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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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ペルニッツ子爵の狼狽

 ペルニッツ子爵は焦っていた。


 状況は考えるまでもなく、最悪に近い。

 子爵位は継承させることもでき、その役職も継承できる。


 警務局詰め――というのがそれであるが、仕事は無い。

 日頃の活動と言えば、強者におもねること。

 これに尽きる。


 それでも、ここ最近はかなり苦労していた。

 

 王が権威を失って久しく、子爵の主戦場たる王宮では貴族が入り乱れての乱戦となってしまっていたのだから。

 つまり単純に、王に忠誠を誓いおだて上げ、ゴマをすっていれば良い、という簡単な構図から逸脱していたのだ。


 それでも、ある程度の秩序を人は求めるものらしい。


 ある程度の損得勘定を加味して、大きく二つの派閥に貴族たちは分裂した。

 メオイネ公を中心とした一派と、リンカル侯を中心とした一派だ。

 その派閥に割り込もうという野心を持っていたのがギンガレー伯だったわけだが、ここは置く。


 ペルニッツ子爵はメオイネ公の派閥に与することとなった。

 与する、というより、派閥の中心に存在する人物となった。


 単純な損得勘定を越えて、旗幟鮮明にメオイネ公に味方するという立場であると示したからであろう。

 ペルニッツ子爵の立場からは、保守的な主張が何よりも都合が良いという側面もある。


 自分の役職は、昔ながらの伝統に則り、という理由が大手を振っていれば、それだけ安泰ともいえるからだ。


 その点、リンカル侯は「金」の力を中心に据え、伝統をあまり重視しない。

 それを結果論だけで論じるなら、改革派、とも言えなくも無い。

 宮廷改革に際して、高邁な理念など何も無かったが、前例を覆すことを躊躇しないからだ。


 一番大きな変化は、近衛騎士の権限縮小などが挙げられるが、これに関してはメオイネ公も賛同していた。

 やはり単純に、貴族たちが二分されていたわけでは無いところが事態を難しくしていたのは間違えない。


 それでもペルニッツ子爵は、上手い具合にそれらの勢力の中で泳ぎ続けていた。


 やって来るであろう、ギンガレー伯の勢力拡大を横目で眺めながら、メオイネ公の派閥で一定の評価受けていたはずだが……


 全てチャラになってしまった。


 子爵は、あの「ムラタ」を何とか排除したいと考え、派閥の首魁たるメオイネ公に訴え出た。

 しかしメオイネ公はあの“狼藉者”相手に完全に戦意を喪失していた。

 所謂、尻尾を丸めた、状態になっていたのである。


 この辺り、即座に「ムラタ」の危険性を把握した公の慧眼こそ見習うべきであったのに、ペルニッツ子爵は、それをなかなか認められずにいた。


 何かしらの力の持ち主ではあるようだが、伝え聞くその話があまりにも眉唾すぎる。

 ハッタリだ、とペルニッツ子爵は判断した。

 この時の子爵の様子を俯瞰することが出来るなら、


 ――ハッタリだと、思い込もうとしていた。


 と、表現されていただろう。


 つまり己の願望だけを頼りに、事態の掌握に努めなかった。

 その行き先は、当然こうなってしまう。


「公爵閣下は、多忙中にて――失礼」


 面会を申し出た子爵に対して、本人は姿を見せず家宰に追い払われてしまった。

 何とか家宰に縋り付いたところ、


「僭越ながら、ご自身のお役目を全うするのが肝要かと――お役目があれば、の場合ですが」


 という、ペルニッツ子爵にとってはまさかりのような宣告が振り下ろされてしまった。

 あるいは、その言葉は温情であったのかも知れない。


 すでに「警務局詰め」などという役職が有名無実である事は露見している、と教えてもらったに等しいのだから。

 こうなれば尻尾を“丸める”のでは無く、尻尾を“巻いて”地元に逃げ帰るしか無い。

 所謂、都落ちだ。


 だがペルニッツ子爵は、その選択を選べなかった。

 何としても、都落ちは避けたい。

 それに……


(逃げたとして、それで見逃す相手ムラタだろうか……?)


 この考えがペルニッツ子爵を惑わせた。

 彼が単純に相手の顔色を窺うだけの貴族であったなら、さっさと逃げ出していただろう。

 なまじメオイネ公に近しい存在であったがために、その危険に気付いてしまったのだ。

 

 となれば、何とか踏ん張るしか無い。

 ムラタ排斥の前、あの会議室で思いついていたこともあった。

 とにかく今は、侍女候補を選抜できれば――!


 かくしてペルニッツ子爵は、冒険者ギルドに足を運んだ。

 最初は当たり前に使いの者を。

 翌日には子爵本人が赴いた。


 とにかく、あらゆるものから追われていた。時間も“それ”の代表的なものだ。

 ムラタは特に期日を設けたわけでは無かったが、時間を掛ければ、やり過ごせる相手とも思えなかった。


 子爵は古い使用人まで呼び出して、魔法まで使って呼び寄せ、過去の事例にあたる。

 警務局詰めとして、僅かばかりでも仕事をしていた経験。


 子爵はそれを欲していたのだ。


 具体的には、王都において警察のような依頼をこなす冒険者への伝手――あるいは、そのノウハウを維持している者。

 こう言った面子を探すために、考え得る限りの手段を講じた。


 必然的に、盗賊ギルドの存在がクローズアップされるわけだが、盗賊ギルドに繋がる太いパイプを持っているのはリンカル侯だ。

 「ムラタ」の出現で、すっかり様変わりしてしまったが、れっきとした政敵である。


 どうやっても、盗賊ギルドを頼りにすることは出来ない。


 盗賊ギルドを味方に取り込むためには何と言っても鼻薬かね

 とてもでは無いが、リンカル侯に対抗できるほどの金銭は用意できない。


 噂通りであるなら、ギンガレー伯ならばもしかしたら……と、考えたところで事態が好転するはずも無く、このルートは絶望的だった。

 

 もはやペルニッツ子爵には冒険者ギルドだけが頼みの綱で有り、そのため自ら足を運び、ひたすら叱咤を続けた結果――彼らが現れた。


 何処か「ムラタ」にも似た雰囲気を漂わせる最高位ハイエンドのパーティー「ガーディアンズ」である。


「盗賊ギルドにも、お声をかけられたとか」


 会って早々に、パーティーリーダーであるザインから切り込まれた。


 一瞬、鼻白んだペルニッツ子爵であったが、自分の行動が知られて、その上で協力してくれるのなら、この際、自分の矜持プライドについては目を瞑ることにした。


 ペルニッツ子爵が、それを肯定すると、驚くべき情報がもたらされた。


「――問題の人物は、盗賊ギルドにまで影響力を持っているようです」


 確定情報では無いが、ほぼ間違い無い。

 「ガーディアンズ」が、つい最近まで活動していたのは“大密林”だという。


 つまりリンカル領は事実上の本拠地ホームであり、それに加えて「ガーディアンズ」ほどの冒険者となれば必然的に、貴族との付き合いもある。

 つまり、盗賊ギルドに太いパイプを持っていたはずのリンカル家と付き合いがあったわけで……


 要するに、ペルニッツ子爵にもたらした情報の精度はある程度は信頼できる。

 そう、ペルニッツ子爵が納得したところで、キリーとブルーの双子が身を乗り出してきた。


「じつは、ちょっと頼みたいことがあるの」

「殿下にも、良い話だよ」


 畳みかけられた、というよりも、ひきづり込まれたように双子の話に取り込まれてしまったペルニッツ子爵。


 まず、今現在子爵が侍女候補を探していることを指摘された。

 これは驚くべき事では無い。


 子爵の行動を見ればわかることだ。

 だが双子の指摘はそれだけに留まらない。


 子爵が、どれほど微妙な立場にあるのか、正確に言い当ててしまったのである。

 さらに双子はこう告げた。


「例えば今から真面目に仕事をして、それで間に合うと思う?」

「殿下の仕事は、最初っから何も無いのに?」


 ペルニッツ子爵は頭を抱えた。

 この無礼な双子の言葉に反発することも出来ない。


 いや、すでに反論できるほどの心の余裕は無かった、と言った方が正解だったろう。

 完全に追い詰められた子爵。


 ――良い話があるよ。


 追い詰められた子爵にそういって、救いの手を差し伸べたのは双子の内のどちらだろう?

 いや、そもそもそれは双子の声だったのか。


 やがて、子爵の手に握られたのは「過去の“ムラタ”を知る人物たち」の情報。

 そして、その使い方。


「もう単純に仕事をこなしただけでは失地回復は不可能だ。攻撃に転じなくては――」


 ペルニッツ子爵は、熱に浮かされたように首を縦に振り続け「ガーディアンズ」の言葉に唯々諾々と従った。


 そして今。


 ――メイルとアニカがムラタ(イチロー)に接近する。


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