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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
第一章 ノウミーにて
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ボッチは薄明に行く

「――1から説明しますよ」


 俺は真っ直ぐにレナシーさんを見据えて、そう宣言した。

 それに効果があったのだろう。


 窓際にいたレナシーさんが執務席に腰掛け、居住まいを正す。

 いささか大仰な気もするが、昨日掛けたプレッシャーが未だ仕事をしているようだ。


 あるいは今日の――いや、これは穿ちすぎか。


「……もうまもなくメイルたちが帰ってくるでしょう。恐らく祝宴になるでしょうね。きっと皆さん、喜びに満ちあふれている事でしょう。ですが、そこで俺が何だか小細工したと発表するのは、非常によろしくない」


「小細工って……君の作戦が無ければ……」

「小細工は小細工です。彼女たちのように命を張ったわけでは無いですから」


 この論法、個人的にはまったく採用出来ない。

 命を張ったものが偉いだなんて、


「もしもし? 原始人ですか?」


 と尋ねてみたくなるレベルだ。


 だが、この論法が理屈を越えた説得力を持っていることも事実。

 この場では有効に活用させて貰おう。


 確かにこのギルドのためにも俺を讃えることは避けるべきだが、個人的欲求としても俺も目立ちたくないしな。

 気にくわなくとも使えるものは使うべきだ。


「つまり、これから始まる宴では主賓は彼女たちになるべきです」

「しかしだな――」

「それに加えて、実際に讃えるべき命を張った者たちの中に、えーっと……」


 羊羹と金鍔では無く……


「ヨハンとキーンか」

「そうです」


 察してくれて感謝だ。で、あるならここはそこまでの説明はいらないはず――しかし、やってしまおう。


「……彼らの友人が未だ回復しない。その中で無理を承知の戦いに駆り出され、それでも何とか勝利を収めた。悪いことばかりだけでは無い。このまま良いことも続くかも知れない。そんな気持ちで臨んだ宴の席だ。それなのに、諸悪の根源と彼らが考えている、この俺が賛辞を受ける。これはたまったものじゃ無い」

「…………」


 その始まりが、自分の指示だったのだからレナシーさんも返す言葉も無いだろう。

 だから、わざわざ口に出して彼を追い詰めたのだ。


 世界システムに強制された可能性が残るとは言え、レナシーさんにその自覚は無いだろうしな。

 俺は“とどめ”にかかる。


「もうおわかりでしょう。俺の名など出すべきではないんです。俺は牢屋で大人しくしていた。これで充分なんです」

「し、しかし、実際にアースジャイアントを倒した作戦は――」

「レナシーさん、あなたが考えたということにしなさい」


 予想された反論だったので、即座に応じる。


「あなたが作戦を立てたと言うことなら、多くの人が納得する」

「だが――」


()()()()()()()()()()()、です」


 俺はわざとらしく溜息をついた。


「レナシーさん。あなたはこのギルドのマスターだ。そうとなれば『どんな時でも公明正大だ』なんてことは夢想を通り越して罪悪でもある。より多くの構成員メンバーの納得を引き出せるのなら泥を被るべきだ」


 そこがわかってないから「坊や」なのだ。

 その「坊や」は流石「坊や」と言うべきか、そこで動きを止めてしまった。


 俺は目の前のローテーブルを、カツカツと二回爪で叩く。

 まだレナシーさんからは反応が無い。


 ええい、最後まで言わなきゃダメか?


「レナシーさんが胸の内に収める。それだけで問題なく収まるんです」

「……いや、それはもう無理じゃないか?」


 お、ここに来て反論?


「君の作戦を現場に伝えた彼女は――」

「出立前に口止めしてますよ。俺の指示なんて知ったら、ヨハンたちが従ってくれないことは考えるまでもないですから。戻ってきたらあなたが口止めするんです。ギルドのために泥を被る練習だと思って」


 そして俺は帰路の途中で、彼女が冒険者と親しく会話しないだろうと確信している。

 あれはコミュ障の一種だ。

 実際、あの女の立場って何なんだ?


「彼女は納得――」

「させるんですよ、あなたが」


 そろそろ諦めて欲しい。

 ギルドに関わってない俺を優先する道理など、どこにも無いというのに。

 だがレナシーさんは、今にもひきつけを起こしそうなほど、表情が歪んでいる。


 ……これは安全弁を作った方が無難か。


「じゃあレナシーさん。内緒で俺の願いを叶えて下さい」


 そう言った途端、レナシーさんの顔から力が抜ける。

 効果が抜群すぎるだろ。

 つまり彼が必要だったのは“共犯者”だったわけだ。


 俺は苦笑を浮かべながら、そこそこ手間が掛かるあれこれを注文してみる。

 これから先、必要になるだろうアイテムの数々。

 それを並べれば、俺の意図は見えてくるはずだ。


「イチロー君、これは……」

「もう譲歩はしませんよ。これが俺の精一杯」

「……そうだな」 


 やっと納得してくれた。

 実際、落としどころとしては妥当なところだろう――いや、流しどころと言うべきか。


 お互いに疲れたように笑いあってしまう、俺とレナシーさん。

 ボッチ精神には反するが、これで最後だし、それこそ流されて終わりだ。


 その時、凄い勢いで部屋の扉が開かれた。


「あ、あんた。飯がまだだったろ。用意させてるから先に下で食っちまいな」


 突然現れたアーサーさんが、部屋に入ってくると同時に畳みかけてくる。

 姿が見えないと思ったら、そういうことか。


 そして、このアーサーさんもまた、口止めすべき対象でもある。


 俺は少しだけレナシーさんと視線を交わし、アーサーさんの担当を請け負うことにした。

 これも“共犯者”の務めだろう。


「……アーサーさん、お気遣いありがとうございます。ただ、いただくのは俺の部屋にしましょうか」

「何? 何故じゃ?」

「そこの所を説明しますよ」


 俺はアーサーさんの肩を押しながら、部屋を出て行く。

 閉まっていく扉の隙間から、手を振りながら。


                      □


 翌朝――


 まだ夜は明けきっていない。

 薄墨で描かれたような世界の中で、徐々に色が目を覚ましてゆく。


「準備は出来たようだね」

「ええ」


 と、見送り来たレナシーさんに簡潔に答える。

 昨日は俺の部屋まで、どんちゃん騒ぎが聞こえていて、それが収まったのもついさっきだ。


 その後にわざわざ見送りに出てくるとは……


「不具合は無いかな?」

「大丈夫ですよ」


 何のことかと言うと、新たに用意して貰った、バックパック、テント、水袋、短剣、マント等々についてである。


 この世界の規格に合わせる調整が、非常に厄介だったのだ。

 これに手こずったために見送りに追いつかれてしまったのだろう。


 ただ大分、コツは掴めたような気がする。早く1人(ボッチ)になって、もう少しマシなものに入れ替えたいところだ。


「だが、こんな逃げ出すような事を……」

「“ような”では無くて、逃げ出すんですよ俺は」


 元は牢屋だった俺の部屋は、元に戻しておいた。

 ただし扉を開けたまま。


 昨日――もう一昨日か、無茶苦茶に魔改造された俺の部屋をギルドの職員が見ている。

 であれば、俺がスキルで逃げ出した、という話で落ち着くだろう。


 部屋には、今まで集めた銅貨とレナシーさんが用意くれた銀貨を一枚置いてきた。

 これでメイルたちへの借りも返せた――ということにしておこう。


「どこかアテは……ないんだろうな。実際どうするつもりなんだ?」

「とにかくいったん街を出ますよ。この街はしがらみが増えすぎた」


 俺にとって、それは何よりの問題なのだから。

 それも短時間で。


 とにかく1人なって、じっくり考える時間が欲しいところだ。

 何はなくとも、まずボッチから始めよう。


「あ、あの……」


 いい感じに気持ちも改まってきたのに、水を差された。

 こいつは何故ここにいるんだろうな。


 鎧女改め、普通の服女。

 今まで、意図的に無視していたのに、いきなり声を掛けてきた。


「レナシーさん、ちゃんと口止めしたんでしょうね?」

「あ、ああ」

「じゃあ、君もギルドのためだって事はわかってますよね? 何か問題がありましたか?」

「わ、私は――」


 イヤな感じだ。


「特に問題がないなら、もう出ますよ。街の人が起き出す前に街を離れなくては」


 俺はそう言い捨てると、踵を返す。

 ここまで来て、しがらみが増えては堪らない。    


 ――こうして俺はノウミーの街をあとにした。


 ……とかだったら決まるところなんだが、実はこの後、もう一つ寄り道をする。

 そして、その寄り道が“異世界”での俺を揺さぶる事になった。

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