冒険者不要論
武装した侍女が、この会議室に現れた理由が明かされた形になったわけだが……
肝心のムラタからは、明確にこの場にメイルとアニカが同行している理由を説明されたわけではない。
だがムラタは最初から、
おいおい説明する――
これはモデルケース――
と言っていたのも確かな事だ。
「――ここで少し、脇道にそれます。その方が早いと思うので」
ムラタが、周囲からの視線に気付いた上でそう宣言した。
となればしばらく、聞き続けるしかない。
ムラタの思惑がわからない事には、迂闊に発言できないからだ。
「まず貴方方貴族は“冒険者”という存在に対して、どういう感情をお持ちなんですか?」
じっと頭を下げてやり過ごしたいとろであるのに、いきなりの問いかけ。
しかも貴族“宛”だ。
適当な相手に振る事も難しい。
となれば、筆頭であるメオイネ公の出番かと思われたが、ムラタが話を始めたきっかけは――
今度はリンカル侯に視線が集中した。
そして、それに倣うかのようにムラタの視線もリンカル侯へ。
進退窮まった感のある侯は、覚悟を決めたが――改めて考えると難しい問いかけだ。
この際、ムラタのご機嫌取りは考えないとしても“冒険者”を説明するのに良い言葉がとっさに出てこない。
リンカル侯は、考え込み、やがて頬を振るわせながら何とか舌を動かした。
「……べ、便利ではあると思う……ぞ」
それはリンカル侯にとって、率直な発言であった。
他にやりようが無かったともいえる。
それに実際便利ではあったのだろう。
些末な仕事をやらせるのに、これほど便利存在は無かったし、場合によっては汚れ仕事まで。
それでいて家名に累が及びそうになれば、切り捨てる事も出来る――もともと、そのような契約形式が冒険者との間に結ばれる事がスタンダードでもあるのだ。
さらにリンカル侯――ギンガレー伯も――にとっては、領地に富をもたらす存在でもある。
それもまた特に教育せずとも“そういうもの”となっているのだ。
ギンガレー伯が、そのシステムに手を加えようとしているわけだが、基本的には変わらない。
こういった冒険者というものの存在を表現するのには、貴族にとってはやはり「便利」が適しているのだろう。
ムラタも、リンカル侯の言葉に大きく頷いた。
表情ににも余裕がある。
ただ……別な形での“当事者”であるメイルとアニカの表情は優れない。
リンカル侯の言葉に納得しかねる――というわけではなくて、ここから先のムラタの説明を先に受けてしまっているのだろう。
ただ会議室で2人の様子に気付いている者は多くない。
「……リンカル侯の考え方こそ、この世界の標準であるのでしょう。ですが、為政者となる身ではこれは甘い、と俺は考えます」
「“甘い”……だと?」
流れのままにリンカル侯がそう尋ねると、ムラタは再び頷いた。
そしてそのまま続ける。
「考えてもみて下さい。為政者の統治している場所で、武装した者が為政者が抱える組織とは別の組織に所属し、割拠している――これ冒険者たちが蜂起したらどう対処されるおつもりで?」
「そ、そんな事……そんな事起こるはずも無い!」
反射的にリンカル侯が応じる。
だがムラタは、そんなリンカル侯をジッと眺めて、ゆっくりと問いかけた。
「……何故ですか?」
「な、何故と、言われても……」
そういうものだからだ。
世界がそういうことになっているから。
リンカル侯はそう告げたかったが、口に出す事が出来ない。
いや、そう考える事が出来ない。
その方がこの状態を表現するのに適しているのだろう。
ムラタはそんなリンカル侯を憐れみの混じった視線でいなして、会議室全体を見渡した。
「……それに加えてです。安全保障は国が必ず果たすべき仕事だとも説明させていただきました――つまり冒険者に頼る事は、国の弱体化を意味するんです」
「そ、それは……」
「ただまぁ。これは試験運用なのでね」
突然、ムラタが相好を崩した。
「あくまで俺の意図通りに進めば、という事になります。それに最大限拡大したとしても、この王都を中心とした王家直轄領だけになるでしょう。基本に近衛騎士団の改革がある事をお忘れ無く」
「あ……」
皆がホッと息を吐いた。
ムラタの提唱する改革が急激に進むわけでは無く、しかもそれが王国全土に施されるわけでは無い。
このように変化を恐れる気持ちは、保守の最たるものである貴族階級にとっては本能に近いものがあるのだろう。
言い換えれば、王家を犠牲にして安定を望んだ――ということになるが、果たしてその判断が吉と出るか凶と出るか。
「そんなわけで、彼女たちはそういったことも説明した上で協力して貰っています。ただ、この会議室に彼女たちを連れてきた意図はもう果たされているんですけどね」
彼女たちとは、言うまでも無くメイルとアニカの事だ。
立場上、彼女たちはムラタの提唱する「冒険者不要論」に真っ向から対峙する事になるわけだが、王都付近でなければ冒険者との共存もあるということになり、今すぐの対立は回避されたかに見えた。
これに安堵しているのは、むしろギンガレー伯だったのかも知れない。
彼女たちのご機嫌を損ねる事は公私に渡って問題があるように感じられるからだろう。
となれば、残る疑問は――
「意図?」
メオイネ公から声が上がる。
公にはムラタの言う“意図”の正体が見えてこない。
ムラタはメオイネ公の声に応じた。
「ええ。だって彼女の事がすぐに“冒険者”ってわかったんでしょ?」
「うん? どういうことか?」
未だメオイネ公の疑念は晴れない。
だが、これで理解しろというのも酷な話であろう。
ムラタはさらに説明を続けた。
「マドーラには子爵領に赴く前に、当然のことながら王都で試験します。これも言ってましたね……で、マドーラの側にいる彼女たちが冒険者である事がすくにわかるのであるなら、王都の住人たちもすぐに気付きます――“マドーラは冒険者を大事にしている”と」
「…………」
言葉も無いとはこういうことを言うのであろう。
これから、無くしていこうと考えている対象を、厚遇するかのように見せかける。
何と悪辣で――それでいて効果的であることか。
「き、君たちはそれで良いのか……?」
たまらずギンガレー伯が、アニカに向けて語りかける。
アニカが返答すべきか迷っていると、マドーラが軽く頷く事で許可を出した。
それを受けたアニカは、キッと目を据えた。
「――冒険者に明確な仲間意識はありません。これは依頼の一環です」
それは詭弁だ、と言い返す者は誰も居なかった。
ここには詭弁そのもので、渡り合ってきた者たちばかりであるからだ。
それに加えてアニカの言葉から見え隠れする、覚悟。
「報酬は、金銭ではありませんし。私たちに必要なものが供される段取りになっています」
――“必要なもの”
それは語られる事は無かったが、それがなんなのか察せざるを得ない者がいる。
ギンガレー伯だ。
アニカに執心していた伯であったが、彼女の瞳をみればわかる。
ムラタの庇護下に彼女は――彼女たちは組み込まれたのだ。
こうなれば、手出しが出来ない。
ムラタに対抗する手段が、今の伯爵は無い。
そもそも、彼女たちが会議室に現れたのも、このようにギンガレー伯に状況が変わった事を知らしめるたちだろう。
グッ……
思わず、伯の奥歯が噛みしめられる。
「あ、あ、ちゃんと、王都以外の場所では仕事が受けられるって事も確認してますよ」
伯と親友の睨み合いに耐えかねたように、メイルが割り込んできた。
まったく作法に適っていない行動ではあったが、それが良い契機となったのであろう。
ムラタが手を上げてそれに応じ、さらに口を開く。
「さて――ここまでの俺の説明で疑問に思う事はありませんか?」
ムラタは、この会議でたびたびこのように話しかけるが、出席者のほとんどがこう感じていた。
――もう、全部説明してくれ。
と。
このままでは、ずっとムラタに試されているように思えて仕方がない。
いやもしかすると、本当に見極められているのではないか。
そんな不安感が会議室を包み込む。
だが、発言する者は現れなかった。
そもそもムラタの「冒険者不要論」の披露によって、説明されていた事を思い出す事もままならない。
「……それでは俺ばっかりで申し訳ありませんが先に進めましょう。農村をでっち上げると言いましたが、肝心な部分の説明がまだでしたから。つまり農村に住んで貰う人をどこから探してくるか、です」
その説明に理解の色が広がり、今までの説明と結びつける事も可能となった。
つまりはマドーラの外出であり、それと人を集める事。
そして、農村が消えた理由。
これらを組み合わせれば……
「まさか」
一番に答えに到達したのはペルニッツ子爵であった。
名ばかりとはいえ警務局詰め、という受け継いだ稼業のためもあるだろう。
ムラタは、そんな子爵の反応に頷き――それと同時にハミルトンが戻ってきた。