お姫様はガチ
>BOCCHI
『ばよ○~ん』
それも一度きりでは無い。
『ば○え~ん』『ばよ○~ん』『ば○○~ん』
なんだこの連続。
連鎖が止まりませんよ。
もう俺が太刀打ちできる状態じゃ無いな。
……しかし、これも壊れスキルを使えばどうか?
もちろん、そんな馬鹿な事はしない。
――一国を揺るがしかねない武力をもたらした“壊れスキル”で、極めるは「ぷ○ぷよ」!
……とか、シュールすぎるだろ!
完全に俺の精神が事象の地平線の向こうに旅立てるわ!
というわけで、遥か彼方に旅立ってしまったマドーラをこうして見守るしか無いわけである。
午前中は近衛騎士団とやり合っていたわけで、今は昼飯前の僅かな時間。
その隙を突いてマドーラはゲームをやっているわけだが……
これで良いのだろうか?
と、疑問を感じざるを得ない。
何というか、俺が言うのも何だが騎士団相手に俺がやったことは結構無茶だったように思う。
俺の偏見だと思うが、子供なら興奮して然るべき光景じゃ無かろうか。
それが戻ってきて早々に「ぷ○ぷよ」で、隙無くコンボを決めるって、なんだこれ?
練武場でのマドーラの様子もあるし、冷徹に騎士をどういう風に配置するべきか検討しているのでは無かろうか?
そして、その配置によってどういった変化が訪れるのか――つまり連鎖――を、ここで擬似的なシミュレートを行っているのでは無かろうか。
……この想像もある意味でシュールであるのかも知れない。
ストロベリーブロンドの髪を二つ括りでまとめ、ジーンズ姿で体育座り。
そして、モニターをジッと見つめるその姿。
な、なにかとんでもない状態になってないか、このお姫様。
しかし、このまま黙って見続けてもどうしよう無い。
「マドーラ」
俺は思いきって話しかけた。
すぐに反応して、ゲーム機の電源を落とすとこちらに向き直るマドーラ。
こういうところは育ちが良い――こういう表現の仕方で合ってる?
すぐに用件を告げればいいのに、俺は少しばかり気圧されてしまった。
「……別に切らなくてもポーズしてくれて良いぞ。そこまでの話じゃ無い」
ちょっと脇道にそれてしまう。
マドーラは、少しだけゲーム機に視線を流すがすぐに俺に向き直って、こう返してきた。
「ポーズすると、止まってじっと全部を確認してしまうから」
確かにそうなる。
しかし、マドーラはそれを嫌がったわけだから……
「……そういう状態がズルだと思うわけだ」
そう確認してみると、マドーラはコックリと頷いた。
なんですか、この娘の“ガチ”具合。
ごめんよ、ヨーライヒ王国の人達。
あなた達の女王は、もう引き返せないかも知れない。
「それで……」
「ああ、そうだった。昼飯食いたいものあるか?」
脇道に張り込みたがっているらしい俺の思考をマドーラが修正してくれた。
マドーラ、しばらく間を空けて、
「キルシュは?」
と、尋ねてきた。
その心遣いは賞賛したいところだが、
「これからの面接で緊張してるようだ。部屋で何かブツブツ言ってる。これ以上、考え事を増やすのは忍びない」
――だからこっちで決めてしまおう、と答えておく。
マドーラは再度考え込み、
「“オコノミヤキ”……」
「それは止めておこう」
これから面接だからな。
青ノリは避けたい。
「……それなら、もう何でも良いです」
「それも困るんだよ。俺の発想にも限界があるんだ。何か食べたいとか、ないか? 似たようなものをでっち上げるから」
「そう……言われても」
今度こそマドーラは首を傾げてしまった。
そこから二人で、あれやこれやと討論になった。
マドーラは何故か、箸でものを食べたいようだ。
これに関してはキルシュさんにも一因があると思われる。あの人、箸使うのすぐに上手くなったからなぁ。マドーラは自分もそうなりたいと考えているみたいだ。
だが、この国にもしっかり食器がある。
その文化――それも女王となれば――は大切にして欲しい。
だが話し合った結果、どうやらマドーラは麺類が食べたくなったようだ。
こうなれば話は簡単。
――パスタをでっち上げるしかない。
すっかり一緒の食卓で食べることに慣れた感じのキルシュさん。
……というか、面接に向けて頭がいっぱいで、他に気が向く余裕が無いらしい。
キルシュさんが用意した質問項目とかもしっかり出来ていたし、そこまで緊張しなくても――とは思うが、そう割りれるものでも無いだろう。
かくいう俺も、ちょっと構えている部分がある。
キルシュさんが、先に緊張してくれているので、それで助かっているぐらいだ。
彼女にはパスタは夏野菜の焦がし醤油風味ソースで。
マドーラは新しい侍女を雇うことについては抵抗していたが、ここまで来て納得できたのか諦めたのかは、よくわからない。駄々をこねる様子は無かったが――そもそも駄々をこねたところを見たことが無いからな。
そんなマドーラにはカルボナーラでお願いした。
一応サービスのつもり。
俺はあまり好きじゃ無いんだが、何となく子供向きであるような気がして。
あのソースって子供好きそうじゃない?
実際、マドーラも……多分気に入ってくれたはず。
で、俺はボロネーゼ。
本当はナポリタンが良かったが、ケチャップが何処に跳ねるかわからなかったからな。
そうとなれば、似たものを――ということでボロネーゼ。
……待てよ。
俺の壊れスキルに掛かれば、ナポリタンが跳ねても何ほどのことがあろうか。
いや、壊れスキルに依存するのもなぁ、と自制心が働くが、そもそもパスタ用意できた段階で、依存しまくっている。
いや、そもそも「料理番」がおかしいんだよなぁ。
俺はパスタをフォークに巻き付けながら、ため息を一つ。
ちなみにグリッシーニとサラダ付きだ。
……なぜ、このスキルはこんなにマメなのか。
もう、そろそろのはず――
いつもご飯を食べているテーブルに、マドーラとキルシュさんが並んで座っている。
マドーラは、もしかしたら「次期国王」らしい格好をした方が良いような気もするが、これだけ異世界に縁もゆかりも無い格好であるなら、それはそれでパワードレッシングの機能は果たせるだろう。
……多分。
キルシュさんは、某マリネラの8世みたいに同じ服を何着を持っているのか、いつもの地味なドレス姿。
多分、制服みたいなものなんだろう。
休みが取れるようになったら、多めにお金を渡して、たっぷりお洒落して貰いたいところだが……女の人はすべからく、そういう買い物やお洒落を喜ぶものと決めつけるのも乱暴な話だ。
この辺は改めて、話を聞いてみる必要がある。
何なら、近衛騎士10人がかり……キルシュさんが嫌がるか。
俺は、異世界風な状態から、押し出しの強いダブルに変更した。
もちろん着たままで。
キルシュさんは、驚いてくれたがマドーラはただ頷いただけ。
この世界でマドーラが一番“埒外”という俺の説明を、理解しているように思う。
――“もう、放っておこう”
の精神。
あるいは素直――では無いように思うがなぁ。
貴族共から身を守るために、傀儡に徹していた影響があるのだろうし。
俺が来てから、さほど日数が経っているわけでも無し。
「――キルシュさんはもう読んだけど、君に渡すのが遅れた」
俺はマドーラに今日、面接に来る二人の資料を渡した。
ここで職能とかは、当たり前に重視しない。
単純に、マドーラとキルシュさんと“合う”かどうかだな。
キルシュさんにも、その辺りを確かめるための質問を用意して貰ったわけだが……無茶振りだったきもする。
マドーラが目を通している資料には、ルイーザさんとマリーさんという名前が記載されていた。
年齢はまだまだ若い。
結婚適齢期のような気もするが、その辺りの異世界事情はよくわからないしな。
やはり大事な事はマドーラ達と“合う”かどうかを中心に判断した方が良さそうだ。
……俺の“ねぐら”での仕事は勝手が違いすぎるしな。
外で警護を務める近衛騎士からの合図。
うん、何とか馴染んでくれたようだ。
さて、モニターで確認を……
……参ったぞこれは。
即座に思考が再開されない。
どうやら、俺はパニックに陥っているらしい。
「……どうかしましたか?」
マドーラが、俺の変化に気付いてしまった。
俺は彼女にどう返事をするか迷う。
だが、目の前の事態から片付けていけば、やがてゴールが見えてくるはずだ。
だから、まずはマドーラへの返事。
俺は深呼吸して、そのついでに脳に酸素を送る。
「――端的言うと、面会に来ている二人が俺の知った顔だ」
「え?」
マドーラが意外そうな顔をする。
俺も意外だ。意外すぎたよ。
――メイルとアニカだ。間違えない。




