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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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ちゃうねん

 報せがルシャートの元に届けられたのは、随分前のことになる――


 そもそもルシャートにしても王宮との連絡を絶つつもりは無い。

 日に一度必ず報せが届くように――変事となればすぐさま魔法によって連絡がつく。

 さらには『瞬間移動テレポート』を使用する事を躊躇う理由もない。


 それに加えて演習とは言っても、その実質は王都からの一時的な退避であることが主目的なのだ。

 王都にいる限り被害妄想……と言って良いものかどうかは難しいところだが、そういったものからの騎士団員を切り離すことが目的でもある。

 つまりは優先順位的には、どうしても高くならない。

 マドーラに関わる変事となれば、一も二も無く王宮に駆けつけるべきなのだが――


「もう遅い」


 そう報せてきたのは、実質的には騎士団における副団長で王宮に残してきた団員をまとめる、ハミルトンだった。


「あの男はすでに、殿下と接触しているし、もはやどうしようもない。どうしようも無いがしかし――」


 その男とリンカル家が共闘態勢にある事。

 そして男の持つ不可思議なスキル。

 さらには今までのマドーラの扱いについて、これも状況が変わっていることを伝えてきた。

 

 それに何より、騎士団を混乱させてきた“アレ”について、責任の一端があの男にもあると告げられる。


 そうとなれば――

 ルシャートは自らが持っている別のルートで、王宮で起こっている事態について詳細な情報を集めることにした。

 遅きに失する可能性もあるが、すでに事態は知らされた段階で手遅れと大差が無い状態だ。


 となれば次の手を打つとなれば、今手元にある騎士団全部を率いて王宮に乗り込むことになり、つまりはさらなる王宮情報の収集は必然となる。

 物見も出さずに、戦闘状態で騎士団を動かすのはあり得ない選択だ。


 だが翌日に、あの男が繰り出したのは貴族間抗争で身動きが取れなくなっていた近衛騎士団を、その名称に相応しい役目が果たせるように“命令”することだった。

 それに伴い、別のルートからもたらせる情報。


 ハミルトンからは、これも共闘に近い申し出があり――それと一緒に、その男を焦らしてしまえ、と悪戯めいたメッセージも添えられていた。

 しかもマドーラが――何か変化しつつあるらしい。


 それでいて監禁や脅迫を受けている様子も無く、大貴族で権勢を誇っていたメオイネ公もすっかり沈み込んでしまった。


 ――どうやら、とんでもない人物であるらしい。


 ルシャートは以前、その男――この時は「ムラヤマ」と名乗っていたが――と会っている。

 正式に名乗りあったわけでは無いが、その時の印象はオドオドしていて、何とも頼りなく感じたものだが、今の状況から考えてその印象を訂正していかねばならないようだ。


 そしてハミルトンの企みに乗る形で、予定通りの日程で帰城し、ハミルトン、さらには男と実際に模擬戦を行った者たちからも聞き取り調査。

 聞けば聞くほど、以前の印象とは反対の情報が積み重なっていく。

 

 結果として、警戒するしかなくなるわけだが、以前とは随分様相の変わったハミルトンからは、以前と変わらぬ冷笑で、


「大袈裟なことだ」


 と、笑われてしまった。

 彼の立場がどのように変化したのかは、まだ調べ切れてはいないがリンカル家で、何か変化があったらしい。

 肝心のリンカル侯が王宮に姿を見せていないというし――


 そして今日。

 マドーラとの面会となった。

 そして登城してすぐに明らかに王宮内の様子が変わっている事に気付いた。


 主たるマドーラが居るというのに、我が物顔で動き回る連中は消え失せ、逆に顔を色を窺いながら、早足で自らの仕事をこなしていく者たち。

 ルシャートに、しっかりと礼儀を弁えて接してくる侍従。

 しかも、剣を佩いたままで良いという。


 あまりの変化ぶりに戸惑いながらも、さらに通される予定の部屋は「ゼラニウムの間」だと聞いて、ルシャートは驚くことを止めた。

 確かに実質的な意味は無いが、その心遣い――いやそれだけでなく、今まで収拾してきた情報の数々が、


 ――どう考えても、「ムラタ」は敵では無い。


 と判断するしか無くなったのだ。


 その判断に間違いは無く、特に脅迫された風でもないマドーラ。

 そして傍らに控える――ように見える「ムラタ」


 やはり、以前古書店で数語だが言葉を交わしたあの男で間違いないが、やはり傍若無人に振る舞っているような人物にも見えない。


 とりあえず手順通りに、とルシャートがマドーラの前で跪き口上を述べたところで――


「このたびは誠に申し訳ありませんでした!」


 と、ムラタが突然頭を下げてきた。

 それだけでも驚きであるのに、マドーラが丁寧に指で耳を塞いでいた。

 ルシャートが、あまりの光景に跪いたままで固まっていると……


「マドーラ」


 ムラタが、しかめっ面でマドーラに向かって手を振る。

 それを見て、マドーラが耳から手を離した。

 ムラタはそれを確認して、こう告げる。


「ちゃうねん」

「チャウネン?」


 おかしな言葉のやり取りが続く。


「……いやそうでは無く……いや、そうなんだが今は耳を塞いで欲しいタイミングじゃ無い」

「そうなんですか」


「当たり前だ。人に謝罪することに何の問題があろうか――いや、問題があるから謝っているんだが、それを君に隠したいわけじゃ無い。そもそも、それなら頭をこんなにわかりやすく下げないだろう?」

「そう……ですね。じゃあ、聞かせたくない事っていうのは……」

「それを君に教えたら、意味が無いじゃないか」


(……確かに、殿下には“アレ”を知らせにくい)


 思わず胸の中でそう呟いて、それが合図であったかのように、とうとうルシャートは爆発してしまった。

 もちろん、笑いの衝動を堪えきれなくなったのだ。


「ウフ、ウフフフフフ……す、すいません、このような不作法な事……アハハハ……」


 どうしても堪えることが出来ないらしい。

 跪いた姿勢のまま肩をふるわせて、必至に笑いを堪えている。


「見ろ。笑われた」

「え……私が悪いんですか?」

「いいや、悪くはないが……」


 尚も続く、2人のやり取りにルシャートの笑いが止まらない。


 ここに来るまでは、いくら情報が上がってきてもぬぐい去れない疑惑があった。

 “狼藉者”と“掠われたお姫様“的な構図が、頭から離れないのだ。

 実際にムラタの手段は、今に至るまで強引である事に間違いは無い。


 だが、このやり取りはどうか?


 ルシャートの中から、今までの――ムラタが現れるずっと前からの――“可哀想な女の子”と思っていた印象がひっくり返る。

 確かに強くでは無いが、しっかり自分の考えを伝えるようになっていた。


 安易にこれだけでムラタの安全性を確信したわけではないが、やはりマドーラの様子からも危険があるとは到底思えない。

 

「……殿下。ムラタ殿が殿下に聞かせたくないことに私も心当たりがあります」


 思い切ってルシャートは、2人のやり取りに口を挟んだ。

 この場所での面会を告げられたことで、この面会自体が非公式であるという状況もルシャートの背中を押したのだろう。

 だからこそ、紹介の無いままに前・フジムラをムラタと呼ぶことにも躊躇わなかった。


「そしてこれはムラタ殿の心配もわかります。私も殿下には今しばらく“コレ”をお願いしたい」


 そう言いながら、ルシャートは両手で耳を塞いだ。

 マドーラはそんなルシャートを見て目をパチクリさせ、ムラタは――と言うとわかりやすく胸をなで下ろしていた。

 

「“コレ”に関しては、私とムラタ殿とでしっかりと協議させていただきますので、殿下にご心配おかけすることなく、対処いたします」


 続けてこう告げてみると、マドーラは小さく頷き、ムラタは表情を引きつらせた。

 “アレ”に関しては文句もあるが、すでにハミルトンが処置をしたとの報告が為されている。


 それに実際にはムラタが画策したわけでは無く、どちらかというと巻き込まれた、というのが正しい判断のようだ。


(それに……)


 王宮を騒がす“狼藉者”を、これだけ弱らせることが出来るのだ。

 被害に遭った団員たちには気の毒なことと同乗を禁じ得ないが、その犠牲によってムラタの優位に立てる――などとは決して口に出来ないが。


「……遅ればせながら私がサンデー・ムラタです。ご存じでしょうが念のため」


 今にも死にそうな口調でムラタが自己紹介を終えた。

 その上、片方の椅子を引きながら、


「どうぞ」


 と、殊勝に勧めてくる。

 ルシャートは、マドーラに確認し立ち上がってムラタの勧めに従った。


 そしてふと思いついた。

 この状況は愉快ではあるが――もしかして、これもムラタの企みの一環では無いか、と。


 ムラタは、相変わらず元気の無い様子でこう告げた。


「――これだけ迷惑をおかけしておいてなんですが、さらに近衛騎士の方々にはご迷惑をおかけすることになるかと」


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