攻めて責めて
そういってすぐに、ムラタは片手をあげた。
「――とは言っても“アレ”絡みではありません。単純に仕事を沢山振ってしまうということです」
一瞬身構えたルシャート。
耳に手を当てようとしていたマドーラ。
それぞれが、その動きを止める。
「どうも頭の中で考え続けても、基本的な情報がありませんから、かなりおかしな事を言い出す可能性があります。現場を知らない人間の無茶も。その辺りをすり合わせていきたい……」
「お待ち下さい」
今度はハッキリとムラタを押しとどめたルシャート。
「この会合の意図はわかります。その前に私――と言うか騎士団から確認したいことがあるんです」
そう言われてムラタが、仕方ない、と言うように肩をすくめた。
マドーラも、しっかりと頷く。
どうやら自分がこう言い出すことも、予測していたのか、とルシャートも判断したが、しっかりと口にしておかねばならないこともある。
騎士団のような、命令系統をしっかり保たなければ瓦解してしまう組織を預かる者としての、これは習性に近い。
確かに、なぁなぁ、で済ませてしまっても構わないような気がするが……
「まず――」
そう告げることでルシャートは自分の怯懦を打ち払った。
この部屋に来てから、情けない姿しか見ていないがムラタは“狼藉者”に違いは無いのだ。
「――騎士団に仕事を頼む心づもりがあると言うことは、我らを信用か、信頼か、そのようなものがあると判断しても良いかと。ですが、我らとムラタ殿はそれが形成されるほどに親交があったわけでは無い」
まったくの初対面、とは言いがたい。
ハミルトンとの交流もあるだろう。
だが自分――近衛騎士団団長とは、話したことが無い、という状態と大差は無いなずだ。
それなのに、ムラタは自分がマドーラに与すると決めてかかっている……ように見える。
マドーラに忠誠を誓う、と言うことについては、まさしくその通りだが、どこでムラタはそう判断したのか。
――“王に従うのは当然”
などと考えるような人物では無いことは、様々な情報を鑑みるに確実だと言っても良いだろう。
「……正直申し上げて、ルシャートさんがマドーラに与している本当のところはわかりません。その理由を知りたいとも思いません」
ルシャートの言葉に対して放たれたムラタの言葉は、何とも淡々としたものだった。
「ですがルシャートさんが貴族連中に良く思われていないことは確定していましたから」
「確定?」
「はい」
そう肯定はするが、それ以上の理由を告げるつもりは無いらしい。
ルシャートは焦れたように、強引に話を先に進めた。
「……敵の敵は味方、などという理由が成り立つほど甘い見通しをお持ちのものとは思えませんが」
「その点は確かに。違う考えを持つ集団が林立するだけでしょう――その力関係を利用する者が現れなければね」
「それが貴殿だと?」
「あるいは、それがルシャートさんの望みなのでは? 貴女が独自に権力を手中に収めようと画策してもおかしくない状況だったはずです。ですが強引にそれを為せば――」
ムラタが言葉を濁す。
マドーラには決して目を向けぬまま。
そう――
実力行使に出た場合、マドーラが除かれる可能性が高い。
近衛騎士団として動き出すには王宮内での協力者が必ず必要だ。
しかしそのような人物は現れず、権力闘争の結果、潜在的な敵方であるリンカル侯の手が騎士団に入り込んでしまった。
こうなっては動きようが無い。
「……単に権力を欲するのであれば、形にこだわる必要は無い。貴女が先日まで身動きが取れなかったのは、マドーラ“個人”の身を案じてのこと――つまりマドーラの“味方”だ」
あっさりとムラタは断言した。
それに加えてハミルトンとの会話。
それから華美を押さえて実用的な鎧を採用し、それを従わせるなど、騎士団に見られるルシャートの指導力の高さ。
「……とまぁ、傍証も沢山でルシャートさん、ひいては騎士団はマドーラの味方だろうと判断したわけです。ですから頼りにさせて貰おうかな、とこういうわけでして」
ルシャートはその言葉に頷くしか無かった。
実際に、マドーラを大切にしたいという、思いに嘘偽りは無く、今のムラタが生み出した状況が自分にとって歓迎すべき状況であることも確かだったからだ。
……ムラタが、そこまで自分について考えていることに不気味さを感じではいたが……
「それで“まず”と仰っておられたから他にも確認したいことがおありなのでは?」
そんなルシャートの思考の隙を突くように、ムラタはこの問答を打ち切ってしまった。
まだ話は終わってない、とルシャートは強引に詰め寄ることも考えたが、その次の手が思い浮かばない。
それよりも“次の話”に移った方が建設的だろう。
ルシャートはニコリとマドーラに微笑みかける。
「殿下、いまこそ出番ですよ」
そう言うと笑顔のままルシャートが鎧を鳴らしながら耳を塞いで見せた。
ムラタとルシャートの問答にジッと聞き入っていたマドーラは、それを聞いてハッとなって、慌てて耳を塞いだ。
その上で、傍らのムラタを仰ぎ見る。
ムラタは肩を落としながら、マドーラに頷いて見せた。
「……やっぱり、この話になりますか」
その上で、まるで恨み言のようにルシャートに確認する。
どうやらムラタが本当にスルーしたかったのは、こちらの話題であるらしい。
そんなムラタの様子を見て、なぜだかルシャートの心が浮き立ってしまった。
「それはそうですよ。目下、騎士団の働きを阻害しているのはこちらの方なんですから」
「……ああ、つまらないことになってしまった」
どうやら本当に後悔しているらしい。
だがそれでは、上がってきた情報と少し違う。
「ムラタ殿は――この際、お名前は何でも良いですが――この事態には関与していない、とのことですが」
「それはそうです」
いきなり胸を張って答えるムラタ。
その様子を、耳を塞いだままのマドーラが不思議そうに見つめていた。
何だか可哀想にも思うが、万が一、マドーラが“アレ”を好ましく思うようなことがあれば……
ルシャートは思わず身震いした。
間違いなく騎士団が壊滅する。
だからこそ、この辺りはきっちりとする必要がある。
「……ですが、貴方にも責任があるかのようなご様子ですが」
「正直に申し上げて、一部の女性たちがあの様になる可能性を考えないではありませんでした。ですが、こんなに早くこのような事態になるとは……」
「可能性を認識されていたんですか!?」
ルシャートが今にも立ち上がりそうな勢いで、ムラタに問いただす。
マドーラはそれに驚いたが、律儀に耳を塞いだままだ。
その様子が哀れでも有り、おかしくもあったので、ルシャートの勢いも弱まる。
(この際、殿下にはここに留まって……ああ、これでは今までの無礼な扱いと変わらない……)
この状態がどうにかならないかと煩悶してしまうルシャート。
その隙に、ムラタが告げた。
「とにかく、今は原因を探しても仕方ないでしょう。王宮に乗り込む前に、俺もあれこれ対応策だけは話してきたつもりなんですが」
「……ああ、サー・ハミルトンから聞いていますよ」
「……そう、その通りです」
ムラタとルシャートの視線が絡み合う。
そしてしばしの沈黙。
雰囲気の変化を感じ取ったのか、マドーラが耳を塞いだままキョロキョロと2人に等分に視線を向ける。
それが、ある程度の緩衝材の役目を果たしたのだろう。
やがてムラタが、ふぅ、と息を吐いた。
「……あの点に関しては、対応策をさらに考えてみますから、どうかご容赦の程を」
「やはり対応策しかありませんか?」
こちらも仕切り直しが必要と考えたのかルシャートが、穏やかに応じた。
ムラタは、それに頷きながら、
「それしかありません。俺が体験した恐怖の中でもなかなか上位でしたから。“アレ”の発生は災厄に近い。人の手に負えるものでは無い」
「……そんなに?」
「“向こうの世界”でもどうしようも無かったんです。もし蔓延してしまったら……」
そんなムラタを見てルシャートは確信した。
ムラタは本気で怖がっていると。
演習の間に個人的な面接など行って、精神的にケアしてきたつもりだが、伝え聞く限り超然とした“狼藉者”がこれだけ怖がるからには――まだまだ予断は許されない。
自分がそういう“趣味”に目覚めなかった事が幸いだったわけだが……
盗み見るようにムラタを確認するルシャート。
相変わらず、苦い表情を浮かべたままだ。
そしてマドーラは……とりあえずムラタに任せるしかあるまい。
ルシャートは再び笑顔を作り、マドーラに耳栓を外すようにジェスチャーで示した。
マドーラはこくこくと頷き耳栓を外し、安心したように胸をなで下ろすムラタ。
そんな2人を見て、ルシャートはクスリと笑いこう告げた。
「さて――騎士団をどれほど頼りにされるのかを伺いましょうか」




