少女の尋問、そして……
人と仲良くなるには、様々な手法が挙げられるだろう。
一緒に食事をする、遊びに行く、あるいは共にアルコールを摂取する――その果てに、トラブルが起きたとしても、それもまた仲良くなるための一過程となりうる可能性もある。
つまりは、共通体験こそが鍵となるわけで、その内容が否定的なものでも、何ら関係は無い――ということになる。
だから……
「え? イチローって、そんなこと言ってるの?」
「これってやっぱり、おかしいんですよね? 良かった~」
「やっぱり、ムラタさんはおかしい」
人の悪口大会でも十分に有効だ。
共通体験の確認という意味では、これ以上の物は無いと言い切っても良いかもしれない。
これが陰口となれば、そのまま剣呑ならざる方向に話が膨らむ可能性も考えられるが、今の場合は陰口にはならない。
その標的となっているムラタが、すぐ側にいるからである。
定義的に、これは陰口とは言わないだろう。
当の本人は女性たちが喋るに任せて、何ら干渉しない。
女性たち――即ち、マドーラ、キルシュ、メイル、アニカが掛けるテーブルから一定の距離を取って、無言で、ただ彼女たちを眺めていた。
それと同じような動きを見せているのがアニカである。
時折、会話に加わるものの基本的にはムラタを窺い続けていた。
「イチロー、少しは落ち着いたら? っていうかイチローって辞めた方が良い? でも、その前に色んな名前ある方が変だし」
メイルが、いい感じに暴走し始めていた。
何ら後のことを考えずに話し続けている。
冒険者として、ある程度評価されるに至って落ち着きを身につけたようだが、やはり根っ子のところは変わらないらしい。
話を振られたムラタ――かつてのイチロー――は、少し首を傾げて、
「変だというなら、一つに絞った方が良いだろうな。すでに“ムラタ”で活動しているし、他の人がいるところでは“ムラタ”の方が良いだろう」
メイルの言葉にムラタはまとめて返答した。
逆に一気に答えが返ってきたメイルがフリーズしてしまってる。
「……先に確認しておくべきだと思うんです」
その隙に、不意にマドーラがメイルに話しかけた。
「ん? 何? ……ああ、違った。何ですか?」
「私への言葉遣いは……そうですね。他の方がいなければ、特に気にされなくても」
「そう?」
「それよりも、ムラタさんを訪ねていらした理由をハッキリさせた方が良いと思います」
小さい声であったが、マドーラはそうハッキリと告げた。
今まで、ムラタの話で盛り上がっていたのは間違いが無い。
だが、そこからマドーラはシームレスに話題を移行させた。
つまりは、マドーラの中では、ムラタについて話すことと、2人が現れたことが繋がっていることになり――ひいては、ムラタの話を2人から聞いている内に2人を見極めていたことになる。
メイルは、いきなり切り替わった話題に戸惑うだけで済んだが、アニカはマドーラの特異性を感じ始めていた。
「……えっとね、基本的にはさっきも言ったけど顔を見たかったの」
メイルが答え始める。
マドーラは、それにあっさりと頷いた。
もちろんそれは、続きを促す意味合いもあるだろう。
「それと王都に来てから、知り合いになった人がいて――冒険者なんだけど」
メイルは、そのまま話し続ける。
「ガーディアンズ」と知り合った経緯を、丸ごと説明した。
それを聞いていたムラタが、口を挟む。
「……やっぱり、そういう魔法があるか」
「あ、これ聞かなかったことにして。言わないことにしたんだった」
完全に手遅れの状態で、メイルが懇願するのはもちろん「視覚浮遊」についてだ。
元々、「ガーディアンズ」と知り合うきっかけとなる魔法でもある。
メイルが言い出さなければ、どちらにしても追求されていただろう。
「いや、そのぐらいの敵対行動は覚悟の上だ。しかしマドーラとキルシュさんまで被害に――」
「それは大丈夫! ――と信じて欲しい」
アニカが声を上げた。
だが、それで大人しくなるムラタでは無かった。
今までとは比べものにならない冷ややかさで、二人をジッと見つめている。
メイルも自分の立場の微妙さに、ようやく気付いたようだ。
肩をすぼめて、すっかり小さくなってしまっていた。
逆に、堂々と受けて立ったのはアニカである。やはり良いコンビではあるのだろう。
ムラタはアニカへと視線を移し、
「まずは使用された魔法についてキチンとした説明を。俺の常識では、いくら何でも王宮の中まで覗き見出来る魔法に対する備えが無いというのはかなり変なんだ」
と、尋ねた。
それがムラタの好意で猶予を与えられたということに気付かないアニカでは無かった。
「視覚浮遊」という魔法の説明。普通に使用しても、到底覗けるものでは無いこと。しかしながら「ガーディアンズ」に所属するキリーとブルーのスキル、共振によってそれが成ってしまった。
だが無茶であることは間違えないので、四六時中覗いているわけでは無い。
そして、双子の関心はゲームにあると言うこと。さらに……
「ルコーンさんが、叱ってくれてる」
と、そう言ってアニカが説明を終えた。
だが、すぐさまムラタが確認する。
「しかし、一度は使用されている」
「それは……イ……じゃなかった、ムラタが殿下をどうするつもりなのかわからなかったから」
「何とも見込まれたものだな」
そう答えながらムラタの手が、身体をまさぐり始めるが、その手がそのまま降下して行く。
その手の代わり、というのもおかしな話だったが、ムラタの視線がマドーラに向けられた。
「……この辺で決めるか?」
「もう少しお話を聞いてみたいです。会いたかったわけでは無い、と言ってましたし」
「そうだな」
ムラタとマドーラの間で、短いやり取りが為された。
「お茶会」であった雰囲気が、いつの間にか「尋問」のそれに変化している。
二人は、まるで誘い込まれたような錯覚に陥っていた。
「キルシュさん」
そんな風に緊張してきた空気に棹さすように、ムラタが蚊帳の外状態のキルシュに声を掛ける。
「は、はい」
「お茶をお願いできますか? 器具の使い方はここ数日練習されていましたし、この2人にお手本となるような、立ち振る舞いを示してやって下さい」
「ちょ……!」
メイルが反射的に声を上げるが、ムラタはその反応に向けて実に人の悪い笑みを浮かべた。
「事情がどうであれ“侍女募集”という建前で、ここに乗り込んだのは事実だろう? 少しは建前に殉じた方が良い。それに話が転がれば君たちには侍女役をやって貰う可能性がある」
「え、あ、その……」
メイルが助けを求めるように、何故かマドーラに目を向けるが、マドーラは不思議そうに首を傾げるだけ。
どうやら、本気で侍女をやらせるつもりらしい。
「それでは……ご用意しますね。殿下は?」
キルシュの確認に首を横に振るマドーラ。
そしてムラタには確認しようともしない。
つまり、お茶が差し出されるのはメイルとアニカだけ。
何ともわかりやすい“針のむしろ”を提供される形となったわけだ。
「――じゃあ、俺に会いに来た理由を聞こうか。会いに来ただけじゃ無いんだったな」
「それは……」
「簡単に言うと、助けて欲しい」
言い淀むメイルを置いて、アニカが先に覚悟完了したようだ。
いやそれ以上に、まるでムラタに挑みかからんばかりの強い口調だった。
だが、すぐに行き過ぎだと気付いたのだろう。
ふぅ、と一息つくと、胸に手を当てながらこう続けた。
「……多分、というか確実に愚痴だと思うんだけど」
「聞こう」
間髪入れず、ムラタがアニカの言葉を肯定した。
そこにどんな思惑があるかはわからない。
だが「君たちには世話になった」とムラタが言い切った時のような、真摯な響きがあることを2人は感じたのだ。
メイルは甘い見通しでここまで乗り込んでしまったことを恥じ入り、アニカも自分が意固地になっていたことを認めることができた。
だからこそ素直にノウミーの変化と、これまでのギンガレー伯の行動を訴えることが出来る。
そうしている内に珈琲が提供されるが、2人はそれに口をつけること無く、代わる代わる今の状況を訴え続けた。
それをジッと聞いていた、ムラタ――そしてマドーラ。
確かにほとんど愚痴ではあったが、愚痴である事が重要なこともある。
「……まず、せっかくの珈琲を何とかしてくれ。仕方のないことだがキルシュさんに申し訳ない。妙なタイミングでお願いした俺も悪いが」
一段落付いたところで、ムラタがそう告げると2人は慌てて冷め切った珈琲を一気に飲み干す。
砂糖は添えられてあるだけでブラックのまま。
口に含んだ2人は悶絶しているが、ムラタは構わずマドーラに話しかける。
「どうする?」
「ムラタさんは?」
「この件に関しては君の判断に委ねる。手伝いが必要になったら、俺が出張るさ――だが決断するのは君だ」
再び開始された短いやり取り。
そしてマドーラに皆の視線が集中する。
だが、マドーラは落ち着いたままこう告げた。
「大丈夫だと思います――この2人は使える」