恐るべき故郷
「皆さん、お掛けになっても良いのでは?」
ムラタの声が会議室に響いた。
マドーラに圧倒されたまま立ち尽くして出席者は――あるいは近衛騎士たちまでも――その声で、金縛り状態から抜け出すことが出来た。
そしてノロノロと椅子に腰掛ける中で、メオイネ公が気付く。
会議室に現れた者たちの中で座視できないものが他にもいることを。
まず目につくのはハルバードを持った2人の近衛騎士。
儀式用の装飾過多の鎧姿ではあったが、これはまったく問題が無い。
逆に圧倒的な正しさがある。
マドーラの出で立ちについては確かに座視出来ぬ出で立ちではあったが、この際問題では無い、と言い切ってしまっても良いのかも知れない。
まったく見たことの無い衣服であったが、それは今更過ぎる事柄だ。
そこさえ受け入れてしまえば、格式に相応しい出で立ちであるように感じられる。
一方でムラタだ。
これがまたマドーラに合わせたような、いつもとは違う出で立ちである。
全身を覆う、という点ではマドーラの衣服に通じるもがあるが、今回は白い。
シルクのような光沢は無いが、何か石灰岩のような硬質さがある。
そして大きく広げられた襟食いに、それを守るかのように高い詰め襟が首元を守っていた。
異世界の者には――あるいは日本人以外にはわかりにくいかも知れないが、一番適した説明は「学ラン」になるであろう。
その上、白ランで長ランだ。
正気の日本人が着こなせるものでは無いが、そういう羞恥心を持ち合わせていない異世界人には、なんとも評価しづらい出で立ちではある。
それに加えて、ムラタについてはスキルという裏付けがあるので、不気味さも感じてしまうのだろう。
だが――
それも「ムラタがやっていることだから」と受け入れてしまえば、今更構えるまでも無い。
ある意味、マドーラと同じ扱いになる。
メオイネ公が座視出来なかったのは、2人の後ろについて入室してきた侍女たちだ。
片方は赤い髪を短く、片方は金髪をまとめている。
衣服も侍女として弁えた地味なもので、そのあたりも問題では無いだろう。
この会議室に入室することも、マドーラの世話と言うことなら、特に問題があるとは思えなかった。
マドーラは世話を焼かせるような子供では無かったが、唯一自分の侍女を会議室に連れて行けるというのも、ある意味では“王”としては正しい振る舞いではある。
だが、やはりこの侍女には問題があった。
赤い髪の侍女は背中に身長ほどもある長剣を背負っているし、金髪の方はさらに長いスタッフを構えていた。
これではまるで護衛ではないか。
侍女たちも、自分たちが端からどんな風に見えるのか、どれだけ奇妙な状態になっているのか自覚があるのか、その頬がほんのりと赤くなっている。
「――アニカ? それにメイルまで」
メオイネ公がムラタに何と言って声を掛けたものか――元凶がムラタである事を公はまったく疑ってはいなかった――迷っている隙に、問題の侍女たちの名前が呼ばれた。
呼んだのは、もちろんギンガレー伯だ。
御前会議であるのに礼を失した行動であったが、マドーラを始め他の出席者から咎めるような声は上がらなかった。
このおかしな侍女たちについては、ほとんどの者が説明を欲していたのだ。
それに応えるように、ムラタが口を開く。
「ええ、そうです。こちらの侍女はメイルとアニカですよ。このたび新規採用と相成りましたのでお披露目も兼ねて、来てもらいました。ギンガレー伯にはお馴染みのことと思いますが……」
「あ、ああ……いや、そうです」
「俺への言葉遣いは気になさらぬよう。ただ、この2人には非常に世話になりましてね。そういうことも含めて――縁故採用、と言えば良いのでしょうか? ですが侍女の採用はこういう採用方法が主流と聞きますし……」
「待て、ムラタよ」
メオイネ公がムラタの言葉を遮った。
「そういった説明よりも先に、まずは言うべき事があるだろう」
「武装している件ですね」
下手に韜晦すること無く、ムラタはすぐに応じた。
そのまま説明に移行する。
「ギンガレー伯はご存じのことと思われますが、彼女たちの本業は冒険者です」
「冒険者だと!?」
「ええ。なかなか腕も立つ冒険者と言うことで」
「待て。それでも武装する理由がわからぬ」
「実は今日の会議で披露する、俺の腹案について彼女たちは良いモデルケースになり得るんですよ。それを傍目から見てもわかるために、普段使っている得物を持って貰ったわけですが……奇妙に思いますか?」
「無論だ! 例え殿下の護衛のためという名目があったとしても、それは近衛騎士の役目であろう。あたら武装などさせるものでは無い」
「しかし――俺の世界では侍女がこのように武装する風習があったんですよ」
「ふ、風習?」
「他に説明しようがないんですが――」
ムラタは、反り返った剣を持ち歩き何でも切り刻んでしまう侍女や、例えばムラタが本気になって攻撃しても意に介さずこちらを追い詰め続ける侍女など、色んな侍女の存在を披露した。
その荒唐無稽さに一同は呆気にとられたが、それを否定する材料が無い。
結果として、開いた口を閉じられない状態で、ムラタのとんでも侍女紹介は続いてしまう。
「――とまぁ、こんな感じでですね、俺にとって侍女とはこういうものでもあるんですよ」
ようやくムラタの説明が終わった。
その頃には出席者の魂が口からはみだしているような状態になってしっまったことは言うまでも無い。
――こ、怖いな“異邦人”の故郷……
と、共通認識が芽生えたとしても仕方のないことだろう。
そんな世界からやって来たのであれば、おかしなスキルを持ち合わせても仕方がないのでは無いのだろうか。
そんな諦観に似た心境の中で、一番先に我に返ったのはハミルトンであった。
「……少し良いだろうか? 確かに“そちら”の侍女事情はわかったが、やはり武装させる意図が見えない」
言うまでも無く、ハミルトンが発言することが許されたわけでは無い。
許される根拠も無い。
だが、今更そのような形式にこだわっていては、事態の収拾がおぼつかないのもまた事実。
むしろ出席者が期待の籠もった眼差しでハミルトンを見つめていた。
「その理由は多岐にわたります。説明しますか?」
「お願いするよ。先ほど君の発言では我々の考える普通の侍女が存在しないわけでも無いようだ。それなのに、敢えてこういった形式を選んだ理由は知りたいところだな」
このハミルトンの言葉に、ハッとなるものが数名。
ついていけない者の方が多いのだが……これは仕方のないところであろう。
「まず一つは、彼女たちの力量不足によるものです。侍女としてのスキルがまったく足りない。そうとなれば、それぞれの得意分野で埋め合わせして貰うしかないわけで」
「それは……」
ハミルトンが眉根を寄せた。
理屈だけだともっともらしく聞こえるが、この場でその武装が物を言うような事態になってしまう状態こそを忌避すべきであって、どうにもピントがずれているように思えるのだ。
「それと先ほども言いましたがモデルケースですね。さらに彼女たちに慣れて貰う意図もあります。これだけのお偉方の前で振る舞うことに比べれば、これから先は心情的には楽になるでしょうし」
「待て――と言うことは将来的に殿下に……」
「その辺りは後でまとめてご説明差し上げたかったんですが……はい。市井に出します。近衛騎士の方々の護衛としての能力を信用しないわけでは無いですが、身の回りの世話となると――」
ムラタの視線を受け、ルシャートが肩をすくめる。
「難しいですね。騎士団には女性の数が少ないですし」
その辺りの事情はハミルトンも承知の上だ。
それでもムラタは説明しきっていない部分がある事も確かだろう。
ハミルトンの勘では、ムラタはこの侍女2人に何か含むところがあるように思えるのだが……
「で、殿下を王宮の外に……?」
ハミルトンが考え込んでいる間に、メオイネ公が参加してきた。
「ええ。その辺りも含めてキチンとご説明しますよ。そのための御前会議ですから。ただその前に確認しなくてはなりません」
言うとムラタは懐から――あの服の何処に懐があるのかは謎ではあったが――タバコを取り出した。
そして悠々と、それを口に咥えると、一服やらかした。
今までの飄々とした雰囲気は一変、いきなり不貞不貞しく会議室を睨め回す。
そしてタバコを咥えたままこう告げた。
「……空いた席がありますね」
「それは……」
「元から空席だったわけでは無い?」
メオイネ公が僅かばかりに声を漏らすが、ムラタの重ねての確認に結局皆が黙り込んでしまった。
そしてしばらくの静寂の後、ムラタは紫煙を吐き出しながらこう告げる。
「……では、然るべき処理を行いますか」




