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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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改革のはじまり

 王宮仕様の馬車、となれば乗り心地も良いに違いない。

 ムラタはそういう期待を抱いていたが、その表情は優れなかった。

 やはりどこまでいっても、馬車は馬車でしか無い。


 振動を抑えようにも構造的な問題があるのだろう。

 あるいは“異世界”の舗装技術に原因を求めた方が良いのかも知れない。


「シャーロック・ホームズはこんな苦労をしてたんだなぁ……」


 と、傍らに座るマドーラにはっきり聞こえるような声で、ムラタは愚痴に似た独り言を呟いていた。


 御前会議から、おおよそ二月が経過している。


 必然的にマドーラもムラタにかなり慣れ、それと同時にムラタが引っ張り出す不思議な“アレコレ”にもなれて来ていた。

 だから、先ほどのムラタの愚痴だけで、


(もっと凄い乗り物があるらしい)


 と、読み取る事も出来るようになっていた。


 だが、それを口に出す事はしない。


 ムラタが持ち出す不思議なアレコレに馴染む以上に、ムラタの振る舞いに対しての信頼感がマドーラの内に形成されつつあったからだ。


 ムラタが不思議な道具を出さない以上、相応の理由はあるとマドーラは確信していた。

 ならば自分から尋ねる事は無い。


 他の者が尋ねるなら……それは好きにすれば良いだろう。


 ムラタに適当に誤魔化される事は間違いないと思うが、それを自分以外の質問者にわざわざ教えるなんて事は、ムラタに尋ねる事以上に、無駄な行動にしか思えない。


 それにマドーラにとって、他に肝心な事がある。


 ムラタは、話すときは徹底的に話し続けるが、話さないとなったら徹底的に口を開かない。


 共に過ごす時間が増えるに従って、2人揃って何も話さなかった日もままあるようになってしまった。


 最初の内は、ムラタはマドーラに語りかけようとしていたが、その内にそんな気遣い――恐らくは――はなりを潜め、ひたすら黙り込んでしまう。

 そうかと思えば、先ほどのようにいきなり独り言を発したりもするのだ。


 なかなか付き合いづらい人物である事は間違いないが、それでもマドーラには自分のやるべき事があると考えていた。


 つまりムラタがだんまりを決め込んだ事柄についても、必要だと感じたら確認を怠ってはいけないということだ。


 マドーラには不思議に感じられるのだが、どういうわけかムラタに対して「確認しなければならない」ことを一番最初に気付くのは自分である事が多い。


 ……らしい。


 そうとなれば、ムラタに沈黙で応える時と、言葉で確認する時を見極めなければならない。


 この二つは矛盾しているようで、実は根っ子は同じだ。


 ――ムラタは何時か去る。


 これが前提に有るとしっかりそれを弁えていれば、自分のやるべき事は自ずから明らかになる。

 マドーラはこれを、意識せずともやってのけているが、なかなか難事である事は間違いないだろう。


「ムラタ殿、何か言っただろうか?」


 同乗者の1人、長い髪を束ねた侍女服姿のクラリッサがムラタに尋ねたのだ。

 マドーラにとっては、あまり意味のない事ではあったが、普通であればそう尋ねてしまうのも無理も無い話だろう。


「思わず愚痴が漏れてしまいました。それより今日の準備は大丈夫ですか」

「う、うん。ちょっと不安があるが……」


「鎧の有無ですね。こればかりは仕方ないでしょう。実際には『ガーディアンズ』の面々も周囲警戒に動いて貰いますから、そうですね……マドーラの後ろで睨みをきかせて下されば、実際の荒事にはならないかと」

「いざという時はイチローが何とかするんでしょ」


 メイルが口を挟んできた。

 彼女はついに“ムラタ”呼びに慣れなかったので“イチロー”のままだ。

 そして周囲もそれを許している。


 当の本人が、


 ――名前なんか何でも良い。


 と、言い続けてはばからない男であるので、自然とそういう形になってしまった。

 だが、このメイルの態度には不満があったようで、ムラタは顔をしかめる。


「それじゃ困るぞ。しっかり警護してくれ。ちゃんと2人の得物も持ってきてるんだ。アニカに遠慮して貰ったのは、2人の戦い方の方がとっさの時に対応しやすいと思ったからなんだし――お飾りを連れて行くつもりは無いぞ」


 何度も説明された事でもある。


 それでも尚、メイルが抵抗するのは相変わらず侍女の格好を強要される事について不満があるのか、はたまた交換条件であるギンガレー伯への働きかけに疑問があるのか。

 どちらにしろこの場で、言い出す事では無い。


「メイル。“冒険者”であるなら、とにかく一度は引き受けたんだ。仕事はすべきだと思うんだがな」


 その点ではクラリッサの方がよほど物わかりが良い。

 

「その“冒険者”もさぁ……」


 メイルの不満はやはりムラタに因る“冒険者”排斥が一番にあるようだ。

 しかも、自分が片棒を担ぐ事になる事に割り切れないものがあるのだろう。


 だが、それこそこの状態で不満を並べても仕方がない。


 ムラタもそれ以上の説明の必要を感じなかったようで、それ以上口を開く事は無かった。

 そんなムラタの様子からは、何か諦めに似た感情が見えたようではあるが……


 取りあえず、馬車とはいえ距離を取り合える広さがあった事を幸いと考えるべきだろう。


 ムラタ、マドーラ、メイル、そしてクラリッサ。


 それぞれ2人ずつ向かい合わせに腰掛けているが、足を伸ばすのに十分な余裕がある。

 警護のために窓は小さかったが、その分、内装は豪華だ。

 革製のソファのような座席も、それはそれで座り心地は良い。

 

 赤いビロード地で覆われた車内にはある程度の静音性があったのか、やがて静けさが戻ってくる。

 小さな窓から見えるのは、馬車と並行して進む乗騎した近衛騎士。

 そして、一定のリズムを奏でる蹄の音。


 馬車を操る者も含めて並々ならぬ力量が窺える。

 こんな部分にも王家の権威が回復しつつあると考えるのは穿ちすぎだろうか。


 その権威を回復したムラタは、外を歩く王都の住人たちの間に紛れ込んでも何ら不思議は無い出で立ち。


 何やら色々工夫していたようだが、文句を言いつつもムラタの言う“異世界風”に馴染んでしまったらしい。今日はその上にマントを羽織っている。


 肝心のマドーラと言えば、馴染んだというなら確かにそうであろう。


 何しろジーンズ姿だ。

 靴はスニーカー。

 上だけはフリルが大量にあしらわれたブラウスであったが、ストロベリーブロンドの髪はごく簡単に三つ編みに結われているだけ。


 次期国王としての権威を示すには、明らかに不足した出で立ちであるが、ここは仕方がないだろう。

 何しろ彼女が乗り込むのは、王都でも貧民街と呼ばれる区画。

 

 不測の事態が起こった場合、このような出で立ちであった方が対応しやすいのもまた確かであるし、そもそも貧民街に乗り込むにあたって、相応しい王の出で立ちとは?


 そう尋ねられて、答えられるものはいない。


 もちろんそれ以外では権威を示すための細工は隆々だ。


 近衛騎士の同行は当然として、ギンガレー伯爵とペルニッツ子爵もマドーラに従っている。

 日頃、肩で風を切って……いや人などいないように振る舞う彼ら貴族も今は馬車も使わない。

 

 完全にマドーラに臣従している事を表しているのだ。

 次期国王の前では、いかな貴族といえども行動は制限される。

 

 だがもう一台、付き従う馬車がある。


 王家の馬車が白を基調として装飾されているのに対し、その馬車は赤で塗装されていた。

 これがスタンダードなのか、それとも高位のものだけが許される色であるかは、はっきりとはしない。

 そもそも高位のものが、ここまでで外出する事自体が滅多にない事なのだから。


 高位――つまりは女神アティールを信奉する集団の中で、高い地位にあると言う事。


 ムラタにとっての故郷ほど、宗教関係者が幅を効かせているわけでは無いが、それなりの敬意は集めているらしい。

 特にこの国では女神信仰の総本山であるから、最高位者もこの王都まちに存在していた。


 無論、“教皇”などという小っ恥ずかしい名称を名乗っているわけではない。


 ただ単に「最高司祭」と呼ばれており、現在その地位にあるのはケルディム・フォーリナ。


 かつては高位の冒険者として名を馳せた人物であったが、現在齢70を数える。


 神聖術の腕はともかくとして、今ではすっかり事務方として下の者たちに目を届かせるので瀬一杯、といった具合だろう。

 これが貧民街にまで引っ張り出される事になったわけだが……


 ガタン!


 馬車が大きく揺れる。

 ついに舗装もままならない区域に馬車が乗り込んだのだ。


 ――王都の、いやヨーリヒア王国の変革は今まさに始まろうとしている。

 

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