女神の使い
「お、おじさんなの? お兄ちゃんじゃ無くて?」
ムラタの宣言に、どうも女の子らしい5歳ほどの子供が聞き返した。
「……そんなにお兄ちゃんに見えるか?」
「う、うん」
その途端ムラタは、はぁ~~、と大きくため息をつきながらしゃがみ込んだ。
自分たちと同じ目線に降りてきたムラタの前に、子供達が寄ってきた。
「な、なぁ、よくわかんねぇけど、元気出せよ」
「おじさんが良いんだろ? おじさんって呼んでやるからさ」
しかも慰めてまでくれる。
「……助かるよ。だけど絶対、俺は“おじさん”だと思うんだけどなぁ」
ムラタは尚も抵抗を試みるが、子供達は顔を見合わせて何とも納得しがたい様子だ。
「あれ? お兄……じゃなかった、おじさん見た事あるよ」
「ん?」
ムラタが顔を上げて、そう言った子供に顔を向けた。
「そうか。俺の事知ってるのか。この辺までは、あまり来なかったんだけどな」
「やっぱり、ここに住んでたの?」
「そうだ。ちょっと前まで、こことは反対側に住んでたんだ」
途端、やっぱり、とか、タバコの人、とか、あそこは行っちゃいけないって言われてるんだぞ、と三々五々声が上がる。
「……じゃあ、あの一緒に来てた人達は?」
やがて、子供達から出てきたその発言に、ムラタがいち早く反応した。
「そこもちゃんと見てたんだな。アレは王様と一緒に仕事してる連中だ」
「え? そういうのってすごくえらい人達だよ」
この発言の裏にあるのは、ムラタがそんな人と一緒に行動している事に違和感を覚えたからか、はたまた自分たちが住んでいる地域が“偉くない”という諦めがあるからなのか。
ムラタは、愉快そうに首を傾げ、自分の髪を一房掴んでみせた。
「この髪の色で、知ってる事あるか?」
子供達はそれぞれ顔を見合わせて、一斉に首を振った。
ムラタは、うんうん、頷きながら、
「この髪の色はな、すごく遠くから来た人、という意味なんだ」
「そうなの~?」
「だから、この国でどれだけ偉くても俺には関係ない。全部同じだ」
これは流石に子供達もすぐには受け入れられなかったらしい。
だが子供達の中で年嵩の1人が、ムラタの言葉に思い当たるものがあった。
「に……おっちゃん、さっきも偉い人達怒ってた?」
「ああ、あれは怒ったな~」
感慨深げにムラタが顎を撫でる。
「あのままやっつけようと思ったんだけど……」
「やっつけようと思ったの!?」
子供達も驚かせる無軌道振りに、流石に声が上がる。
だがムラタは肩を落としながら、話を続けた。
「止められたよ。マドーラって言う、この国の王様に」
今度こそ子供達は目を向いた。
「王様!!」
「王様なの!?」
「お、俺、見てたぞ! あの女の子が王様?」
「あの変な格好した女の子が?」
それを聞いて、ムラタは思わず天を仰いだがもちろん何も言わなかった。
「お、おじさんは王様と知り合いなの」
子供の1人が恐る恐る尋ねてきた。
ムラタは首を縦に振った。
「本当に~」
子供達が尚も疑うが、これはムラタの胡散臭さのせいか、話す内容の胡散臭さのせいか。
だが、それでめげるムラタでは無い。
「マドーラは、俺を止めたんだ。それであの偉そうなおじさんはそれで済んだんだけど、ちょっと困った事になってな~」
「何々?」
「ここに来たのは、お前たちのお父さんお母さんに話を聞いて貰いたかったんだ。だけど、今のままだとちょっと話を聞いてくれそうも無くてな」
「お話? どんな?」
ムラタはそこで、自分が整備してきた農村の話を広げた。
自分が手がけただけあって、簡単な感想を付け足した説明には不思議な臨場感がある。
それをサポートする形になったのが年嵩の子供達だ。
「……本当の話なんだ」
王都に逃れてくる前には、農村に住んでいた者たちも多い。
そういう謂わば“経験者”を前にしても、ムラタの説明に「ボロ」は見受けられない。
「お、やっぱりわかってくれるか。マドーラは何とかここからその村に引っ越して貰いたいんだよ。もちろん無茶を言ってるのもわかってるから、お金も用意するって話なんだがなぁ」
「お金も?」
「そりゃそうだろ? 麦とか野菜がすぐに手に入るわけじゃない。そこで頑張って貰うためには、最初に必要なのはお金だ」
子供達の表情に戸惑いが浮かぶ。
ムラタはすぐに相好を崩した。
「今、俺が言った事をお父さんお母さんに言ってくれれば良いんだ。そこからどうするのかは、大人たちが決めてくれる。それよりもお前たちには自分たちがどう思ったのか、それを伝えた方が良いかもしれない」
「そうなの?」
ムラタは頷いた。
「マドーラを、助けたいと思えるかどうかだよ。助けてもいい、と思うなら一度ぐらいはお父さんお母さんに話してやってくれ。それはマドーラよりも、俺が助かる」
「おじさんが?」
「そう。この国の王様が良い事をしようとしている時に、それを助けるのが俺の役目だから」
子供達が声を失う。
その言葉から連想される事。
それは時々やって来ては、お菓子を配ってくれる、丈の長い服を着た人達。
その人たちの、難しい話。
でも、面白い話の時もあって――
「そう。俺は女神様の使いなんだ。だけどこれは内緒だぞ」
ムラタがニヤリと笑った。
□
王宮一行が貧民街に乗り込んでから、おおよそ2時間――
ようやくのことで動きが現れた。
ムラタが2組の家族らしき者たちを引き連れてやって来たのだ。
「……というわけで、よろしくお願いしますよ」
あっけらかんとムラタが告げる。
そのついでに、折りたたみ式の長机にパイプ椅子を出現させた。
それに目を見張る、王宮一行と家族。
やはりムラタを前に“異世界”人は皆、平均化されるようだ。
マドーラが1人、平然としているところも、王らしく……あるかも知れない。
「ムラタ殿……このたびはウチの者が……」
いち早く立ち直ったのは最高司祭フォーリナであった。
彼としても、いち早く詫びたかったところだったのだ。
ところがムラタが消え失せてしまっていたので、その機会を逸していたのだ。
ムラタは頷きながらそれに応じ、同時に子供達に説明する。
「いいか? この人がお菓子をくれる人の中で一番偉い人だ」
「そっか! じゃあ……」
「それは内緒だ――というわけで俺の先ほど説明を保証するのに、十分だと思います。それにマドーラもいますから。これでつまらない真似するようなら、色々と許されません」
途中で、子供達の親に向けての説明に切り替えるムラタ。
何とも忙しい事ではあるが、ここを逃せば後はないと認識している随行していた事務官たちが、それに負けない速度で動き始めた。
だが……
「実はちょっと変更したい事が出来まして――」
いきなりムラタが告げる。
途端にギンガレー伯とペルニッツ子爵がムラタに詰め寄った。
それも無理も無いところだろう。
この募集に関しては、ムラタが大枠を決めて細部を詰めたのは、この2人の仕事……という事になっている。
それなのに、ここまで募集が不調であるだけでも冷や汗ものであるのに、そもそも手配が不首尾となれば、見えてくる未来は決して楽しいものでは無いだろう。
それがわかるからこそ2人は、決死の表情でムラタに詰め寄ったのだ。
とにかく媚びでも何でも売って、ムラタの機嫌を取り持たねばならない。
あるいは貴族たちのそんな様子を見せた事が、何よりの保証なったのかも知れない。
まだ恐怖半分、疑惑半分ほどの面持ちであったが、親達はとにかく席に着いた。
「いや、致命的なミスではありませんからそれほど慌てる必要は無いですよ。移住する前に下見して貰った方が良い、という当たり前の事に今更気付いたわけで」
「し、下見?」
「あ、あ、そうか!」
ムラタの言葉に2人の表情に理解が広がった。
要は、これから住むべき場所がどんなところなのか知っておきたいという、当たり前の欲求に応える形だ。
ムラタは説明を続け、家族の中から代表者を1人選抜して下見に赴いて貰う。
もちろん、その行き帰りは近衛騎士にしっかり護衛させて安全を確保。
残った家族もしっかり保護して、一時金を先に支給する。
この辺りが、ムラタのアイデアであったが、これに対する反論も修正案も出てこなかった。
単純に、すぐに取り入れる事ができる変更だったのだろう。
だが、この好待遇振りに再び疑心暗鬼を刺激されたらしい家族たちが尻込みを始めた。
「……あの、どうしてそこまで?」
席に着いた段階でそれなりの覚悟を決めていたのだろう。
だからこそ、こうやって尋ね返す事さえもかなりの勇気が必要だったはずだ。
「それが必要だから」
不意に声が響いた。
ムラタの声では無い。
声の主はマドーラだった。
「あなた達はここに住むのでは無くて、作物を作って欲しい。それが私には必要」
マドーラは淡々と告げる。
「全部私の都合。私の都合に付き合って貰うのだから、そのための手伝いをする……おかしなところは何も無い……と思う」
女の子の言葉に、呆気にとられる家族たち。
いや、家族全員では無い。
子供達とムラタが、にんまりと笑い合っていた。
「言ったとおりだろ?」
「うん!!」
子供達の声が朗々と青空に響く。




