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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
大密林
13/334

“ある”はずが無い

 ヨーリヒア王国南部――


 王国の版図と整理されているが、その支配権が及んでいるとは言い難いであろう。

 鬱蒼と茂る大密林。噴煙たなびかせる多くの火山。そのような過酷な環境で、繰り広げられるモンスター達の弱肉強食。


 到底、人の手の及ぶところでは無い。


 しかしこの未開の地には、人間生活を豊かにするための特殊な植生がある。

 稀少という言葉でもまだ過剰とも言える鉱物を産出する。

 そして、この厳しい環境下で尚、生き抜いてきたモンスターそれ自体が、貴重でもあるのだ。


 一方で人の手を拒み、一方で人がそれを欲する。


 この二律背反を成立させるためには、如何にすべきなのか?


 答えは一つしか無かった。


 強く。


 強くなるしか無かった。


 剣を振るう。魔法を唱える。神に祈りを捧げる。知識を集め、危険を回避し、スキルを多く保持し、あるいは磨き上げ、困難を打ち砕く。


 それらを繰り返す事によって、さらに技量は高みに達し、人でありながら人を超えた存在へと昇華する。

 人々は彼らをこう呼んだ。


 ――冒険者


 と。


 例え、その領域に手が届くのが、ほんの一握りであったとしても。


                     □


 ルコーンは()()を自分の見間違いだと思った。

 ここに人の営みなどあるはずが無いのだから。


 大密林の中でも、ここは現在の最深部と言っても良いだろう。こんなところに()()があるはずが無い。


 彼女は女神アティールに仕える神官であり――最高ランクの冒険者だ。

 銀とも見間違える淡い金色の長い髪。ほっそりとした長身ながら妖艶な曲線を描く肢体。

 各種状態異常を防ぐ加護が付与された緋色のドレス。


 その上に、白金で精緻な刺繍が施されながらも『防御ガード』を最高レベルで顕現せしめる法衣を纏っている。


 そして手に持つのは彼女の身長と変わらない、神聖術を唱える際に助けとなる錫杖。

 武器として使用しても、彼女の身体能力も併せて破格の攻撃力を誇る。


 だが今は――


 乱れた長い髪、装備は破損はしていないものの泥と汗に汚れ、高く掲げられていた錫杖は疲れ切った体を支えるだけ。

 青紫の瞳は、力なく、そして光無く、失意の底に沈むかに見えた。


 そんな彼女の前に、()()がある。

 街中で見るような、普通の住居が。


 だがここは確認するまでも無く大密林だ。こんな場所に存在して良い住居ものではない。

 ましてや余人がいるはずもない。


 モンスターの急襲によって、パーティーとはぐれた自分の精神こころの弱さが見せる幻だ。

 そう考えたルコーンは『精神沈静サニティ』の神聖術を唱える。


 しかし、それは言葉が空しく響いただけ。ルコーンの精神力は枯渇寸前であるのだ。

 数多く保持しているスキルも、ここまで疲労してしまえば有効に働くとも考えづらい。


 仲間と、そして自分自身の負傷を癒やすので精一杯で、精神力の運用に考えを巡らせることが出来なかった。


 こういう時、頼りになるポーションはすでに使い切っており、それを補充しようにもパーティーからもはぐれている。


 つまり彼女は今、大密林に挑む資格を喪失しているのだ。

 それが自覚できたとき、彼女の心は絶望に掴まれる。

 普通なら忌避する、あからさまな罠に手を伸ばす。


 ――ほんの少しの間だけで良い。休息を。僅かな睡眠を。


 ルコーンの足が動く。

 左手が差しのばされる。 

 ゆっくりとあるはずの無い住居の前まで、身体が運ばれる。


 乱れた長い髪は、今のルコーンの精神こころを彩るかのよう。

 ついにルコーンは扉の前にたどり着く。 

 もう、その瞳にはただ扉だけが映っている。


 左腕が振り上げられ、ドンドン、と扉が叩かれ――その勢いのままにルコーンはその場で倒れ伏してしまった。

 身体か、あるいは精神こころか。


 それが、ついに限界を迎えたのだろう。

 扉に寄りかかるように、ルコーンは気を失った。

 

 ――それから状況に変化が訪れるのは十分を越えて後。


 ルコーンの身体をずらすように扉が押し開けられた。

 とは言っても、目一杯開けられたわけでは無い。

 身体が半身になって、ようやく通り抜けられるほどでしかなかった。


 その隙間から現れたのは――1人の男。


 黒髪黒目で、この世界では“異邦人”と呼ばれる者の特徴を備え、不愉快そうな表情を浮かべていた。


                       □


 ――ルコーンの両目が再び開かれた。


 さすがに冒険者としての生活が長い彼女は、一瞬で覚醒しきって周囲の状況を確認。

 同時に記憶の回復も始まり、


「ここは……?」


 と、半身を起こす。


 大密林の中にある、謎の住居。

 それに向かって……


「――起きましたか」


 声がする。

 男性の声だ。


 ルコーンは反射的に衣服を確認して、胸元をぎゅっと握りしめる。


「お腹は……きっと減っていることでしょう。ですがその前に、お風呂……ああ、多分湯浴みの方がわかりやすいかな」


 ルコーンから随分離れた場所に男は立っていた。

 男は上下両方とも装飾も何もない、あるいは「粗末な」と言ってしまっても良いのかも知れない衣服。

 上がベージュでズボンが黒という配色もこれまた地味だ。ただ、清潔そうではあった。


 男は細い廊下の一番奥に佇んでおり、その背後には玄関らしい扉も見える。

 それはまるで、ルコーンから逃げたがっているようにさえ見えた。


 男の声には、それほど感情が見えない。


「だ、大丈夫です」


 ルコーンは男から掛けられる平坦な声――まるで尋問されているような――に、気を強く持って言葉を返す。

 だが、おびえに似た感情は段々と薄らいでいった。


 記憶と状況の確認が合致していったのだ。

 ここは、さほど広くは無いが、何かしらの住居の中。


 だとすれば、この男性――黒髪黒目という特徴的な――が、この住居に住んでいた人物なのだろう。

 それに何より、自分の衣服に乱れが見られぬ事がルコーンを安堵させていた。


 しかも錫杖は枕元に立てかけられており、今現在に置いてさえ、身の危険を感じる要素は無い。

 むしろ泥だらけのルコーンが横たえられた、恐らくは男性のシーツの方が悲惨な状況だといえるだろう。


「それは結構。立てますか?」

「は、はい」


 ルコーンは、思い切って立ってみる。

 かなり寝ていたのか、身体の節々に違和感を感じるものの、すぐにそれも収まった。


 ルコーンが男性へと近付いてゆくと、そちらも一歩だけ歩をつめて、


「こちらが、湯浴み用のスペースです」


 と狭い廊下の片方を壁をスライドさせる。

 ルコーンは、その仕掛けに目を見張って、小走りに近付いていった。


「そうか。まずこれですね。このようにこの扉は移動させます。わかりますか?」

「え、ええ」


 この仕掛け自体は、見慣れないもののすぐ理解出来た。

 それよりもこの扉の材質がルコーンには見当が付かない。


 一見、何かの骨、あるいは巨獣の牙から生成されたかのように見えるが、それよりは幾分か柔らかそうに感じられる。だが強度は充分らしい。

 男性の無造作な、言ってみれば乱暴な扱いに傷つく様子もない。


「で、この中に入って、ここのところを上にあげると鍵が掛かります。こうです」


 開いたままの扉を前に、今度も男性は手本を見せた。

 ルコーンは頷く。


「そして、ここで服を脱いで、こちらで――」


 男性は一段高くなっているスライドの向こう側に潜り込む。


「シャワー――これもないか。水浴びが出来ます。これで」


 そのまま男性は、管の先の丸くなってる部分から水を出してみせる。

 ルコーンは、ただただ目を見張るばかりだった。


 不思議な物――上級な冒険者として知られた彼女を以てしても――だらけで息が詰まりそうだ。

 男性はそのまま脱いだ衣服を入れるための容器を示し、そして水浴びの際にはカーテンを引くことを注意。さらに不思議なことを説明する。


「やはり、お湯の方が良いでしょう。今、準備します。水を出しておいてしばらく放置すればお湯になりますから。ああと、これをひねればお湯が出てきます。説明が下手ですいません」

「そ、そんな」


 説明されることは不思議な事ばかりで、相変わらず感情が見え難いが、随分と良い人らしい。

 ルコーンの口元から笑みがこぼれる。


 男性も、しっかりと頷いて、


「この桶にお湯を溜めて、浸かることも出来ます。水なりお湯なりを浴びるよりも、こちらの方が心身の疲れを癒やすには良いでしょう」

「……はい、あの」


 ルコーンは、もはや言葉を紡ぎ出せない。

 男性はそれに構わず、その周りにあるタオル、説明される限りは石鹸についてをさらに説明する。


「じゃあ、俺は出ていきますんで、ごゆっくりどうぞ。先ほどの扉の向こうに乾いたタオル用意してますから。そうですね一時間ほどで」


 そして男性はルコーンを突き放すように、一息に言い捨て宣言通り出て行ってしまう。

 こうなればルコーンも覚悟を決めるしかない。


 教えられた様に扉を閉め、鍵を掛けた。


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