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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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初手、謝罪

 朝食後、片付けも終わり――ムラタの場合は元に戻した後に洗浄機に放り込むことがメイン――そのままバタバタと外出の準備。

 ……とは言っても、あまりやることは無い。

 だが、それならそれで新たな問題が発生しつつあった。


「……正直に申し上げると、時間が余ってしまって……」


 マドーラが離れた隙に、ムラタはこう打ち明けられていたのだ。

 一瞬、虚を突かれたムラタでは会ったが、即座にその顔を歪める。


「キルシュさん……本当に申し訳ない」

「え? あの、悪いのは……」

「俺の常識では、役職を振っているのに仕事を渡さないことは罪でしてね」


 ムラタのその言葉に、キルシュが困惑した。


「そ、それは――よくわかりませんよ。それでお給金は?」

「渡していた……はずですね。それでも仕事を渡さなくて罪になってました」

「おかしくないですか?」


 キルシュがそういうと、ムラタも首をひねりながら、


「おかしい……ような気がしますが、俺の世界ではそれを罪と認定した方が上手く回ってた気がしますね」


 と、いつもと違いムラタも自信なげに返事をする。

 以前、ムラタが言っていたように“向こうの世界”も複雑らしい――キルシュはそう納得するしかなかった。


「――とにかく、その件は俺も考えてみます。それに新人が来る予定に変わりはありませんから、一時のことだとおもって堪えてくれれば助かります」

「いえ、そもそもが私の贅沢ですから。自分でも仕事を探してみます」

「助かります――マドーラは……」

「殿下にお伺いするのは、何か間違っている気がします」


 その言葉に、ムラタはニッコリと笑った。


「つまらぬ事を申し上げました」


 どうにも日々、試験を受けているような錯覚に陥るキルシュ。

 上手く切り抜けているように思うが、今まで何かミスをしているのではないか?


 そんな不安とも言えないような、モヤモヤがキルシュの胸の内にある。

 ムラタはいつも丁寧な物腰ではあるが――何と言っても“狼藉者”であるのだから。


「……おまたせしました」


 席を外していたマドーラが戻ってきた。

 ムラタがそちらに顔を向けると、何故か口元を隠しながら思案に耽っている。


「どうかしましたか?」

「ちょっと早すぎる……」


 マドーラの質問に、半ば独り言のようにムラタが応じた。

 その言葉に、マドーラが首を傾げる。


「それが何か?」

「その姿勢は確かに褒めるべき姿勢なんだが“王”となると、かえって下の者を萎縮させてしまうかも知れない。例えば先にマドーラが待ち合わせの場所に着いている場合、臣下が時間通りに着いたとしても、恐縮するだろう?」

「……あ」

「すぐに思い当たってくれて助かる。だが、今日は気にしないで行こう。今日は非公式だからな」


 近衛騎士団団長チェルシー・ルシャートと非公式の会談を希望したのはムラタだった。

 ムラタの希望は、事実上“命令”でもある。


 だが、それもおかしな話で、マドーラもこの件のおかしさに、しっかり思い当たっていた。

 ムラタが権勢のままに振る舞うというのなら、非公式で会わなければならない理由も存在しない。


 昨日、そういう段取りをムラタに聞かされたマドーラは即座に質問してみた。

 そうするとムラタは何処か困ったような、それでいて僅かに笑みを浮かべながら、


「――確かにこの件ではこれからおかしな事が起こる。覚悟……と言う程おかしな事にはならないと思うけど、そういう心づもりでいてくれると助かる」


 と、曖昧なことを言いだした。

 もったいをつけているようにも思えるが、本気で困っているようにも思える。

 マドーラとしても、曖昧に頷くしかなかった。


「それで……」

「はい?」

「もしかしたら、君の耳をふさぐかも知れない」


 ムラタはいきなり、今までで一番物騒なことを言いだした。

 いきなり話題が変わってしまった訳ではなさそうだし、これもルシャート絡みではあるのだろう。

 だとしても、説明が必要なのではないだろうか?


「いや、別に俺が防ぐ必要は無いな。君がこう――」


 そう言いながらムラタが自分の耳を、両手の人差し指でふさいでみせる。

 そこまでする必要があるのか、とマドーラは驚いていたが視界の端にキルシュの姿を確認した。


 どうやら、ムラタの意図を汲んでいる――というか“汲んでしまった”らしく、目が完全に据わっている。

 大人がこういう表情をするときは……


 マドーラの記憶が刺激され、一つの答えにたどり着くが、どうにもムラタとは結びつかない。

 だが、こういう指示が出ると言うことは、ムラタがそれにはあまり触れたくないことは確実だろう。

 そうとなれば、何かしら取引を持ちかけるのが“礼儀”だが……


「わかりました。聞かなければ良いんですね」


 マドーラはそう答えることで、ムラタへの“貸し”一つ、ということにした。


                  □


 ムラタ達とルシャートとの会談が行われるのは王宮でも西側にある「ゼラニウムの間」にて行われることになった。

 間、というよりも海に面したテラス然とした空間で閉塞感がない。


 大きなガラス越しに見えるのは海――そして、騎士団詰め所。

 直接赴くことが出来るような通路があるわけでも無いし、明らかに気分だけの問題ではあるが、自ら相手の陣地に赴いた、という形を示している。


 マドーラにはその意識は当然無いだろう。

 明らかにムラタの意図が反映されている。

 しかもその「ゼラニウムの間」に先に到着しているのである。

 どちらが格下になるか、端から見ている分には、確実にムラタだろう。


 用意されているのは、ビロードのテーブルクロスが掛けられた小さなテーブルに、そこに向かい合わせの方で配置された、2脚の椅子だけ。

 マドーラが上座に位置する場所に腰を下ろし、ムラタ自身はマドーラの傍らに控える形だ。

 

 今までとは明らかに様子の違うムラタに、マドーラも困惑したが、ムラタにそれを問いただすことはしなかった。

 こういうことには慣れていたし――


「違和感には気付いているだろうが、どうか流してくれ。ちょっとややこしい事情があってな」


 ――放っておけばムラタが何か話し出すこともマドーラにはわかっていたからだ。

 

 どちらかというとムラタは心配性だ。

 あれもこれもと考えすぎなような気がする。

 だからこそ、いったん決意を見せた時には……というのが今のところのマドーラによるムラタ評だ。


 マドーラは心の内でそんなことを考えながら、自分の耳に人差し指を入れてみせる。

 そうするとムラタは困ったような笑みを浮かべて、


「ああ、まったくその通りだ。普通に謝るだけなら、何と言うことも無いんだがなぁ」


 と、わかったようなわからぬような言葉を添えてくる。

 マドーラも何だか騎士団長の到着が楽しみになってきた。

 

 そんな風に心を浮き立たせたマドーラは、テーブルに飾られたデルフィニウムに気がついた。

 前に住んでいた場所で見た憶えがある。

 そして、これは綺麗だ、と感じると同時に、


 ――今の季節に、咲く花だったか、


 と内心首をひねっていた。

 綺麗だと感じること以上に、どうやってこの花がこの部屋に飾られるようになったのか知りたく思う。

 そんな自分に驚きながらも、マドーラはさらに思考を深めて行った。

 

 ――きっと驚いてしまったのは、知ろうと考えている自分に気付いたから。


 マドーラは自分をそう分析した。

 それは全てが通り過ぎるのを待っていた時よりも楽しく、そして――少し面倒でもある。


 コンコン


 マドーラの思考を打ち破り扉がノックされた。


「入って貰って下さい」


 ムラタが即座に返事をする。


 扉が開かれ“騎士”が姿を現す。

 正装にあたるが実際には、使い勝手の悪い白銀に輝くフルプレート。

 その上から、見事な刺繍が施されたサーコートが彩る、


 腰に剣を佩いたままであるのは、ムラタがそれを許可したからであろう。

 その騎士は、それだけの装備でありながら優美さを失わぬ身のこなしで、ムラタ達に歩み寄ってきた。


 フルプレートが奏でる、金属と金属が打ち付け合う響きさえも整然としている。

 騎士としての力量が、それだけで窺うことが出来た。


 マドーラも、いつもの無表情ではなく、少しばかり頬を上気させている。

 それほどに近衛騎士団団長は華麗であった。

 そして優美さを損なわぬまま、マドーラの前で跪いた。


「――近衛騎士団団長チェルシー・ルシャート。このたびは再びのお目通りが叶いましたこと、誠に有り難く」


 柔らかな声音。

 纏められた金の髪が揺れる。

 マドーラは、何か言わなければならない、とすぐに気付くことが出来たが、今さらながら何の打ち合わせもしていないことにも気付いてしまった。

 思わず、ムラタへと向き直ったマドーラの瞳に驚愕の光景が飛び込んできた。


 ムラタが身体を二つに折る勢いで、ルシャートに頭を下げていたのだ。

 それだけでなく、さらに大きな声でこう告げた。


「――このたびは誠に申し訳ありませんでした!」


 その瞬間、マドーラは反射的に耳に指を突っ込んでいた。

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