示威か見世物か
>BOCCHI
頭上から迫り来るはずの白刃。
そんなもの当たったら死んでしまうじゃないか。
……と突っ込める余裕があるんですが。
ここは王宮の練兵場。
「ゼラニウムの間」から見下ろしていたあの場所で有り、ハミルトンさんたちとやり合ったあの場所である。
そのハミルトンさんは……俺を見ながら高みの見物ですか、そうですか。
腕なんか組んじゃって、実に偉そう。
あの野郎、絶対に泣かせてみせる。
そのために、今から策を練ってもいい。
俺は今、練兵場の中心にいて、ルシャートさんが連れ出していた連中がその周りを取り囲んでいる。
結局のところ“アレ”に関して含むところがあるものは、意見具申――様子に憂さ晴らし――を許す、となったのが事の発端。
最初はハミルトンさんの時と同じように1対1で行っていたのだが、如何せん数が多い。
何回戦れば済むのだろうかと、いい加減俺が切り上げる算段を組み立てているところに、ハミルトンさんは、こう言いだした。
「もういっぺんに掛かっても良いんじゃないか?」
馬鹿なことを……
と俺が言い返す前にルシャートさんが、
「それ良いですね」
と賛同の意を示した。
それもマドーラの側でだ。
いや、マドーラだけで無くメオイネ公とペルニッツ子爵……だっけか。
その他大勢の、木っ端貴族もこの練兵場に詰めかけてきている。
伝聞ばかりでは無く、実際に俺の壊れスキルが出来ることを知って貰った方が良いだろう、というわけで今の事態だ。
示威、という意味合いもあって、俺も最初は頑張るつもりだったんだがなぁ。
だがこれは如何にもやり過ぎだ。
俺は別に多対1の技術は欲してなかったし、それに加えて追加騎士たちは普通に魔法使うからな。
……流れ弾とかそういう心配は良いのだろうか?
そんなわけで、俺は魔法を切り裂くためにビームサーベルを伸ばさざるを得ず、つまり手加減が出来ない。
よって必然的に――
ドンッッ!!
周囲をまとめて踏み潰すしかか無くなった。
大体要領を掴みつつあるので、マドーラに影響を出さないように踏みつぶすことが出来るのが、幸いと言えば幸いだ。
……本当ならハミルトンさんを潰すぐらいはしたかった。
で、俺の前で剣を振りかざしている騎士は――今にも仰向けにひっくり返りそうだ。
実際、剣を振りかぶれる分だけ大したものだと思うよ。
他の面子は――俺は周囲を見渡した。
四つん這いになって、それ以上に身動きできなくなっている騎士がほとんどだ。
他にも立っている者もいたが……俺から距離があるな。
となれば魔法の出番になるが、それらしい動きを見せているものもいない。
発声が必要だと思うのだが……
俺は振りかぶったまま必死なってバランスを取っている騎士の背後に回り込み、膝カックン。
怪我したら、呪文で治して貰ってくれ。
「――あらあらあら」
不意にルシャートさんの声が響く。
ああ、確かに指揮を執るには大声も必須だし――ん?
これはもしかしたらスキルによるものかも知れない。
ルシャートさんの声の響き方が、自然なものとも思えなかったし。
「たった1人を相手に、この有様。到底看過出るものではありませんよ。しかも殿下の御前で……」
あ、何を言い出すつもりだ。
俺を当て馬に訓練させるつもりか。
ちょっと前までそれやって来たんじゃ無いのか?
「今こそ近衛騎士団の忠義を示すときです。さぁ、お立ちなさい!」
うっわ~“凜”としてるよ。
さて、どう対応するべきかな。
これが訓練だというなら、容赦なく――つまりこのまま――踏みつぶして終わらせにしたいところだが、問題なのは、メオイネ公たちの存在だ。
すでに十分、公たちは顔を青くしてくれているから俺の示威としては十分だろう。
となると、これから先、近衛騎士団を動きやすくするために花を持たせた方が政治的にはベターかもしれない。
ルシャートさんは……何だか怖い笑顔を浮かべている。
ハミルトンさんは……こいつは必ず泣かす。
俺は、一瞬つま先を動かして圧力を弱める。
一気に力を抜くと、その反動で怪我をするかも知れないから、どうにか調整しなくては……
それが上手くいったのか、倒せ伏していた騎士たちがジリジリと立ち上がって行く。
実際、この状態で心が折れないのも感心。
あらがう力を持ち続けていたことにも感心。
確実に鍛えられてます。
俺のような壊れスキルでずるの限りを尽くしているような奴より、よほど信頼できる。
この辺、マドーラにはしっかりと言い聞かせよう。
子供の頃は、単純な力で目眩ましされるからなぁ。
マドーラには、どう伝えるべきか――横のメオイネ公たちは単純に騎士たちの奮闘に、オーッ、と声を上げているが、これは俺に対抗できると思って興奮しているだけだ。
何とも嫌われた話だが、それでこそだしな。
マドーラは……いつものように何かしら観察しているようだ。
正直、マドーラについては俺から見ても、底の知れない部分がある。
古い血の為せる技か……のような廚二的感傷に浸るつもりはないが、王家の一員であるという部分に、理由を求めたくなってしまうのも仕方のないところだろう。
だが重要なことは原因では無く、それで何を為せるかだ。
そんな風に俺なりの観察を続けていると、周囲で騎士たちが続々立ち上がって行く。
うむ。
最終回辺りに良く見る構図だな。
俺はもちろんラスボス。
この後、
――その時不思議な事が起こった!
と、いう展開になって俺は見事倒されるわけだ。
ちょっとこのまま倒れてみようかとも思ったが、それをやるとこの先……やはり“おまけ”してやるには、いかないな。
俺は軽く右足をあげ、
ドンッッ!!
再び、踏み付け。
今度こそ、完全に押しつぶされる騎士たち。
貴族たちは、盛大に肩を落とす。
ルシャートさんは納得したように頷き、ハミルトンさんは笑みを浮かべたまま。
マドーラは――やはりジッと観察しているな。
あれはあれで、仕える騎士を選抜している可能性もある。
それで俺はどうするべきか……やはり、取りあえずは“ああ”呟くべきかも知れない。
「現実は――」
「お疲れ様」
ハミルトンさんにインターセプトされてしまった。
俺はせいぜい恨みがましい目で彼を見つめる。
見つめるだけで無く、今現在も圧力掛かったままのはずなんだが……あっさり近付いてくるな。
前よりも成長している――?
俺とルシャートさんの会合を意図して遅らせたようだが、もしかするとこの辺も理由なのかも知れない。
ため息をつきながら、伸ばしっぱなしのビームサーベルをしまって――今日は“異世界”仕様の出で立ち――足先を動かして、圧力を解除。
「お」
その一言だけで済ませて、ハミルトンさんがさらに近付いてきた。
この人の身のこなしは、壊れスキルで吸い取っておきたいところ。
……泣かせるプラン……ちょっと難しいか。
「なんとまぁ、見事に片付けたものだな」
特に嫌味というわけでも無く、あっさりとハミルトンさんが論評する。
片付けられた騎士たちは、圧力が消失するとマドーラとルシャートさんの前で整列を始めていた。
俺がハミルトンさんに気を取られている間に、何らかの合図が出たんだろう。
ここはルシャートさんに“鞭”を受け持って貰って、マドーラには“飴”を――いや、こんなに素朴なプラン、騎士団員を馬鹿にしすぎか。
それにマドーラに対して過保護になっている自覚があるにはあるんだ。
……ここは、なるように任せよう。
俺がいなくなって、そこから先どうなるかなんて責任持てないし、ルシャートさんと良い関係を築いてくれ。
「さすがに疲れましたよ。想定外にも程があります」
「でも、有意義だっただろ?」
少々の嫌味で応じたら、正論で返してきた。
ええい、ハミルトンさんは俺か!?
せめてもの仕返しにせいぜいニッコリ微笑んで、胆の中に毒の短剣を抱えておこう。
「確かに有意義でした。貴族の方々にも牽制できたようですし」
「だろ?」
ドヤ顔を決めてくるが、当初のプランとしては「体育会形式による納得の仕方」で済ませるはずだったんだよなぁ。貴族の牽制とかゆっくりで良いし。
この「方向性は一致しているが、微妙に気苦労のラインが増えてくる」攻撃何とかならないものか。
……泣かすんだけど。
「それで午後からは、面接だったっけ? ペルニッツ子爵殿下がそう上手く仕事が出来るとは思えないが……」
「ですが、まったくの空手形でも無いでしょう。取りあえず仕事は確認しなければ」
ペルニッツ子爵の役職が有名無実である事は、すでに調べが付いている。
ギブアップするなら、それなりの処理をするつもりだったが……
「とにかく頑張ってくれ。私たちも、君が団長にアレコレ要求してくれたおかげで再編からやり直さなくてはな」
あ、すでに意趣返しだったのか。
それはそれで溜飲が下がるが、もうプランの選定に入っているからな――途中で投げ出すようなことはしたくない。
俺とハミルトンさんは、適当に挨拶を交わし、それぞれの陣営に戻った。
あ、貴族たちはどっちの陣営になるのか知らない。
……さて、有望そうな人材が現れるかどうか。