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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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レイオン商会からの使い

 成長著しい、レイオン商会。

 その商売方法は他者の追随を許さず……というレベルでは無い。


 今まで王都では見られなかった商売であったので、同業他社が存在しないのだ。

 それでいて需要だけはたっぷりとあるので、濡れ手に粟、を上回る勢いで財を為している。

 

 その商売方法は王都での有名人を講師として招き、その講義をショーアップすることで、一時のことではあるが、その場に特殊な空間を作り出し、それに対して見物料を集める。


 今までの言葉を使って説明するならば、こういう表現になってしまうが――この説明には違和感を感じるものがほとんどだろう。


 しかし適した表現が見いだせない。

 それほど、レイオン商会の商売は新しすぎたのだ。


 しかもその内実を調べてみると、思わず唸ってしまう。


 まず初期投資がほとんどかかっていないと言うことに驚いてしまうからだ。

 商会の所有しているものと言えば、未だに事務所に使う小さな家屋があるばかり。

 そして、それだけでレイオン商会の商売は形を為してしまう。


 講義を行う場所も借りれば済む。

 講義を行う人物にも、その場限りの契約で済ませ、講義をショーアップさせるための人手は冒険者ギルドに依頼を出せば、何の問題も無い。


 その冒険者ギルドとの関係も良好だ。

 講座を行うスペースを提供している、商工会議所については言うまでも無い。

 そもそも商材に形が無いから、在庫も発生しない。


 簡単に言えば、()()だ。


 現在、専用講義会場の建設を画策しているとも噂されているが、この商会が王都に出現してからまだ100日も経過していない。

 やはり成長著しい、などという表現では、こちらも不適当な表現なのだろう。


 レイオン商会には、もう一つ忘れてはいけない事柄がある。

 それは商会が王都に出現したときに、すでに完成形であったと言うことだ。


 この商会には紆余曲折の過去が無い。


 いきなり出現し、何ら迷うこと無く場所を借り、人を借り、このまったく新しい商売を成立させてしまった。

 これは異様だ。

 しかしこれを説明する方法がある。


 ――“異邦人”


 時折現れる、不思議な知識を持つ者たち。


 そういう存在が、商会の成立に関与していると言われている。

 実際に、そういう人物がいたとも言われているが、現在その姿は商会において確認出来ない。


 確認出来るのは、商会長であるランディ・ルースティンと、その腹心ジョシュア・ロデリック。

 そして数名のスタッフのみ。


 その中に“異邦人”の特徴である、黒目黒髪の者はいない。


 それではルースティンが、商会設立を強力に主導したのであろうか?

 その問いに満足に答えることが出来る者はいなかった。


 ルースティンは、すでに余人がたやすく会えるような存在では無くなっている。

 彼が王都の有力者との間で築いたコネは、もうそれだけで強力な力を持つに至っているからだ。


 その部下であるロデリックも、多忙なことには変わりは無い。

 変わりは無いが、それをねじ曲げて面会を強要できる存在がある。

 言うまでも無く貴族――具体的にはギンガレー伯だ。


 そもそも、ギンガレー伯に近付いたのはレイオン商会の方からだった。

 そしてそれは、ギンガレー伯からも願ったり叶ったりであった。


 王都の商人たちはすでに大貴族たちとのコネを持っており、所謂「田舎者のお上りさん」である、ギンガレー伯との接触を避けていたのだ。

 王宮での権力闘争が、そうすることを商人たちに強いていたとも言える。


 ギンガレー伯が持ち込むであろう貴重品は十分に魅力的であったとしてもだ。


 そこに現れたのが新興のレイオン商会である。

 商会には貴族による背景が必要で、ギンガレー伯にとってもレイオン商会が持つコネは魅力的であった。


 特に、今回王宮で役職を求める――要するに猟官活動を展開する予定の伯爵には、必要不可欠と言っても良いだろう。


 何とも人が良さそうで、何処か頼りなげなルースティンの様子もギンガレー伯の目に適った。

 いざとなれば、言うとおりに動かせそうだと。


 だが、言うまでも無くこの状況は一変する。


 ムラタの出現である。

 ギンガレー伯も王都に登る前に、しっかりと下準備は行ってきた。

 情報収集は言うまでも無く、王都全体に、いや王宮も含めての“期待感”を煽ってきた。


 ――ギンガレー伯が王都に現れれば、何かが変わる。


 それがまるで既定路線であるかのような雰囲気を王都に漂わせる。

 そのために、ギンガレー伯はわざと時間を掛けて王都にやって来ていた。


 しかし、それが裏目に出てしまったのであろう。


 ほんの数日で王都の――いや王宮の勢力地図は塗り替えられてしまったのだから。


 その、無茶苦茶なスキルによって。


 さらに質の悪いことに、次期王位継承者マドーラと組んでしまっている。


 あまりの激変ぶりに戸惑うギンガレー伯であったが、とにかくムラタとの面会は叶った。

 はなはだ、不本意なものであったが。


 しかし、それに対して不満を言うことも出来ない。

 直接では無いが、近衛騎士たちがムラタに手も無くひねられたと伝えられた。

 

 であれば……


 ギンガレー伯は惑う。


 育て上げた冒険者の力を使い、財を為し、力を蓄え、ついには王宮でも重きをなす。

 そんな未来図が見えていたはずだった。


 それが完全に無くなったわけでは無い。あるいは、それは叶うことになるかも知れない。

 だがそれで何がどうなるというのか。


 あのムラタが存在する限り、いくら勢力を誇ろうとも何の意味も無い。

 すぐにムラタ個人の力で覆されるだろう。

 そしてムラタはすでに、権勢並びなき存在でもある。


 つまりここに来て、ギンガレー伯は長年温めてきた目的を失くしてしまったのだ。

 当人は必死でそのことに気付かないようにしているが……


                      □


 王都において貴族街にあるギンガレー伯が買い上げた屋敷。

 伯の金回りは確かに潤沢なのであろう。


 すでに時刻は深夜と呼ばれる時間帯にさしかかっている。

 通常であれば、訪問者が現れるよう時間帯では無いが……つい先ほど、この屋敷を訪ねてきたものがいる。


 いや訪ねてきたという言い方では、事実を説明し切れてはいない。


 その訪問者は、呼び出されたが故にこんな時刻になって、貴族の住む屋敷に出向いたのだから。


 つまり叱責されるために、わざわざ訪れることになる、この不幸な訪問者の名前は、ジョシュア・ロデリックという。


 ダークブラウンの髪に、深い青色の瞳。

 実は「レイオン」という名を商会に付けたのは、この男でもある。


 「レイオン」という言葉の響きに、どこか“異邦人”めいた響きがあるのはいかなる故か。

 あるいはロデリックこそが噂の“異邦人”では無いかとも言われているが、当人はそれを否定している。


 正確に言うと、ロデリック自身が“異邦人”であるという部分を否定しているということになるが、この細かな差異に気がつく者もあまりないのも事実。


 ロデリックはその話題になると、冒険者稼業にも首を突っ込んでいた事を続けて披露してしまうからだ。

 彼の多才ぶりは、その経歴が由縁であろう。


 その冒険者であるが、実はこの屋敷にも居を構えている。

 それどころか伯爵と共に、ロデリックを待ち受けていた。


 ギンガレー領から、伯爵に同行したヨハンとキーンである。彼らは伯爵の護衛よろしく、ロデリックを睨みつけていたが、ロデリックはそれに縮み上がること無く、キョンとした表情のまま伯爵と対峙していた。


「――ルースティンはどうしたのか?」


 伯爵が髭面を振るわせながら、開口一番、ロデリックをなじる。

 私室で有り、半ば寝室に通じる部分もあるのだろう。


 寝椅子に身体を預けるようにして、伯爵はロデリックと相対していた。

 それは貴族としての余裕がある様には見えず、むしろ必至に虚勢を張る姿にも見える。


「ルースティンは、閣下のために情報収集を続けております。我が商会が全力を挙げる、これ即ち商会長自ら仕事に取り込むこと。どうか閣下には、ご寛恕賜りたく」


 ロデリックが即座に伯爵の問いかけに答えた。

 これはまったくの事実で、ランディは色々と動いてはいたのだ。


 だが、ロデリックの説明が全てを詳らかにしているわけではなく、実際のところこの時間であればランディは眠り込んでいるだろう。

 それでも確かなことがある。


「閣下。誠に情けない限りではありますが、かの人物のおかげで王都中がひっくり返っておりまする。表面上は平静を保っておりますが、皆が息を殺して、かの人物の次の動きを待っているような状態です」

「そう……ではあろうが」

「ここで下手に動いてしまえば、喜び勇んで当家を生贄に捧げるものも出てくるでしょう」


 伯爵は眉を潜めた。

 ロデリックの言い様は脅迫じみていたが、その推測には頷くところがある。

 そのロデリックが不意に言葉を繋げた。


「ですが……」

「何かあるのか?」

「ルースティンからは聞いてはおられませんか、ある人物の名を」

「名? 名だと? ムラタでは無い名前か?」


 伯爵のその反応にロデリックは、失敗したと言わんばかりに天を仰ぐ。

 そして、思わせぶりにその名を告げた。


「――“ナベツネ”という名ですが、ご存じでは無い?」


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