疲弊の予感
ジョシュア・ロデリックには放浪癖があると言われている。
だが、ロデリック自身はそういう評価を耳にしたことはない。
そのからくりは単純な話で、そんな噂が流れる頃にはロデリックがその場から消えてしまっているからだ。
だからロデリック自身が自分を評した場合には、別の言葉になる。
――即ち“飽きっぽい”。
幸い、ルースティンが始めたこの商売に関しては、まだロデリックに飽きが来ていない。
例えば、近衛騎士団団長チェルシー・ルシャートを講師として招くのはどうだろう?
それに併せて警護の――もちろん警護など必要無い講師ではあるが――冒険者を女性だけで固めるアイデアもある。
現状では警護という名目がある以上、どうしても男性冒険者に仕事を任せてしまっている。
だが、それは商売の可能性を狭めているとロデリックは考えているのだ。
もちろん、この警護する冒険者対して、何か良からぬ――“良からぬ”としか表現できないのだが――考えを持つ女性もいることは承知している。
だがロデリックはそれに対して眉を潜めることの無く、逆に、
(これは商機だ!)
と確信してしまった。
女性が熱狂するのであれば、男性もそういう風に顧客なり得ると考えたのだ。
だが、その発想を具体的な形にするまでは至っていない。
問題点は様々あった。
騎士団長に講師を頼むことについては、固執するつもりは無い。
何なら男性であっても構わない――宣伝が面倒なことになるが。
だが絶対条件である、女性ばかりの女性パーティーの絶対数が足りなすぎる。
つまり選択できない。
つまり……つまり容姿に問題を感じても、代替えが出来ないのだ。
女だてらに切った張ったを商売にしている、あるいは商売にしようとしているのだから、どうしても見た目が犠牲になっている。
どうやら有望そうな女性パーティーが冒険者ギルドに顔を見せたらしいが……
かと言って男女混合パーティーを使うという方式に、ロデリックは危険性を感じていた。
恐らくだが、会場がどちらかの性で埋め尽くされるような勢いが無ければ、あの熱狂は巻き起こらない。
ロデリックは、それを感じ取っているからこそ女性パーティーを求めているのだ。
茨の道だとも感じているが、ここを突破できれば、レイオン商会のさらなる発展が望めそうだと感じてしまうのもまた事実。
(ここが踏ん張りどころ!)
と、決意を固めているロデリックにとって、このギンガレー伯に携わることはまったくの無駄に思えていた。
いや、確実に無駄だ。
確かに商売を始めるときに、バックに貴族がいれば助かる場合もある。
しかしロデリックが参加したとき、すでにレイオン商会は完成していた。
貴族の手助けなど要らないほどに。
そのあまりの完成度の高さ故に、以前聞いた“異邦人”の言葉を商会の名ににくっつけたりもしたのだ。
ロデリックにしても、この紹介を立ち上げたルースティンとナベツネには尊敬の念を禁じ得ない。
だが、ここで貴族に絡むのはもはや無駄に収まらず、邪魔、と言い切ってしまっても良いのかも知れない――そう、ロデリックは感じていた。
ルースティンの様子から察するに、どうやら商会設立の目的がギンガレー伯と接触することにあったようだが……
「“ナベツネ”だと? いや、知らぬ名前だが」
ロデリックの問いかけにギンガレー伯が素直に応じる。
何とも素直なことで、逆に言ってしまえば“田舎臭く”もある。
伯の言葉にロデリックは、殊勝らしく頷いて見せた。
そして――
「現状を打破できる人物かも知れません。実は我が商会の設立者の1人で有り、ルースティンが言うには、事実上の創立者であるとも。我々の商売がかなり珍しいものであると言うことはおわかりだと思いますが、これをいきなり形にした人物ということになります。またただ形にしただけではなく、現在の我が商会――口幅ったいながらも非常に好調なわけですが、これを見越していたとなれば先見の明もある人物であるのでしょう」
ロデリックが一気に並べ立てた。
ギンガレー伯は目を白黒させており、護衛のはずのヨハンとキーンさえも動揺を隠せないのか、あたふたと両手を振り回している。
ロデリックは、そんな自分の言葉の効果を満足げに見つめていた。
「つ、つまり、その人物に聞けば……いや、それならば早く――」
「残念ながら、すぐには連絡が付かないのです。会長であれば、あるいは……いや、今こうしている間にも会長はナベツネ氏と連絡を取るために、動いているのかも知れません」
口からデタラメである。
ルースティンは休んでいるはずで、それも明日の打ち合わせのためだ。
ここに来て会長も、この伯爵に付き合うことが面倒になったようだ。
それでも伯爵の呼び出しに応じようとしていたから、見かねたロデリックが声を上げたというわけである。
そのついでに、付き合いの数を減らしていこうとロデリックは考えていた。
そのために引っ張り出したのがナベツネであるのだ。
確実な功績の持ち主ではある。
存在を知っている人物は複数。
それでいて、消息不明。
――囮にするのに、これ以上の人物はいない。
繰り返しになるが、ロデリックは放浪癖の持ち主であると言われている。
しかしながらその本質は、厄介ごとから、取りあえずで良いから逃げてしまおう――そういう、逃避癖があるとした方が現実に即しているのかも知れなかった。
その後もロデリックは後先考えない、調子の良い言葉を並べ続けた。
それは確かに効果があったのだろう。
ギンガレー伯が都会慣れしていない、という要素もあった。
もちろんムラタの存在によって伯にプレッシャーが掛かっていることも見逃せない。
そのため実際には、頼るべき根拠などない相手に、伯は希望を見てしまった。
それは滑稽な一幕。
ただ右往左往するだけの田舎貴族を見物するバーレスク。
――それで済めば幸せだったのかも知れない。
何故なら、ここにロデリックは一つの可能性を作り出してしまったから。
怪人“ナベツネ”を舞台に引っ張り上げるという可能性を。
□
メイルとアニカが解放されたのは翌朝になってからだった。
ムラタは、そう簡単に二人を解放するつもりは無かったのだが、王宮に乗り込む時にかなり無茶をしているのも事実。
それに、謂わば共犯関係にある「ガーディアンズ」への報告もある。
このまま監禁……もとい、侍女稼業修練開始となれば、かえって問題は深刻化する可能性も座視できない。
解放した後に、二人が逃げ出してしまうのなら、また対処を考えれば良い。
貴族の1人も処刑したかったことでもあるし、冒険者への牽制も出来る。
むしろ2人が逃げ出すことを歓迎するかのようなムラタの口ぶりに、完全に2人は心が折れてしまっていた。
元々、ムラタには2人を歓迎するつもりがなかったことも問題だ。
それにマドーラである。
ムラタの“脅迫”は、明け透けに行われたわけだが、この女の子は何も言わなかった。
ただ無言で2人を見つめていただけ。
ルコーンは、マドーラが酷い目に遭っていると思い込んでいる節があり、メイルも――それにアニカでさえも、それに吊られていた。
だが実際に酷い目に遭ったのは、間違いなく自分たちだ。
その確信と共に、2人は「ガーディアンズ」が定宿にしている最高級ホテル「クライスワン」帰ってきた――そして寝た。
身体の疲労はともかくとして、精神が疲労の極致だったのだ。
徹底的に疑い深いムラタは、元はキルシュのために用意されていた部屋に手を加えて、就寝時間になると2人をそこに監禁――これは“紛う事なき”と言っても良いだろう――したのだ。
その後、不埒な行いに及ばれたりしたわけでは無い。
監禁されたスペースで生活するのに、問題があったわけでは無い。
食事も出されたし、就寝時間などと言うからには、睡眠時間もあった。
だがそれでも――
やはり気疲れするのだ。
あの、わけのわからない機械に囲まれた生活というのは。
報告を心待ちにしていた「ガーディアンズ」及びクラリッサであったが、さすがに無理矢理2人を起こすのは忍びなく、ジリジリしながら2人の回復を待った。
どうやら2人がムラタ達と相対している間にも、何か変化が起きていたらしい。
その情報を共有したかったのだ。
それが単なる気休めだったとしても、人間にはそういう作業も必要なのだから。
――だが、2人は王宮に戻らなければならない。




