ボッチは薄明に行く
「――1から説明しますよ」
俺は真っ直ぐにレナシーさんを見据えて、そう宣言した。
それに効果があったのだろう。
窓際にいたレナシーさんが執務席に腰掛け、居住まいを正す。
いささか大仰な気もするが、昨日掛けたプレッシャーが未だ仕事をしているようだ。
あるいは今日の――いや、これは穿ちすぎか。
「……もうまもなくメイルたちが帰ってくるでしょう。恐らく祝宴になるでしょうね。きっと皆さん、喜びに満ちあふれている事でしょう。ですが、そこで俺が何だか小細工したと発表するのは、非常によろしくない」
「小細工って……君の作戦が無ければ……」
「小細工は小細工です。彼女たちのように命を張ったわけでは無いですから」
この論法、個人的にはまったく採用出来ない。
命を張ったものが偉いだなんて、
「もしもし? 原始人ですか?」
と尋ねてみたくなるレベルだ。
だが、この論法が理屈を越えた説得力を持っていることも事実。
この場では有効に活用させて貰おう。
確かにこのギルドのためにも俺を讃えることは避けるべきだが、個人的欲求としても俺も目立ちたくないしな。
気にくわなくとも使えるものは使うべきだ。
「つまり、これから始まる宴では主賓は彼女たちになるべきです」
「しかしだな――」
「それに加えて、実際に讃えるべき命を張った者たちの中に、えーっと……」
羊羹と金鍔では無く……
「ヨハンとキーンか」
「そうです」
察してくれて感謝だ。で、あるならここはそこまでの説明はいらないはず――しかし、やってしまおう。
「……彼らの友人が未だ回復しない。その中で無理を承知の戦いに駆り出され、それでも何とか勝利を収めた。悪いことばかりだけでは無い。このまま良いことも続くかも知れない。そんな気持ちで臨んだ宴の席だ。それなのに、諸悪の根源と彼らが考えている、この俺が賛辞を受ける。これはたまったものじゃ無い」
「…………」
その始まりが、自分の指示だったのだからレナシーさんも返す言葉も無いだろう。
だから、わざわざ口に出して彼を追い詰めたのだ。
世界に強制された可能性が残るとは言え、レナシーさんにその自覚は無いだろうしな。
俺は“とどめ”にかかる。
「もうおわかりでしょう。俺の名など出すべきではないんです。俺は牢屋で大人しくしていた。これで充分なんです」
「し、しかし、実際にアースジャイアントを倒した作戦は――」
「レナシーさん、あなたが考えたということにしなさい」
予想された反論だったので、即座に応じる。
「あなたが作戦を立てたと言うことなら、多くの人が納得する」
「だが――」
「あなたが納得しなくても、です」
俺はわざとらしく溜息をついた。
「レナシーさん。あなたはこのギルドのマスターだ。そうとなれば『どんな時でも公明正大だ』なんてことは夢想を通り越して罪悪でもある。より多くの構成員の納得を引き出せるのなら泥を被るべきだ」
そこがわかってないから「坊や」なのだ。
その「坊や」は流石「坊や」と言うべきか、そこで動きを止めてしまった。
俺は目の前のローテーブルを、カツカツと二回爪で叩く。
まだレナシーさんからは反応が無い。
ええい、最後まで言わなきゃダメか?
「レナシーさんが胸の内に収める。それだけで問題なく収まるんです」
「……いや、それはもう無理じゃないか?」
お、ここに来て反論?
「君の作戦を現場に伝えた彼女は――」
「出立前に口止めしてますよ。俺の指示なんて知ったら、ヨハンたちが従ってくれないことは考えるまでもないですから。戻ってきたらあなたが口止めするんです。ギルドのために泥を被る練習だと思って」
そして俺は帰路の途中で、彼女が冒険者と親しく会話しないだろうと確信している。
あれはコミュ障の一種だ。
実際、あの女の立場って何なんだ?
「彼女は納得――」
「させるんですよ、あなたが」
そろそろ諦めて欲しい。
ギルドに関わってない俺を優先する道理など、どこにも無いというのに。
だがレナシーさんは、今にもひきつけを起こしそうなほど、表情が歪んでいる。
……これは安全弁を作った方が無難か。
「じゃあレナシーさん。内緒で俺の願いを叶えて下さい」
そう言った途端、レナシーさんの顔から力が抜ける。
効果が抜群すぎるだろ。
つまり彼が必要だったのは“共犯者”だったわけだ。
俺は苦笑を浮かべながら、そこそこ手間が掛かるあれこれを注文してみる。
これから先、必要になるだろうアイテムの数々。
それを並べれば、俺の意図は見えてくるはずだ。
「イチロー君、これは……」
「もう譲歩はしませんよ。これが俺の精一杯」
「……そうだな」
やっと納得してくれた。
実際、落としどころとしては妥当なところだろう――いや、流しどころと言うべきか。
お互いに疲れたように笑いあってしまう、俺とレナシーさん。
ボッチ精神には反するが、これで最後だし、それこそ流されて終わりだ。
その時、凄い勢いで部屋の扉が開かれた。
「あ、あんた。飯がまだだったろ。用意させてるから先に下で食っちまいな」
突然現れたアーサーさんが、部屋に入ってくると同時に畳みかけてくる。
姿が見えないと思ったら、そういうことか。
そして、このアーサーさんもまた、口止めすべき対象でもある。
俺は少しだけレナシーさんと視線を交わし、アーサーさんの担当を請け負うことにした。
これも“共犯者”の務めだろう。
「……アーサーさん、お気遣いありがとうございます。ただ、いただくのは俺の部屋にしましょうか」
「何? 何故じゃ?」
「そこの所を説明しますよ」
俺はアーサーさんの肩を押しながら、部屋を出て行く。
閉まっていく扉の隙間から、手を振りながら。
□
翌朝――
まだ夜は明けきっていない。
薄墨で描かれたような世界の中で、徐々に色が目を覚ましてゆく。
「準備は出来たようだね」
「ええ」
と、見送り来たレナシーさんに簡潔に答える。
昨日は俺の部屋まで、どんちゃん騒ぎが聞こえていて、それが収まったのもついさっきだ。
その後にわざわざ見送りに出てくるとは……
「不具合は無いかな?」
「大丈夫ですよ」
何のことかと言うと、新たに用意して貰った、バックパック、テント、水袋、短剣、マント等々についてである。
この世界の規格に合わせる調整が、非常に厄介だったのだ。
これに手こずったために見送りに追いつかれてしまったのだろう。
ただ大分、コツは掴めたような気がする。早く1人になって、もう少しマシなものに入れ替えたいところだ。
「だが、こんな逃げ出すような事を……」
「“ような”では無くて、逃げ出すんですよ俺は」
元は牢屋だった俺の部屋は、元に戻しておいた。
ただし扉を開けたまま。
昨日――もう一昨日か、無茶苦茶に魔改造された俺の部屋をギルドの職員が見ている。
であれば、俺がスキルで逃げ出した、という話で落ち着くだろう。
部屋には、今まで集めた銅貨とレナシーさんが用意くれた銀貨を一枚置いてきた。
これでメイルたちへの借りも返せた――ということにしておこう。
「どこかアテは……ないんだろうな。実際どうするつもりなんだ?」
「とにかくいったん街を出ますよ。この街はしがらみが増えすぎた」
俺にとって、それは何よりの問題なのだから。
それも短時間で。
とにかく1人なって、じっくり考える時間が欲しいところだ。
何はなくとも、まずボッチから始めよう。
「あ、あの……」
いい感じに気持ちも改まってきたのに、水を差された。
こいつは何故ここにいるんだろうな。
鎧女改め、普通の服女。
今まで、意図的に無視していたのに、いきなり声を掛けてきた。
「レナシーさん、ちゃんと口止めしたんでしょうね?」
「あ、ああ」
「じゃあ、君もギルドのためだって事はわかってますよね? 何か問題がありましたか?」
「わ、私は――」
イヤな感じだ。
「特に問題がないなら、もう出ますよ。街の人が起き出す前に街を離れなくては」
俺はそう言い捨てると、踵を返す。
ここまで来て、しがらみが増えては堪らない。
――こうして俺はノウミーの街をあとにした。
……とかだったら決まるところなんだが、実はこの後、もう一つ寄り道をする。
そして、その寄り道が“異世界”での俺を揺さぶる事になった。




