうにも体格に不釣り合いのように思われる。つまり――
「君達はギルドに登録したばかりではないのか?」
クラリッサが単刀直入に尋ねた。
今は侍女姿とはいえ、彼女も冒険者ではある。
それなりの勘が働いても不思議は無い。
「そうだと思う。それなのにパーティー内で喧嘩別れしたところだと思うよ」
「そうなのか?」
そこにメイルが注釈を追加した。
元々、彼女たちが貧民街に来た理由は、こういった手合いを相手にするためでもある。
それが影響しているのか、まったく遠慮が無い。
ただ自己紹介をしただけで、ここまで言われてはソニ達も立つ瀬が無いであろう。
だが、メイルの口は止まらない。
「見たところ職業が同じだもの。この状態でギルドが仕事を斡旋するとは思えない。多分お金も無いね。成功報酬で揉めたのが原因かな?」
グッ……とソニが唇を噛んだ。
図星らしい。
「それで一時金目当てか。ま、予想の範疇ではあるが――申し訳ない。少しお話を聞かせて貰っても?」
ムラタが割り込んできた。
「そちらの事情は先ほどメイルが――そう赤髪の彼女です――指摘した感じで大体当たっているんですか?」
いつも通り、あくまで丁寧に話しかける。
この状態ではソニ達も強引に話を続けられない。
そもそもメイル達の力量が自分たちとは隔絶していることは、彼らにも見て取れた。
武装こそしてないが、この状態でも彼らに勝ち目は無い。
それでも自棄になってキレてしまうことはできた。
元々そういった性質である事が彼らを追い込んでいる。
だが先に待ち構えているのが破滅だったとしても、それでも言いたいだけ言ってのける事も出来た。
しかしムラタの対応では、そのきっかけが掴めない。
その上――
「この人達が農村に行って、やりたいことってなんでしょう?」
マドーラまで参加してきた。
本来ならソニがここで反応すべきなんだろうが、当たり前に言葉に詰まる。
そしてムラタが悠々と答えた。
「お金が目当てだから、そこまでは考えてないと思うぞ」
「それでも、何かこう……言い訳みたいなものを用意してるんじゃ無いかと……」
「それは“建前”という言葉になるんだ。それを聞きたいのか?」
「建前……はい。それでもしかしたら、何か思いも寄らぬ……本当に必要な仕事があるかも知れないし……」
どんどんソニ達のハードルが上がってゆく。
だが、確かにマドーラの指摘は周囲の大人達の意表を突いていた。
メイル、クラリッサは驚きに目を見張り、マドーラの側で腰掛けるフォーリナは今にも拝みだし
そうな勢いだ。
他の手続きのためにその場を離れていた、ギンガレー伯とペルニッツ子爵がいかような反応を示すか。
あるいはムラタの反応が、彼らに一番似た反応だったのかも知れない。
「……貪欲だな、君は」
ムラタは呆れたように、マドーラを見つめていた。
「確かにこの計画の成功率を上げるには、そのぐらいの心構えであった方が良いのかも知れないな」
「お、おい、本当に……」
ようやくのことでソニが声を出す事が出来た。
背後のトファンは、一言も発しないまま脂汗を流している。
「ほ、本当にお姫様なのか?」
「ああ、なるほど。そこから上手く伝わってないんですね。ええ、彼女はこの国の次期国王で間違いないですよ」
「だけど、アンタの言葉遣いが……」
「ああ、それもありましたか」
他人事のようにムラタはその指摘を受け流してしまう。
いや受け流すどころか反撃した。
「それよりも本物だからこそ、この募集に真剣であるという事がおわかりいただけたかと――さぁ、あなた方はどのようなお仕事を為さるおつもりで?」
笑顔のままソニ達に詰め寄るムラタ。
さらに――
「どうぞ落ち着いて下さい。殿下は決してあなた達を無下に扱う事はありません。及ばずながら、それは私も同様です」
「あ、アンタは……」
「聖堂の最高司祭です」
ムラタがまるでナイフを首元に当てるように、そっと囁いた。
これで完全にソニ達の進退は極まる。
何が何でも、何かしらをでっち上げるしか無い。
当たり前に彼らは、周囲が期待するような考えは無いのだから。
そもそも農村にすら行くつもりは無かった。
適当に金をちょろまかして、後はばっくれるだけ。
そんな程度の認識で、申し込みに来たのである。
なんとか言い訳を紡ごうとするが、ただ脂汗を生産するだけ。
肝心な言葉を一向に紡ぐ事が出来ない。
そして、その時は来た。
「……うむ。具体案は無い、と」
本来なら最後通牒としか思えないムラタのその言葉が、今の彼らには救いの言葉に聞こえていた。
それほど彼らは追い込まれていたのだ。
逆に、渋面になったのがアニカとクラリッサである。
これでは“冒険者”の不甲斐なさだけが証明されたようなものだからだ。
だが、冒険者排斥の意図があるムラタはそれには触れず、代わりにひたすらに護衛の任を果たしていた、近衛騎士達に目配せした。
ここまで油断無く、マドーラとフォーリナを警護していた2人うちの片方が、その場を離れる。
そして、ほとんど“すぐ”というタイムラグで、1人の鎧姿の男を引き連れて戻ってきた。
どうやら、こちらもすぐ側で控えていたらしい。
ムラタがでっち上げた、衝立の影に控えていたようだ。
「ようやくお呼びですな。なるほど彼らか……何とも鍛え甲斐があるようで」
連れてこられた男は無闇に快活な声を上げた。
鎧姿と言ってもソニ達のような革鎧でも無く、儀礼的な鎧姿でも無い。
ルシャートが指導したような鈍色の胸甲を身につけ、むき出された二の腕はかっちりと太い。
浅黒い肌と、短く刈り込んだ金髪。
「そうなんです。ま、許可はまだ取ってないんですが」
「もちろん許可は必要でしょう。どうだ君! 近衛騎士団に入ってみないか!」
出し抜けに男の勧誘が始まった。
男が肩を叩いてそうやって勧誘したのはトファンである。
もちろん男の側にいたのはソニの方なのだが、どうにも筋肉の量でどちらを誘うべきか判断しているように見えた。
「あ、念のため。もちろん彼は本物の近衛騎士団の一員です。名前は――」
「これは失礼。私の名前はクリスティンという!」
男――クリスティンがさらに明るさを押しつけながら、トファンの肩を叩く。
「こ、近衛騎士団?」
窮地を脱したかのように錯覚してしまったが、ソニ達の危機は続いていた。
それが彼らにも自覚出来たのであろう。
何しろ「近衛騎士団」という、とんでもない単語が飛び出してしまっている。
「そうだ! 何もそんなに身構える必要は無いぞ。まずは見習いからだ。合わないと思えばすぐに止める事も出来るぞ!」
そんな言葉がアテにならない事は、少しばかり人間社会で生きていればすぐにわかる事である。
それにソニ達は、そんな組織に組み込まれる事を嫌がって冒険者稼業を選んだのだ。
だが今は――
「見習いでも、しっかり食事は出ますし住む場所もあります。服は準備して貰いますけど、給金も別に支給されますよ。それで見繕えば良い事ですし」
――ムラタの説明に大きく心を動かされてしまう現状だ。
「それにちゃんと鍛えれば騎士団を止めた後でも、冒険者として有利になる!」
クリスティンがさらに畳みかけてきた。
それに、当たり前過ぎるその説得方法には作為が感じられない。
トファンがソニの肩を掴んで揺すぶった。
「そうそう。細かいところはこっちで説明しようじゃないか。さあ!」
ソニの肩を掴んだトファンの肩を、クリスティンが再び掴んでしまう。
そして結果的にクリスティンは2人とも連れて行ってしまった。
「……この調子でやるわけ?」
「魔法使いには別の担当が……」
メイルの言葉をムラタはあからさまに逸らす。
「そうじゃなくて!」
「文句を言うべき相手は俺じゃ無くて、ギルドだろう。王宮側が悪い事しているわけではなし」
手を懐の辺りでワキワキさせながら、ムラタは皮肉な笑みを閃かせる。
しかし今度は真っ正面からメイルの言葉を迎え撃った。
「こっちは職の無い奴に紹介して、それによって治安の不安要素も取り払っている――何らやましいとろも無い」
「でも……」
「戦略上で完勝しているのに、わざわざ戦術上の戦いはしない」
ムラタがそう告げたとき、その場を離れていたギンガレー伯が戻ってきた。
こうなってはメイルも矛を収めるしか無い。
このままではギンガレー伯との共闘状態になってしまう可能性がある。
そればかりは――出来ない。
敵は分裂させる。
確かにムラタの戦略に隙は無かった。
だからこそ、ムラタは悠々と言い放つのだ。
「……さぁ、色々試してみようか」
と。




