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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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右往左往に尽きる

 何もかもが上手く行かない。


 ムラタはそのように感じて虚脱感に襲われているが、それはまだ幸せな状態である事は言うまでも無いだろう。


 何しろ、前代未聞の“狼藉者”たるムラタの手によって王宮は徹底的にひっくり返され、どうすれば無事に明日を迎えること出来るのかもわからなくなった者たちばかりなのだから。


 かと言って、ムラタを強引に除くことも出来ない。

 そもそもムラタを除くことが出来るなら、こんなに悩んだりはしていない。


 圧倒的な暴力。


 しかも権威の概念が無い。

 そして、たちの悪いことにムラタ自身は権威であるマドーラと組んでいる。


 たった一手――


 ただムラタとマドーラが接触しただけで、この有様である。

 さらに、この危険性に気付くべきだった、と反省も出来ない。


 ムラタのような“埒外”を想定することなど、誰にも出来無かったことは自明の理なのだから。

 

 もはや王宮で重きをなす大貴族をしても何も出来ない――それは厳然たる事実であった。

 そして、そんな状況下でムラタが厳命する御前会議の日は近付いている。


                  □


 近衛騎士団に所属している、リンカル家次男ハミルトンは夜も更けて後、ようやく帰途についていた。


 それというのも問題のムラタからの要望に応えるために、騎士団全てに大改造を施している最中であったからだ。

 いや、改造だけで済むならもっと簡単だろう。


 人員を増やすことと、騎士の意識改革までもがムラタの要望には含まれている。

 そう具体的に指示されたわけでは無いが、欲求に応えようと思うなら必然的にそういうことになってしまう。


 昨日の“手合わせ”で、ハミルトンはムラタから復讐を誓われていたが、何のことは無い、すでに復讐は果たされているといっても過言ではないのである。


 ただハミルトン自身がこの騎士団改革に割とやる気になっていることが復讐らしからぬ、といえば、確かにそうなるだろう。


 疲労しながらも精神的には充実した思いで、ハミルトンは屋敷の前で馬丁に乗ってきた馬を預けた。

 その瞬間、出迎えに出てきた家宰からこう告げられた。


「――閣下がお待ちになっております」

「また気休めか」


 皮肉な笑みを浮かべながらハミルトンが応じた。

 出仕もへったくれも無く、ムラタの登場と共に引き籠もりと化したリンカル侯。


 財務卿でありながら、何という怠慢か! と、叱責されれ宮中から追われて然るべき振る舞いではあったが、無理もない事とも言える。


 何しろリンカル侯は縁があって、得体の知れない「ムラタ」の力を、ほとんど直で味わうことになったのだから。


 護衛の全てを、何か事を起こす前から無力化され、閉じこもった部屋の扉は焼き切られてしまった。

 となれば、全てに優先する「命の危機を回避する」モードになったとしても仕方ない。

 

 ……その後、ムラタと交渉らしきものが行われているのがまた厄介な話だ。


 ムラタは単に“狼藉者”ではなく、自分の力を自覚して交渉を有利に運ぶことすら出来る能力も持っている。


 それを突き詰めれば「命を永らえた事が最大の不幸」という状態に、人を陥れることが出来るということになる。

 つまり、侯爵のように引き籠もっていても何ら安心できるものでは無い。

 いやその前に、例え屋敷を砦のように武装して命を守ったとしても、効果があるかどうか。


 やがて侯爵の部屋の前にたどり着いた家宰とハミルトン。

 家宰が、無感動にノックしハミルトンが到着したことを告げた。


「は、は、入れ!」


 いつまで動揺し続けるつもりなのか。

 呆れる段階はすでに通り過ぎている。

 ハミルトンは父の動揺ぶりについて、すでに感心の域に到達していた。


「――ただいま帰りました父上」


 扉が開かれると同時に、ハミルトンも無感動に挨拶する。


 落とされた照明の中、椅子に深く腰掛け部屋着を着た侯爵が落ちくぼんだ眼で息子を見つめていた。

 側にいるのは、使用人が3名。


 父上も、数多あまたいる愛人の股ぐらにでも逃げ込めば良いものを、とハミルトンの脳裏に愚痴が浮かんでくる。


 怯えた侯爵に付き合わされている者たちには、あとで手当の用意が必要――あの家宰が上手くやるだろうが。


「あ、あの男、この度は騎士たちをまとめて、た、倒したとか」


 動揺も隠さぬままに、侯爵が息子に詰め寄る。

 ハミルトンは胸の内で舌打ちした。


 王都のみならず、王宮にも張り巡らされた情報網の使い方を完全に間違えている。


 情報収集は良い。


 それから、どのような行動を起こすかが大事であるのに、この父親はまったく動こうとしない。


 突然に、ムラタが死んだ、なる朗報が届けられることだけを期待しているのか。

 端的に言って、知能レベルの著しい低下を認めざるを得ない。


「お聞き及びでしたか。何ともお恥ずかしい。もう騎士団は束になってもムラタに敵わないでしょう」


 ハミルトンは敢えてピントのずれた答えを返す。

 嫌味であると父親が気付いてくれれば……とも思っていたが、


「そ、それほどか!?」


 素直に怖がっている。

 それにハミルトンはげんなりとしながら、こう答える。


「ムラタ――屋敷ここのはなれに現れたときはムラヤマでしたが、父上も十分にあの男の危険性はご存じだったでしょう?」

「そ、それは……だが、もしやということも……」


 本当に、自分に都合の良いことが起こると信じていたらしい。

 だが確かにムラタのスキルは、ハミルトンにしても得体が知れない。突然弱体化する可能性も無いとはいえないかも知れない。

 だがハッキリしていることがある。


「父上。ムラタは一度も本気になっておりません。我々は十分に手加減された状態で、彼に手も足も出ないんですよ」

「…………」

「それに加えて、彼が持っている武器。あれだけで勝つすべが見あたりません。ああ、ただ――」

「た、ただ? ただ何じゃ?」

「兄上と会われたときに、あの踏みつぶす力を……」

「そうじゃ! ゴードンじゃ!」


 ハミルトンの気休めを侯爵が遮った。


「ゴードンはあの男と親しくなったはずだ」

「……そう聞いております」

「で、あれば――」

「領地に引き上げますか? 出席が厳命されている御前会議を欠席して」


 ゴードンはすでに南方のリンカル領に向かっていた。

 そのゴードンを引っ張り出すとなれば、侯爵が自ら出向く必要がある。


 侯爵と長男の間はよく言って冷戦状態であり、あの長男のことだから父の権威を意にも介さないであろう。助けを求めるのならば、ゴードンに対してそれなりの礼儀を尽くさねばなるまい。


 しかも、そこまでしてゴードンが侯爵を匿う保証はない。

 逆に喜び勇んで、ムラタの前に引きずり出される可能性もある。


「おお……ハミルトン。お主も御前会議には――」

「臨席する予定です。マドーラ殿下の護衛となりますが」


 近衛騎士が、その名にふさわしい職能を回復したことも侯爵は当然知っていた。

 ゴードンに助けを求めるという案は即座に却下して、今度はハミルトンである。

 この切り替えの速さは、あるいは賞賛されるかも知れないが――どちらにしろ手遅れだ。


「そ、そこでワシを……」

「善処しましょう」


 出席さえすればムラタは、侯爵にさほどの感心を向けることは無いだろうと、ハミルトンは確信している。

 逆に欠席となれば、喜び勇んで侯爵のクビを文字通り飛ばしてしまうかも知れない。

 あの男は、どうにかして人を殺したがっている――これもまたハミルトンが確信している事の一つだ。

 恐らく政治的な理由がほとんどだと思うが、一度殺人を経験したあの男がどういう手段に出るか……


(大人しくして貰うに越したことは無い)


 それが叶わぬとなれば――


(生贄のアテは他にもあるさ)


 ハミルトンは、異母弟の存在を思い出していた。


                 □


 リンカル侯の広大な屋敷とは比べるべくもないが、貴族街でも十分に贅を凝らしたその家屋。

 さる豪商が、手すさびに建てた逸品となっている。


 敷地にも十分に余裕があり、手入れの行き届いた木々や植物が屋敷を彩っていた。


 もちろん、この屋敷を美しいままで運営するためには、多くの人手、それに何より各種専門家が必要で有り、そのために手配にも抜かりは無い。

 だからこそ――この屋敷はギンガレー伯爵の目に適い、使用人も含めて買い上げとなった。


 もちろん、これだけの買い物を昨日今日王都に来たばかりでは、いかな貴族であっても、いかに金を積み重ねても、そもそも伝手が無い。

 だが現実として伯はこの屋敷を手に入れている。


 この無茶を成し遂げたのは、ある男の働きによるものだ。


 その名をランディ――ランディ・ルースティンという。


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