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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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旧交を温めない

 まずマドーラとキルシュを奥の部屋に移動。

 その上で、ルイーザとマリーには帰って貰う。

 奥の部屋に誘導しながら、そう説明するムラタに待ったをかけたのはマドーラだった。


 マドーラとの折衝を進めながら、立ち番の近衛騎士とも話し繋ぐムラタ。

 もちろん、その間もルイーザとマリーの様子を窺いながら。

 

 ムラタ相手に、ほとんど一歩も引かないというレベルで、2人を入室させることを主張するマドーラ。

 その上、侍女としての面接も行うと、ムラタに言ってのける。


 問答無用で二人を追い払うつもりだったムラタ。

 最初は完全にマドーラとは平行線であったが、マドーラと話し続ける内に不意にムラタが黙り込んでしまった。


 そんなムラタの変化に好機を見たとマドーラは感じたらしい。

 とにかく、何もわからないままに追い返すべきでは無い、との主張にムラタが譲ることとなった。


 入室は認める。

 だが、そのままマドーラとキルシュを二人には会わせない。


 まずはムラタが、しっかりと見定めてから、という条件を出したのだ。


 その条件には、むしろマドーラが積極的に賛同し――


「――まず、そちらが用意していた台詞を聞かせて貰いましょう。ルイーザさん。それから、マリーさん」


 ――このようにムラタによる尋問開始と相成ったわけだ。


「ルイーザじゃないよ! あ・た・し・! メイルだよ!」

「ですが資料には……」

「イチロー! どうしたの?」


 ルイーザ――つまりはメイルが、わけがわからないというようにムラタに詰め寄る。

 メイルはもちろん武装してない。


 王都でよく見かける、町娘、という出で立ちである。

 王宮に登るにあたって、精一杯お洒落しました、という風情ではあるが、髪型ショートカットというのはかなり珍しい。

 少なくとも良家の子女、というには無理がある。


 この辺り、せめてウィッグなりを使えばマシになるはずだが、その手間は惜しんだようだ。

 あるいは何か考えがあったのか。


 もう一人、マリーと名乗った女性は言うまでも無くアニカであった。

 こちらはしっかりと町娘に見える。


 メイルのドレスは臙脂色と渋さを感じる色合いであったが、アニカのそれは普段着ているローブと似た色合いの薄緑。

 それでも金髪を結い上げている姿は、場に相応しいといえばその通りだろう。


 しかしムラタに向ける眼差しは、到底“一般市民”のそれでは無い。


「……名前を変えるということは、それぐらいは飲み込まなくちゃ。何だって“偽名”を使った?」


 メイルの声に、ムラタが口調を変えた。

 それ事態が、ここ最近の「ムラタ」を知るものであれば、驚嘆に値する変化であったが、メイルとアニカにしてみれば、そんなことは当たり前だ。

 それどころかメイルは鼻白む。


 所謂、これ以上無いほどの“お前が言うな(おまいう)”状態に陥ったのだろう。

 ここで、アニカにバトンタッチとなった。


「何としてもイチローと接触したかったの」

「なるほど」


 ムラタはそう応じて、指を泳がせ、ピタリとそれを止め、それでも最終的にダブルの内側からタバコを1本取り出した。

 そして二人に断ること無くそれを咥えると、ジッポで火を点ける。

 その黒い瞳を歪めたまで。


「偽名を使う意味はわかる。偽名を使わなければ、書類の段階で俺が弾いていた。むしろ、よく俺の行動を読んだと感心すらしている」


 変わらず不機嫌である事を隠さないままでムラタは賞賛する。


「だが、そこまでして何をしたいんだ? 言うまでも無く、今俺の側にはこの国のトップがいて、俺は彼女の安全のために力を尽くさねばならない」

「……それは殿下に仕えているから?」


 アニカの質問にムラタは紫煙をはき出しながら応じた。


「違う――俺と彼女は相互に協力することを約束している。だから彼女の安全のために、安易に人を信頼するわけにはいかない」

「あたしたちが信用できないの?」


 さすがにメイルが声を上げるが、ムラタはタバコを咥えたまま。

 その火は揺らぐことも無く、ただ赤い。


「2人には世話になった。事が俺だけの話であるなら、旧交を温めるのも良かっただろう。それぐらい、2人を信頼はしている」

「それなら……!」

「だが1年以上経過している。安易に人を信じられるわけが無い」


 ムラタは灰を携帯灰皿に落とす。


「君たちは確かに信用に値する人間だった。しかしながら、その周囲は? 話を簡単にするなら君たちの大事な人が人質にされている可能性は?」


 ムラタのタバコの先が赤く輝く。


「確か……名前を思い出せないが向こうの冒険者ギルドのマスターとか……ああ、あの人では人質にならないか」


 途中で変化した二人の表情に気付いたムラタが、すぐに修正する。


「……とにかく、会わないことが一番手っ取り早い。こちらは安全だし、君たちが何かしら厄介ごとに巻き込まれていた場合でも、指示を出していた“誰か”に言い訳がしやすいだろう」


 ムラタの説明はとりあえずは一段落を迎えたようだ。

 メイルとアニカは顔を見合わせ、まずメイルが声を出した。


「……よかった」

「“よかった”?」


 メイルの言葉が、よほどムラタには意外だったのだろう。

  

「ここに来た目的の一つはね、イチローがマドーラ様にひどいことしてるんじゃないかってことだったの。でも、実際はその反対みたい」

「俺は子供をいじめる趣味はないぞ」


 さらに、ましてや協力者なんだ大事にするさ、と投げやりに言葉を継ぎ足した。


「……でも、それだと私たちを部屋に入れる必要無いよね?」


 だが良い雰囲気になりかけたところで、逆にアニカからは、そんな疑問が呈せられた。

 しかし、その質問は謂わば当然の帰結。


 慌てず騒がずタバコを味わっていたムラタは、まだ長いままであるのに携帯灰皿にそのまま放り込んだ。

 そしてクンクンと鼻を鳴らす。


「何?」


 メイルがムラタに尋ねた。


「イライラして吸ってしまったが、タバコは子供には悪影響があるからな。せめて臭いだけでも……多分大丈夫」

「自分で吸ってたらわかんないでしょ……というか、タバコ吸うんだね」

「こんな風に人は変化する物だ」


 盗人猛々しい、という言葉が思い出される風情でムラタは宣言する。

 さすがにメイルが言葉を失っていると、


「この部屋って、あの時の牢に似てるね」


 アニカが、そう確認してきた。

 ムラタが頷きながらそれに応じる。


「似てるというか、俺の壊れスキルがでっち上げた部屋だからな。基本、同じだと思う」

「思うって……わかってないの?」

「わかってない」

「それ殿下は大丈夫なの?」

「痛いところを突かれたが、これは彼女が抱え込むべきリスクだろう。俺のタバコは、抱え込むべきでは無いが――だから何とかしたいんだけど」


 パタパタとやっているムラタに複雑な視線を向けるアニカ。

 しかしやがて、思い切ったように、こう告げた。


「……殿下をここに呼ぶんだね。それも殿下が抱え込むべきリスクなの?」

「それはそうだろう。君たちと会いたがったのは他ならぬマドーラだ」

「え?」


 驚くアニカ。もちろんメイルもだ。

 ムラタは、何故かドヤ顔を浮かべていた。


「……君たちはきっと、もっと驚くことになる」


 その言葉に対する2人の反応には構わず、ムラタは奥の扉をノックした。

 すると待ち受けていたように扉は開かれ、そこにはジーンズ姿のマドーラが立っていた。


 キルシュが何とか彼女を庇おうとしていたが、マドーラはその場から動こうとしない。

 ムラタは、そんなマドーラを見つめた。


「……聞いていたか?」

「はい」

「どうだ?」

「大丈夫だと思います」


 2人は短く言葉を交わす。

 次に2人揃って、取り残された形になったメイルとアニカを確認する。


「……今さらだけど、イチロー、その言葉遣いおかしいよ?」

「本当に今さら」


 居心地の悪さを誤魔化すように2人が、とりとめの無い言葉を交わした。

 メイルはそれで弾みが付いたのか、さらに喋り続けた。


「驚く事って、マドーラ様の格好のこと? 確かに驚きはしたけど、全然良いよ! 可愛いよ!!」

「メイル。あなたの言葉遣いもイチロー(ひと)のこといえないから」

「ええ? そう?」


 暴走の兆候を見せはじめるメイル。

 しかしながらムラタは何も言わず――その場をマドーラに譲った。


 一歩前に出るマドーラ。


 そして静謐なまま、ジッとメイルを見つめることで、彼女メイルに落ち着きを取り戻させた。

 思わず唾を飲み込むメイル。

 今まで何かふてくされていたようなアニカも、背筋を伸ばす。


「あの……私も今さらの質問良いですか?」


 マドーラはまずそう告げた。

 その言葉に、メイルとアニカは一も二も無く頷いた。


 一方でムラタは、心当たりがあるのだろう。

 視線をあらぬ方向に向けていた。

 だが、マドーラはそんなムラタには構わず、小首を傾げた。


「――“イチロー”というのはムラタさんのことで間違いないですか?」


 それは確かに重要な確認だったろう――あらゆる意味で。 

 

  

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